2章「りべるたん」の中で「問責」と「処分」を私が受けたことについて。

「りべるたん」の中で「問責」と「処分」を私が受けたことについて。

ここからは2018年1月~現在(2019年1月)までのことを書きます。

私は2018年度の新代表のSBさん体制下で、りべるたんを事実上、追放されています。
その顛末をこれから書きます。

さて、冬あたりから、再びSNさんがりべるたんの活動に「熱心」になりつつありました。
熱心といっても精神は不安定な様子で、私に対しての「教えてやる」という高圧的で少し闇を感じる姿勢が目立っていました。
この時期、特にSNさんは私は実務(特に連絡や事務作業)が出来ないと糾弾してくるようになりました。確かに彼の言う通りの面はあったと思います。私も怠った部分はあります。そこは認めます。

しかし彼の「教えてやる」「私は代表を立てているんだ」という態度は日に日に強さを増していき、それと共に私の精神は急速に疲弊していきました。
同時にSNさんのアルコールへの依存はますます加速していった様子です。
酒が入るとSNさんはますます自分をコントロールできなくなっていきます。酒癖の悪い人間の「説教」を聞くのは堪えがたく、苦痛でした。

またSBさんとのかかわりもこのころ増えていきます。
私はSNさんの問題行動をSBさんに相談することが増えてきました。 
SBさんは初めのうちは紳士的に聞いてくれました。しかし、少しずつSBさんの口からは「和田はだめだ、和田は代表失格だ、和田は何も考えていない。和田に自分は傷つけられた」等の発言が増えてきます。 特に2人の中での会話の中で、彼から「俺にはうそをつくなよ」という趣旨の言葉がよく飛び出してくるようになります。この言動は後に尾を引くことになります。

SBさんは、けして「ただ私を批判するだけ」ではないのです。私を批判した後、必ず「でも和田君も頑張ってるよね」と私を評価してもくれました。

これは「条件付け」だったのかなって思います。「否定と肯定」は実は一体で、SBさんが評価する側、私が評価される側に立たされてしまったという話なんだと思います。

これは私の推測ですが、SBさんには悪気も狙いもなかったように思えます。ただ、無意識なドメスティックバイオレンスの感覚でもあったのでしょう。ホモソーシャルな関係にもそういう事例が起こるのだと私は身をもって体験したことになります。

しかし彼(SBさん)には天性のパターナリズムのようなものがあったのかなと私は推測しています。彼は不器用な人間で、対等の人間関係を築くのが難しいというだけの話だったのかもしれません。彼は明確な悪気がなかったのかもしれないけど、結局…私は彼に感情を支配されてしまっていたんだなと後で考えてしまい、悔しい思いをしたのを覚えています。

しかし明確に覚えている事件があります。実は私と彼で仕事をしたことがあります。

込み入った話ですが、彼は実は私の福祉労働上の先輩です。
あの日はとても寒く、あれは確か2月か3月でした。彼と私で仕事をしました。彼は客と個人的に親しく、彼は私に対しての「指導」を頼まれた立場でした。
私は些細なミスが多く、彼や客を夜じゅう怒らせてばかりでした。私も仕事という立場だったのでその時は二人にひたすら謝ることに徹しました。
しかし、その朝は仕事で重大な失敗をしてしまいます。いや、重大とは到底いえない。ただ、私が客の言葉を一度、聞き取れなかっただけだったです。

その時、私と彼と客は、朝の路上にいました。確か線路沿いの人通りの多い道だったと思います。客は私に「そこに座れ、俺に謝れ」と強くいってきました。
今思えば、そんな腐った要求に従うこともなかったのでしょう。しかし当時の私は判断力を喪失していて、客の要求に従って道端で土下座を客にしてしまいました。
あのアスファルトはとても冷たく、私は寒さと恥辱に震えながら客と指導役の彼に謝罪の言葉を述べました。
彼は客の乱暴な態度を咎めることもなく、ただ薄ら笑いをしているだけでした。

