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ロックとヒップホップの蜜月の歴史は、サウンドパックでさらに加速する!?【サウンドパックとヒップホップ 第5回】

私が「サウンドパックとヒップホップ」「極上ビートのレシピ」の連載を行っていたメディア「Soundmain Blog」のサービス終了に伴い、過去記事を転載します。こちらは2022年2月22日掲載の「サウンドパックとヒップホップ」の第5回です。

なお、この記事に登場する曲を中心にしたプレイリストも制作したので、あわせて是非。


ヒップホップ史におけるロックとの接近例をポスト・エモラップ時代のヒントに

前回インタビューを行ったxngb2は、ロックバンドのTHE MAD CAPSULE MARKETSからの影響を語っていた。xngb2の作風は一聴するとロック的ではないが、メタルからのサンプリングも行っていると話してくれた。

近年のヒップホップシーンでは、xngb2のようにロックからの影響を語るアーティストや、ロックの要素を取り入れるアーティストが多く活躍している。ポップパンク路線で話題の中心となったMachine Gun Kellyiann diorなど、多くのアーティストがロック要素を導入。ロック側からもTravis Barkerがラッパーの作品を多く手掛け、ロックバンドのIDLESがヒップホップ畑でプロデューサーとして活動するKenny Beatsを迎えてアルバム『CRAWLER』をリリースするなど、ヒップホップとロックの距離はどんどん近づきつつある。

私が住む新潟でもラッパーのfuzzyが2021年のシングル「Build Top View」でポップパンク路線に挑戦していたが、同曲のビートを手掛けたロシアのKlimlords BeatsのYouTubeを覗くと大量の「Pop Punk Type Beat」を聞くことができる。これはポップパンクがヒップホップとして聴かれ、作られている現状を示す一例と言えるだろう。

KlimlordsのYouTube動画一覧より

ヒップホップとロックの接近は2010年代半ば頃から急速に進んでいった。牽引したのは、Lil PeepXXXTentacionに代表されるヒップホップのサブジャンル「エモラップ」だ。ロックの要素を巧みに取り入れたこのエモーショナルなスタイルは大きな話題を集め、Juice WRLDthe Kid Laroiなど多くの才能が飛び出していった。しかし、ヒップホップ史を振り返ると、ロックとヒップホップのクロスオーバーはエモラップ以前から盛んに行われていた。そこで今回はヒップホップ史におけるロックとの接近例を振り返り、ポップパンクリバイバルまでの流れを確認していく。

また、現代はサウンドパックの浸透によりギターなどの素材を使いやすくなっておりロック要素を取り入れやすい状況にある。日本では(sic)boyJUBEEのように、エモラップとは異なる方向性でロックとヒップホップの融合を進めるラッパーも注目を集めている。本稿で取り上げる数々のクロスオーバーの例が、このポスト・エモラップ時代におけるビート制作のヒントになれば幸いだ。


1980年代から接近していたヒップホップとロック

ヒップホップ史におけるロックとのクロスオーバーの先駆者の一組に、Run-D.M.C.が挙げられる。Run-D.M.C.は、1984年の時点でロック的なエレキギターを大胆に取り入れたシングル「Rock Box」をリリース。1985年には2ndアルバム『King of Rock』をリリースし、ロックの王に名乗りを上げていた。KISSが1983年にリリースした「All Hell’s Breakin’ Loose」のようにロックにラップが乗った例はRun-D.M.C.以前から見られていたが、ヒップホップ側からのロックへのアプローチでは最初期の例と言えるだろう。そしてRun-D.M.C.は1986年、Aerosmithの曲を本人たちも迎えてリメイクした「Walk This Way」をリリース。同曲の大ヒットはRun-D.M.C.はもちろん、ヒップホップというジャンル自体の人気も拡大させた。

また、「Walk This Way」がヒットした1986年には、パンクバンドからヒップホップグループに転身したNYのBeastie Boysがアルバム『Licensed to Ill』でデビューしていた。そして、同作のプロデュースを務めたのは「Walk This Way」にも関わっていたRick Rubinだった。Beastie Boysが元々持っていたロックの要素を自然にヒップホップに取り入れた同作は、批評的にも商業的にも大きな成功を獲得した。Rick RubinはそのほかLL Cool Jが1985年にリリースしたシングル「Rock the Bells」でもロック風味のギターを取り入れていたほか、SlayerThe Cultといったロックバンドも並行してプロデュース。ヒップホップとロックを繋ぐような動きを見せていた。

1990年代に入ると、Limp Bizkit311のようにラッパーを擁するロックバンドが続々と登場した。1980年代から西海岸ヒップホップシーンで活躍するIce-TもメタルバンドのBody Countを1990年に結成。1991年のIce-Tのアルバム『O.G. Original Gangster』でお披露目され、1992年にはバンドでの1stアルバム『Body Count』をリリースした。よりヒップホップシーンに近い話題としては、ミシガンのEshamInsane Crown Posseがロックを取り入れたスタイルを発展させていった。Eshamは後のEminemにも大きな影響を与え、2000年代以降のロック寄りのアプローチの礎を築いた。このようにヒップホップとロックは、ヒップホップの人気が確立し始めた1980年代から相互に影響を与えながら歩んでいった。


