素敵な貴方をたたえます

あたしにはとりえなんて無いですので、と、その当時世界でいちばん好きだった人の前でギターを鳴らしながら歌った日のことを、何故かずっと覚えている。そういう恋だったからだと思う。フェンダージャズマスター、視線は虚空、されどもまっすぐ。

突発性難聴を患ってからというものの、疲れると左耳が聞こえなくなる。大切な言葉を拾い損ねたときは、そこはかとなくかなしい。軟骨に空いたピアスの穴から、聞き取れなかった声がゆるやかに抜けてゆく感覚がある。

本を読んでいるお客さんがほろりと涙をこぼした瞬間、見なかったふりをして静かに紅茶を注いだ。きれいな涙が光るのを見て、読書の醍醐味を思い知る。

見せかけの好意やおざなりにされている感覚、人に好かれていないことをわかってしまったときの、心臓が静かに冷えていくあの感じ。傷ついていないふりをして笑う、ひ弱な根性。

恋でも愛でも友情でも、誰かと親しくなるのはちょっと切ない。いつも終わりのことを考えるよくない癖が、わたしを少しだけ寂しくさせる。

人のたましいが動く瞬間を見るのが好きだ。視線、まばたき、ほおの筋肉、声色。些細な感情の機微を捉えて、その喜怒哀楽を分かつことができたとき、わたしは生きててよかったと思う。




ありがとうございます。本を買って内面を耕します。