仕事後、彼は「いやー道端で謝る人なんて初めて見たよ」と私に笑って言い放ちました。
さすがの私もその後、彼に対して「あれはないだろう」と言って、その時にやっと彼も自分の非を認めてくれたのですが…。あの日、彼に対して私は「戦慄」を感じてしまったのは事実です。
ああ、通じないんだなと思いました。善意とか悪意とかそれ以前に私と善悪の価値観が根本的に違うのでしょう。どこか、鈍感で粗野なのかもしれないです。 彼は。

私と彼は根っこの部分で相容れない、それだけのことかもしれません。しかし、この件はなかなか堪える事態ではありました。

ともあれ、彼はある程度の職務遂行能力があり、責任感もありました。彼はパターナリストでしたがそれゆえの責任感の形というのもあるのです。

彼がりべるたんを「家」と呼んでいたのは先述の通りです。彼は「家長」としての能力は高かったんだろうなと思います。

しかし、それは今までのりべるたんの在り方とはかなり違ったものでした。もっとも私はそれを彼に伝えましたし、彼もある程度の理解を示してくれたような手ごたえはありました。
そうした中で一抹の不安を抱えつつも現代表の私と井田さんは彼を次期代表にすべく行動を始めました。

そのころのりべるたんには、酒などに依存する悪酔いしやすい人間(SNは勿論、ほかの人間も)が他にもいました。さらにはセクハラをする者もいる有様でした。ちなみに私は「何故かセクハラをされる方」でした。

私はもちろんその都度、拒否するのですが、酒乱だったこともあり、なかなか聞いてはもらえませんでしたね。もっと強く言うべきだった。結果、甘やかしてしまったのでしょう。

そうした中ではSBさんは、まだまともでお酒の飲み方もスマートな人間でした。

彼のパターナリズム傾向は私と井田さんが抑えていこう。私と井田さんで外回りやイベント誘致をして引き続き開放感あるりべるたんを目指していこう。SBさんには居住環境のことを担当してもらおう…と考えました。

そして少しずつ、彼のパターナリズム傾向をなくしてもらおう…そういう目論見が当時の私にはありました。そうして、2018年度の代表はSBさんになり、前代表の和田、井田は副代表としてSBさんを支えることになりました。

しかし私は事実上、追放されます。
ここからの話はそう難しいことじゃないです。
そして、言った言わないの世界なのであまりにも低俗なお話です。

簡易に説明をすると、2018年の4月にSNさんは私に対して「お前は私にプレッシャーをかけたのだろう?」と言い、自分は否定しました。
その時、新代表のSBさんは「これは和田君が悪い。和田君はいつもうそをついている」と裁定して、SNさんの味方についたのです。

それを見たSNさんはそれ見たことかと「和田君問責決議案」という文章を作成しました。

問責決議案には「SB新代表も和田君を批判している、私は正しい」という趣旨の文面がありました。
さらには「嘘をついた和田はりべるたんと私SNに対して背信行為をした。謝って許せるものではない。私は和田との友人関係を見直す」ともあったと記憶にあります。
こういう内容を彼はりべるたん内のメーリスに流します。

私はおかしいと思っています。SNさんは普段から酒を飲んで暴れていた。それをなだめたり、なだめられなかったりしたのは私です。私がSNさんにプレッシャーをかけた?

冗談じゃないなと思います。「逆だよ」って私は言いたかったですし、後で彼に伝えました。私にとってSNさんはその時は、理解しがたい恐怖の対象でした。

SB新代表はそんなことはわかっていたはずなのです。
しかし、SB新代表はSNさんを利用して、私を従わせようとしたのかなあと今の私は思っています。SNは言外に私の会議への出席を求めていました。おそらく、会議で私を糾弾し、みんなの前で完全に従わせて、心を折るつもりだったのでしょう。そしてSB新代表はそれを黙認しました。

不愉快な事態だ。まがりなりにも、今までりべるたんを支え、外から人を招き、中の人間をなだめすかしていたのは私だったと思います。しかし彼は何も考慮せず、狭い人間関係で私を更にうまくコントロールするためにSNさんの攻撃性を利用したのだと私は思っています。