さらに深まるクロスオーバーとEminem、Jay-Zの活躍

ラップの導入以外でロックバンドがヒップホップにアプローチする例もいくつか見られていた。LL Cool Jなどヒップホップからの影響を公言しているシューゲイザーバンドのMy Bloody Valentineは1991年に2ndアルバム『loveless』をリリース。2曲を除いてドラマーのColm Ó Cíosóigが演奏した数種類のドラムパターンをサンプリングして作ったという同作での試みは、ヒップホップ的な発想と言えるだろう。いわば「Colm Ó Cíosóig drum kit」で作られたアルバムなのだ。収録曲「soon」のドラムは特にサンプリングっぽく響いている。そのほかAnthraxが1991年にPublic Enemy「Bring The Noise」を本家と共にリメイクするなど、ロックとヒップホップのクロスオーバーは(ヒップホップの主流ではなかったものの)確かに続いていた。

そして1999年にはEsham影響下にあるEminemがブレイク。先日のNFLスーパーボウル・ハーフタイムショーでも披露された、2002年にリリースの代表曲「Lose Yourself」など、ロック的なギターも巧みに取り入れたサウンドを聴かせていった。「Lose Yourself」が収録された映画『8 Mile』のサウンドトラックにも参加していたJay-Zも、2003年のアルバム『The Black Album』収録の「99 Problems」でRick Rubinをプロデューサーに迎えてロック風味のギターを導入。2004年にはラップロックバンドのLinkin Parkとのマッシュアップ作品「Collision Course」もリリースされ、ロックとヒップホップの融合を進めていった。

2000年代前半にはそのほか、Cypress HillLil Jonなどもロックとヒップホップが交差する楽曲を発表。ロック側でもMaroon 5Gorillazなどが登場し、ヒップホップやR&Bの影響を強く受けたスタイルで話題を呼んだ。R&B寄りの音楽性でデビューした後にロック色を強めていったP!nkのようなアーティストも活躍した。

こうしてクロスオーバーが進んでいった2000年代前半までのヒップホップとロック。そして2000年代半ば頃になると、ロック畑から登場した現行シーンの重要人物が本格的にヒップホップに接近していく。


活発化するコラボレーションとTravis Barker

1990年代から活動するパンクバンドのblink-182でドラムを担当するTravis Barkerは、1990年代後半にラップロックバンドのTransplantsでも活動していた。そして2005年にはTransplantsメンバーのSkinhead Rob、当時旬のラッパーだったPaul Wallと組んだよりヒップホップに接近したプロジェクトのExpensive Tasteを始動。この頃からTravis Barkerはプロデューサーとしての活動を本格化させPaul Wallの出身地であるテキサスなどの南部産品を中心にヒップホップ作品に参加していった。また、ロック寄りの話題では2007年頃にロックシンガーのKevin RudolfがヒップホップレーベルのCash Moneyと契約。2008年にはアルバム『In The City』をリリースし、Lil WayneRick Rossなどとも共演を果たした。

ヒップホップシーンでもLupe FiascoKid Cudiなど、ロック要素の導入に積極的なラッパーが次々と登場。ベテランのThree 6 Mafiaも2008年のアルバム『Last 2 Walk』収録の「My Own Way」でロックバンドのGood Charlotteをフィーチャーした。そして2010年にはLil Wayneが完全にロックに振り切ったアルバム『Rebirth』をリリース。「否」寄りの賛否両論を巻き起こしたものの大きな話題を呼んだ。2000年代半ば頃から後半にかけてのこれらの動きは、後のエモラップに繋がるものとして見ることができるだろう。

そしてこういった流れの総決算のようなアルバムが、Travis Barkerが2011年にリリースしたアルバム『Give The Drummer Some』だ。同作でTravis Barkerが挑んだのは、ロックとヒップホップを見事に融合させたビート(と敢えて言ってしまおう)に客演を迎えたプロデューサーとしてのアルバムだった。同作にはLil Wayneを筆頭に、Lupe FiascoやKid Cudi、ベテランのCypress Hillなどこれまでロック要素を取り入れてきたラッパーが多く参加。Travis Barkerは以降もYelawolfとの2012年のタッグ作「Psycho White」などを発表し、「ヒップホップシーンのロックプロデューサー」としての地位を強固なものにしていった。


ロックの「ビート」の現在

2010年代半ば頃からは先述したエモラップが大きなムーブメントとなり、Ghostemaneなどに代表されるトラップメタルも注目を集めロックとトラップが急速に接近。Travis BarkerもXXXTentacion$uicideboy$の作品に参加するなど自然と合流し、ヒップホップシーンのロックプロデューサーとしての活動を活性化させていった。XXXTentacionは2018年のアルバム『?』収録の「NUMB」などトラップ要素を含まないロック路線の曲も多く残しており、Travis Barkerも「IT’S ALL FADING TO BLACK」などでXXXTentacionの同様の試みを支えている。これは後のMachine Gun Kelly作品にも繋がる動きと言えるだろう。

そんな現代では、サウンドパックを用いてロック要素をビートに導入した例ももちろんある。例えば2021年にリリースされたJuice WRLDのアルバム『Fighting Demons』収録の「Doom」でのギターはサウンドパックによるものだ。Kenny BeatsがYouTubeで行っているセッション企画「THE CAVE」でのTEEZO TOUCHDOWN登場回では、サウンドパックを使って簡単に組んだループにギターやベースを乗せて曲を作っている。

同動画で出来上がった曲は一聴するとヒップホップというよりロック寄りの仕上がりだ。このようにロックとのクロスオーバーからサウンドパックのユニークな使い方が生まれることも今後さらにあるだろう。これからもこの話題には要注目だ。

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