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マンブルラップとは何か

近年のヒップホップでよく使われる言葉「マンブルラップ」について書きました。記事で触れた曲を中心に収録したプレイリストも制作したので、あわせて是非。


マンブルラップへの悪感情

今年のヒップホップにおける話題作の一つに、Lil Uzi Vertのアルバム「Pink Tape」が挙げられる。2010年代半ば頃にDJ Drama周辺から登場して頭角を現していったLil Uzi Vertは、フィリー出身ながらThe RootsState Propertyといったブーンバップ寄りのスタイルではなく、トラップをベースとしたビートを好んで用いるラッパーだ。ラップスタイルもBlack ThoughtFreewayが力強くアグレッシヴなフロウを聴かせるのに対し、Lil Uzi Vertはエモーショナルに歌い上げるようなフロウや高速で詰め込むフロウを多用する。「エイ」のようなフレーズを挟んでラップする、いわゆる「エイ・フロウ」もたびたび使用。Meek Millを間に挟めば違和感はないものの、Black Thoughtなどの時代から考えるとなかなかフィリーらしかぬラッパーだ。

Lil Uzi Vertのようなタイプのラッパーは、たびたび「マンブルラップ」と呼ばれている。「マンブルラップ」とはモゴモゴとした不明瞭な発音のラップと説明されることが多く、Lil Uzi Vertの代表曲XO Tour Llif3を聴いてみると、確かに何を言っているのか聞き取りづらい箇所もある。しかし、Lil Uzi Vertが残してきたラップの全てがそうではなく、そもそも「呟く」を意味する「mumble」という単語のイメージと、「XO Tour Llif3」などで聴かせるLil Uzi Vertのエモーショナルなスタイルはそこまで近くはない。また、Lil Uzi Vert以外の「マンブルラッパー」と呼ばれるラッパー、例えばPlayboi CartiLil Yachtyなどについても、決して「呟く」ようなラップだけを聴かせるスタイルではない。この言葉が適切なものなのかは、丁寧な検証が必要ではないだろうか。

ここで一度、マンブルラップという言葉の意味を確認したい。俗語の意味を利用者が投票によって選ぶサービス「Urban Dictionary」で、「Mumble Rap」の意味として最も票数を集めている意味は以下の通りである。

歌詞を理解するのが非常に難しい音楽を作るラッパーや、非常に基本的な歌詞で曲を作り、それをドープに聞かせるためにアドリブ(エイ、ヤー)を使うラッパー。

Urban Dictionary「Mumble Rap」

この表現からは、これを書いた利用者のマンブルラップへの悪感情を仄かに感じることができる。さらに、二番目に票数を集めているものになると、それはより露骨に表れている。

まず、マンブルラッパーやマンブルラッパーのハードコアなファンが信じようとしていることに反して、マンブルラップは実在する。そしてほとんどの場合、それはシンプルに良くない。以下のような場合、あなたがマンブルラップを聴いていることがわかる。

1. 彼らが何を言っているのか理解できない。
2. ある程度は理解できるが、彼らの知性や会話能力に不安を感じる。
3. 彼らが何を言っているのか理解できない。
4. シンガロングするには、鼻歌かちんぷんかんぷんな言葉を使うしかない。
5. 彼らが何を言っているのか理解できない。

Urban Dictionary「Mumble Rap」

この後もなかなかの文字数を使って書かれているが、全編に渡ってかなり批判的な言葉が続いている。また、記事やラップのリリックでマンブルラップが登場する時も、概ね批判的な文脈で使われることが多い。つまり、マンブルラップとはサブジャンル名というよりも、蔑称としてのニュアンスを多く含んでいる言葉なのだ。そして、それが指すものは「不明瞭な発音のラップ」ではなく「リリックを軽視したラップ」である。

しかし、この定義だとするとマンブルラップの領域に入りそうな表現は古くから存在している。さらに、そもそも先述したように定義も曖昧だ。そこで今回はマンブルラップなるものの正体を探るべく、ヒップホップ史におけるリリックをそこまで重要視しない表現などを振り返っていく。