文面が崩れてきた。許してほしい。あまりにも悔しかった。ざけんな、よくもまぁなめてくれたわ…とそういう思いがあります。10か月たった今も拭い去ることができません。

ここで私の感情は完全に死にました。そしてりべるたんの現役メンバーの皆さんはここでも何もできませんでした。なぜ彼らは何もできなかったのか?これも後々考察します。

結局、メーリスの文面を見てその内容を危惧した、菅谷さんやYOさんの介入がありました。 「これ、おかしいだろう」と現役の人間は言えず、私もメンタルを完全におかしくしてしまい、以降、抑うつ状態(双極性障害とも?)と精神科で診断され、服薬生活に入ります。

私はメーリス上で、彼の不正と攻撃性を批判しました。すると彼からは「私も精神病だ。私の症状の原因は和田君に感じたストレスのせいも一因にあるかもしれない」との返事がありました。

私は少し前に彼から「仕事が大変なので精神不安定だ」とう言葉を聞いています。にもかかわらず…だ。「よくもまぁうそつきはどっちだ」って感じです。いかんな文章が乱れてきた。

あの頃の菅谷さんは尊敬すべき行動をとりました。彼はりべるたんをうまく運営できず、精神を病んだ私に対して「和田君はもう何もしなくていいけど、これを機にちゃんと喧嘩のやり方を学んだ方がいい」と言ってくれたのです。

あの発言は救われました。本当にうれしかった。ありがたいと思いました。自分はこれからでも「学んでいこう」と思ったし、それが生きる動機と希望につながっていきました。

このころ、もう一つの事態が起こりました。
これは映画監督の早川さんがSNさんが壁に張った盗難への注意を呼び掛けるビラ(文面は「金は抱いて眠れ」)とりべるたんの机に置いてあったメモ書きを面白がり、写真に撮って、ネットに流したことが発端です。

SNさんはビラとメモがきの著作権を主張し、「早川さんの行為は私への著作権侵害行為だ」とメーリスで発言しました。いったい、その辺に落ちているメモやビラに何の価値があるというのでしょうか?私にはいまだにわかりません。

さらに早川さんの出禁と早川さんがりべるたん内で過去、撮影していた「映像資料の外部への公開」をりべるたんとして「禁止したい」と会議にかけました。早川さんはりべるたんを題材とした映画を撮る予定だったのです。

2018年4月のりべるたん内の会議では…これには私は参加していないのですが、私と早川さんのことが議題に上がったそうです。

SB新代表は私を厳重注意(叱責処分)に処したと発言し、会議の中ではそのことは他の運営者からも是認されてしまったようです。

さらにはSNさんが提起した「映画の上映禁止」を支持しました。結局、2人がそういうふるまいをしたので、4月の会議では、SNさんの主張に近い結論になってしまったそうです。一部の反対派(井田さんやKWさん)の抵抗があったにしろ…。

ここまでが2017年度の報告です。
そして、2018年4月後半に私は副代表を辞任し、りべるたんを事実上、抜けました。
正確に言えば「理不尽に攻撃されたので、もうしばらくは顔を出しませんし、出したくないです」といったところです。つまり私は引き下がった次第です。

この状況で、あまつさえ私に厳重注意をし、SNさんの肩を持つようなことをする人間とは一緒にはできないし、もうどうしようもなかったのです。私はまた負けました。

ここから先は基本、聞いた話となります。
この後、2018年5月に古株のYOさんが自分が抜けるか、SNさんが除名になるかという2択をりべるたんの会議内で提示。YOさんは「和田や他の人に対するSNさんの攻撃的な言動はもう看過できない」と主張しました。

この一連の対立はりべるたん内部で「2018年春のりべるたん内ゲバ」と呼ばれています。

しかし、SNさんは「攻撃的な言動の定義はできない。その根拠を示せ!示せないならば、私はりべるたんを抜けない。」と平然と答えたそうです。

私もYOさんも他の人も彼に対して様々なことを伝えてきたはずだけど、彼は全く何も感じていないし、理解をするつもりもない様子でした。

結局、会議内では除名には至らず…SNさんが次に問題発言をしたらSNさんを除名するぞという曖昧な「イエローカード案」が採決されたそうです。

しかし、ここまでのごたごたのせいで、運営者の多くは完全に疲弊していきました
残ったメンバーはもはやSNさんに注意できず、決議されたイエローカード案は有名無実です。何の価値も発揮できませんでした。

