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雨上がり

今年はなかなか梅雨が空けなくて、何日も何日も空の色が鉛っていた。

梅雨だろうが晴れだろうがサーフィンをする為だけに海に出かける僕にとってはあまり重要ではない。波が立っていればそれでいい。

サーフィンに行く日は朝が早い。
朝が早い分、家に戻る時間も早くなる。けれど休日の夕方に家にいるからといって、休みの日に家で何もせずに過ごしているのとはまたわけが違うわけで。

彼女に「家にいるなら今から会いに行っていい?」なんて誘われるのは迷惑だ。

いつも会えそうなはずの週末になかなか会おうとしない僕をなんとか捕らえようと彼女のさやかが「私も海に行きたい。サーフィンに行く時に一緒に連れていって」と面倒くさがる僕の気持ちを押し切って一緒についてくることになった。

「はじめっから私のことそんな好きなわけじゃないんだし、あまり嫌われる心配をしなくていいから、だから私ははじめから類がいいと思ったのかも」

これを言われた僕はなにも言えずに黙ってしまった。

「じゃ、きまりね!今週末行くんでしょ?」

やれやれ。。

その日は5時に僕のアパートを出て、前の日から借りていたレンタカーで海に出た。ついたのはちょうど6時。昨夜からの雨がまだ止まずに空を曇らせていた。僕がサーフィンをしている間はさやかは車の中やその付近で待機。もしも晴れてきたらどこかでなんかして時間潰してるから。とか言う。

僕が着替えて準備している間に雨脚が弱まってきた。空も少しずつ明るくなってきた。

今朝の波は穏やかで何も考えずに適当に時間が過ぎて行った。だいぶ日が昇ってきた頃、完全に雨が上がり青空が広がっていた。

僕は海に入ってから初めて浜の方に視線を向けさやかの姿を確認した。彼女は散歩中の大型犬を撫で、その飼い主と会話をしていた。波乗りをしている間も目線が合うのが嫌で彼女の方を見ないようにしていた。自分が彼女の事を意識的に気にしていない男でいようとしている事に気がついた。

どうして僕は好きとか嫌いとかを人に知られるのが苦手なのだろう。

それでもどうして今さやかと付き合っているのだろう。

彼女はどうして僕から離れていかないのだろう。

いつもは海に来ると何も考えずに済むのに、波から離れた途端に彼女の事でモヤモヤしている自分が嫌になった。せっかく海に来ているのに。もう次からは断わろう。

波が落ち着いてきたので、今日はもう引き返す事にした。浜に戻るとさやかが僕の方に走り寄ってきた。

「犬いたよ。今日はもう終わり?」

「犬好きなんだね。今日はもう戻ろうかな。退屈じゃなかった?お腹空いてる?」

「退屈なんてしてないよ。だって海って何もなくて、それがいいんじゃない。知っててきたんだもん」

ああそうだよな。海って何もなくていいんだよな。僕も彼女の前で何もない海のように、「僕はなにもないよ」と格好をつけているだけなのかも知れないな。嫌われないようにしているのは僕の方なのかもな。

自分の聖域と決めていた週末の朝の海に彼女を連れてきたせいで、僕は僕の姿を見せつけられ、いつでも終わりに出来るはずだった彼女との付き合いがそう簡単には終わらないかもという思いがよぎった。

「なんか今日はいつもより優しい?」

「なんでだよ。もう次からはまた一人でこようとか考えてた所なのに?」

「それはわかってる。でもはっきり言われたらショックかも」

「あ、それはごめん」

「そんな素直に謝るなんて。やっぱりいつもより優しい」

彼女の笑顔につられて僕も笑っていた。
空が晴れて大きな白い雲が夏みたいで、このまま直ぐに帰るのがもったいないと思った。

「着替えるから少し待ってて。近くのカフェで何か食べよう」

「やった」

そう言って彼女は手に持ってたペットボトルの水を「のみほして」と言ってわたしてきた。

僕はその生ぬるい水を一気に飲み干し、なんとなくの流れでさやかにキスをした。

『このまま 帰りてぇー』っと思った。
けれど、「カフェに行こ」→「やった 」のやり取りのあとだから、やっぱりカフェに連れて行ってあげないとな。と思いとどめた。

着替えて車に戻り、車を出そうとした時にさやかが僕の顔をじっと見て

「私お腹空いてないかも」

と、言った。





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