古くからあったリリックを重視しない表現

1982年リリースのGrandmaster Flash and the Furious Fiveの名曲「The Message」など、メッセージのある曲が早くから生まれていた。ギャングスタの生活を描いたN.W.A.のようなグループも1980年代から活躍し、そのほかにもBoogie Down ProductionsPublic Enemyといった政治的なメッセージを伝えるグループも多く活動。元々パーティのための音楽だったヒップホップだが、言葉数多く話すように歌うラップという表現の特性上、リリックの内容を重視する流れが生まれたことは必然だったと言えるだろう。

しかし、古いラップ、もっと言えばマンブルラップと対照的に語られやすいNYのブーンバップでも、リリックをそこまで重要視しないスタイルは散見されていた。例えばNYのラップグループ、A Tribe Called Questが1991年にリリースしたシングル「Check the Rhime」のフックはこうだ。

ライムをチェックしろ、お前ら(×6)
要チェックだ(×2)
ライムをチェックしろ、お前ら(×3)
テープをかけろ、お前ら
ライムをチェックしろ、お前ら(×2)
要チェックだ(×2)

A Tribe Called Quest「Check the Rhime」

「お前ら」の「y’all」は「ヨー」と発音され、フックをパッと聴いただけでは「非常に基本的な歌詞で曲を作り、それをドープに聞かせるためにアドリブ(エイ、ヤー)を使うラッパー」に当てはまってしまうようにも思える。そもそも「お前ら」の意味が追加されたところで大して意味が深くなるわけではない。もちろん、これは多少意地悪な切り抜きだ。しかし、マンブルラップという言葉を使った批判も同様に意地悪なものと言えないだろうか。

さらに、よりマンブルラップ的なものに近い表現が1990年代前半に流行したこともあった。ニュージャージー出身の二人組、Das EFXのブレイクに伴う「ディギティ・フロウ」だ。この二人のラップスタイルは、単語に「iggity」を混ぜて変形させ、スタッカート気味のフロウで小気味良く繰り出すというもの。サウンドの方向性としてはブーンバップであり、「古き良き」側に入れられがちなデュオだが、このラップスタイルは明らかにリリックを重視する表現ではない。代表曲である「They Want EFX」では「ダンダダダンダン、ダンダン」と無意味なフレーズも飛び出す。

この「ディギティ・フロウ」とも呼ばれるDas EFXのラップスタイルは、Das EFXがブレイクした1992年代前半にはトレンドになっていた。同じニュージャージーのLord of the Undergroundやアトランタの少年ラップデュオのKriss Krossなどが導入し、さらにリリックで高い評価を集めるCommonPublic Enemyなども使用。まるで2013年のMigosフロウ大流行のような状況を生み出していた。この流行は本人たちとしても思うところがあったのか、1993年にリリースされた2ndアルバム「Straight Up Sewaside」ではディギティ・フロウを封印。1995年の3rdアルバム「Hold It Down」ではReal Hip Hopと題した曲を収録するなど、「本物志向」のようなものを強く打ち出すようになっていった。

しかし、これらの例に関しては、近年マンブルラップと呼ばれているものほど強い拒絶を受けない傾向にある。そこでもう一つヒントになるのが、ヒップホップにおける東海岸至上主義的な考え方である。


東海岸至上主義と全米の南部化

ヒップホップ誕生の地であるNYを中心とする東海岸至上主義は古くから散見され、1989年にはテキサスのラップグループのGeto Boysがアルバム「Grip It! On That Other Level」収録の「Do It Like A G.O.」でその冷遇ぶりを語っていた。逆にNYのラッパーが他エリアのラッパーに敵意を示すケースもあり、1991年にはTim DogがシングルFuck ComptonN.W.A.をディス。同曲が収録されたアルバム「Penicillin on Wax」ではDJ Quikも標的にしている。そのほかにも1995年にはNYのヒップホップ誌「The Source」が主催する「The Source Award」で最優秀新人賞を受章したOutkast観客からブーイングを浴びるなど、東海岸至上主義的な考え方は根強くあった。

NYで誕生して全米へと広がっていったヒップホップは、各地で異なる発展を遂げてきた。東海岸が古くから続くブーンバップ(とR&B風味)をシグネチャーサウンドとする一方、西海岸ではGファンクが生まれ、フロリダではマイアミベースが、メンフィスではクランク……と、1990年代には地域性がはっきりと表れるようになっていった。1990年代後半頃からシーンでの存在感がより強くなっていった南部勢の主流はリリシズムを最優先するスタイルではなかった(リリシストがいないわけではない)。