そしてSBさんは居住費の値下げを行い(美しいくらいちゃっかりしています)。一方で、SNさんは相変わらず、運営者にとどまり好き放題の発言と相変わらずの酒癖の悪さを繰り返しています。

しかもSNさんに追従する人間さえ出ました。彼に追従した人は早川さんに対しては「私の写真を勝手に撮影した。肖像権の侵害だ。早川氏は謝罪しろ」と繰り返しメーリスに書くようになります。

SNさんに追従した人は、今までは早川さんには「早川さん」と呼んでいたのに、このことがあってからは、りべるたんのメーリス上では「さん付け」を放棄して、以後ずっと執拗に「早川氏」と書き続けるのです。 これも嫌な気分になりました。その人のキャラは今までは好きだったので、また私も今までその人に世話になっていたため、余計に気持ちが地の底まで落ち込んだことを覚えています。どんな人間にも支持者はつくのだなと心の底から思いました。まるで紅衛兵のようですり

2018年9月に「りべるたん解散決議案」を鶴見さんが出しましたが、これもりべるたん内の会議で否決されました。
それに対抗すべく、SNさんは自分たちが契約者になり、りべるたんに特別の責任を負うと発言。それはりべるたん内で制度化(責任運営者制度)されました。この「責任運営者制度」は、少数の運営者に今まで以上の権利と義務を課すことで、りべるたんの運営を安定させようという試みです。

これそのものは悪くないものですし、さすが学識豊かな法学部卒のSNさんです。規約の作り方は一流ですね。

しかし、仮にも「イエローカード処分」をりべるたん内部でうけているSNさんが責任運営者に就任するとは一体どういうことなのでしょう。SB代表もそんな下策をなぜ、容認するんだろう。もう、無茶苦茶に思えます。

そうして鶴見さんをはじめとした複数の運営者は、りべるたんの現状についに呆れ果てて、運営を抜けました。本当に責任感があるのはいったいどちらだったのでしょう。もちろん、後者だと私は思います。

そして居住者は2019年の1月にはSBを合わせても2名。会議の参加者は3〜4名程度まで落ち込み、今は過去に貯めたお金で何とか延命をしているという「風前の灯火状態」なのが現状だと聞きました。

その中でも井田さんは運営者に残り、孤軍奮闘してイベントを行ったりもしていました。しかし、焼け石に水状態だったそうです。

そして井田さんは2018年秋に新しいシェアハウス「新・オストロイテ」を小竹向原に造ってしまいました。

ちなみにオストロイテは若手のアクティビストの新拠点として、それなりにうまく機能しているらしいです。私も数回訪問したことがあります。

さて、うそつきだ、背信だと散々人前でののしられた私の代表時代にはまだ居住者は5名、2017年の時はまだ、新しい運営者を獲得することが出来ていました。
現状よりは、アレでもかなりマシな状態だったのでしょう。

おそらくりべるたんはそう遠くないうちに解散します。それも自分たちで選択したのではなく、自壊する形で。

SNさんとは2018年の12月にオストロイテ内で、久しぶりにお会いしました。その際、彼はまたしても酒で泥酔した挙句、私と井田さんに対して「俺はもうすぐ結婚するから、りべるたんなんてやめるよ」「和田君、和解しようぜ。でも和田君は非を認めろよ?」と大声で繰り返し放言したり、TNさんに対して「お前の党派はどこだよ!」と馬乗りになるようにして、怒鳴っていました。

「和解の件」は特に腹がたちました。私も抗議をしたのだけど…。「酒を飲んで記憶が飛んだ。でも、私は悪くない。私には攻撃性はないのは事実だ」という趣旨の文面で彼に返答されてしまう始末です。

いったいこれまでのことはいったい、何だったのでしょう。もう、何もわかりません…。情けない限りだ。彼に文面で返答されたのはこの文章を書く三日前ほど(2018年1月下旬)前でしたか。あれ以来、怒りからろくに眠ることさえ私はできません。

この文章もそのショックから記述を始めた次第です。そしてちょうど今、代表をしていたSB代表さんも突如、りべるたんを抜けると宣言し、どこかに去っていくらしいです…。なんと、まあ。

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つくし

りべるたん顛末記

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