2000年代にはG-Unit勢やJay-Zなどの活躍はあったものの東海岸勢は失速していき、ヒップホップシーンは南部勢が中心となっていった。つまり、ブーンバップやリリシズムのような東海岸的な美学は必ずしも最優先されるものではなくなったのだ。そして、2007年頃にはアトランタのSoulja Boy(当時はSoulja Boy Tell’em名義)がCrank That (Soulja Boy)でブレイク。「ユー!」というアドリブが印象的な同曲での不安定な脱力フロウやリリシズムの欠如は賛否両論を巻き起こし、ベテランラッパーのIce-TはSoulja Boyを「ヒップホップを殺した」と強く批判した。Ice-Tはニュージャージー出身だが、西海岸を拠点に活動するラッパーだ。2000年代は南部がシーンの中心地としての立ち位置を固めた時代だったが、西海岸のラッパーが保守側に回ったことは振り返ると大きな出来事である。また、Soulja Boyと同時期にはルイジアナのHurricane Chrisがやはりリリカルではないパーティラップのシングル「A Bay Bay」をヒットさせていた。二人はこの時期の新たな世代の象徴のような存在となり、共に批判を受けながらキャリアを進めていった。

その後南部由来のスタイルであるトラップが、アトランタから南部全域、さらに全米へと浸透した。トラップの全米への浸透は南部的な美学の浸透でもあり、2010年代には東海岸からもLil Uzi Vertのような南部ヒップホップ影響下にあるラッパーが登場。地域制を色濃く出すラッパーも多くいたものの、それにこだわらないラッパーも目立つようになっていった。

「マンブルラップ」という言葉を用いたリリカルではないラップの批判は、全米の南部化によって矛先を見失った東海岸至上主義の変形として捉えることができる。先述した通りDas EFXはマンブルラップ的な表現の先駆者だが、そう扱われる機会は少ない。それは彼らが1990年代のシーンをブーンバップで彩った、東海岸ヒップホップファンから愛される存在だからなのではないだろうか。


マンブルラップとは何か

これまでマンブルラップで多用されるものとして「エイ・フロウ」にたびたび言及してきたが、そのルーツについても検証していきたい。先述したA Tribe Called Questの「Check the Rhime」をその先行例として捉えることもできるが、よりそれに近いのはJuvenileが1998年にリリースしたシングル「Ha」だ。同曲はヴァースの小節の末に全て「ハ?」を付けてラップしており、エイ・フロウとかなり近い。エイ・フロウが全盛期を迎えた2017年にKendrick LamarがシングルELEMENT.で同曲を引用したことも、そのパイオニアとして花を持たせるような意図があったのではないだろうか。

とはいえ、「Ha?」以降に同様のラップスタイルがずっと根付いていたとは言い難い。そこでモダンなトラップビートとエイ・フロウ的なスタイルの組み合わせという点で、そのルーツとして挙げられそうなのがOJ Da Juicemanが2008年に放ったヒット曲Make The Trap Say Ayeだ。Zaytovevn制作のトラップビートでGucci Maneをフィーチャーし、フックで「アイ!」と挟んでラップする同曲はかなりエイ・フロウと近いものがある。また、より現行シーンで存在感が強いラッパーでは、Futureが2011年のミックステープ「Streetz Calling」収録の「Gone To The Moon」でエイ・フロウに挑んでいる。同作にもGucci Maneが参加しており、このスタイルが最初はGucci Mane周辺で広まっていったことが伺える。そして、そのFutureとの親交で知られるYoung Scooterによる2013年の曲「Chances」では、客演のChief Keefがエイ・フロウを披露。リリック解説を中心とした情報サイト「Genius」は、Chief Keefをエイ・フロウ流行の立役者だと指摘している。実際にLil Uzi VertのメロディアスなアプローチやLil Pumpが使うシカゴ発のスラングなど、以降のエイ・フロウ使いとChief Keefとの共通点は多い。

マンブルラップは近年の新しいもののように語られがちだが、その言葉が生まれる前からもリリックを重要視しない表現は多く、それに対する批判や好んで使われるフロウも以前からあった。マンブルラップとは近年の悪しき潮流でも革新的なものでもなく、元々あったものに新しく貼られたレッテルのような言葉なのだ。

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