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地方創生カレッジ:地方創生リーダーの人材育成・普及事業 [2/2]

日本生産性本部 茗谷倶楽部会報 第77号(2019.12発行)寄稿文 2/2

5.制約条件の解消のための方策

天然資源や食料物資の大半を輸入に頼るわが国は、付加価値の高い商品やサービスを開発し、海外市場で販売することで外貨を獲得していかなければ、安定的な経済発展を続けていくことは困難です。完成品メーカーが量産工場の多くを海外に移転し、かつて最大の強みであったモノづくりの現場力が減衰せざるを得ない状況に置かれている今日において、新たな価値を生み出すイノベーションの創出は、わが国にとって危急の課題といえるでしょう。こうした厳しい実情を鑑み、国は地方創生と合わせて、起業創業への公的支援策も充実させてきました。

しかしながら、期待した未来予想図通りには推移していないと指摘されています。中小企業白書によれば、個人事業主として開業した人の約4割が1年以内、約半数が2年で廃業してしまい、10年後に生き残る事業者はたった1割だけなのです。それは、新たな価値を生み出すイノベーションを実現する前段に、(前述とはさらに別の)三つの壁が大きく存在していることによります。さらには数値目標として創業者数を追ってしまい、事業の競争優位性や独自性の確立に深く関与しないが故の、公的支援機関の機能限界がそこにあるともいえましょう。

新たな価値を生み出すイノベーション創出の前段に立ちはだかる一つ目の壁は、科学的に立証できるのか、本当に実現可能なのか、といった次元の「現実の壁」です。人は夢や理想を実現しようと新たな事業を構想しますが、残念ながら妄想に終わってしまうケースも多々あります。メディアや大衆だけでなく、専門家や学識経験者ですらも情緒的な判断に流されてしまったり、既存の事業や組織を存続させることを目的として、無理筋の新事業案が補助金受給の募集にエントリーされ、採択に至る事案も散見されるのが公的支援の実態であったりします。

2つ目の壁は、事業の実現性が一定の確証を得たうえで直面する「資金の壁」です。先進性や独自性が見込まれる技術開発型案件にはNEDOの開発援助など公的な補助金、助成金が比較的容易に獲得できるよう設計されていますが、対象や用途が限定されます。また、民間の金融機関は新事業へのデューデリジェンス(事業や財務の査定)が困難であること、ベンチャーキャピタルは短期でキャピタルゲインを求める性格であることが、利用者にとって不都合な場合もあります。また、話題のクラウドファンディングは市場が未成熟で機能は限定的です。

3つ目の壁は、新たな商品やサービスの販売準備が整ったうえで直面する「市場の壁」です。いくら新規性を誇っても、全く世の中にないものでは人々に認知されず、売ることは困難です。また、たとえ競争優位性を誇っていても、購入者が許容できる範囲の価格でないと売れません。そして、販売を他者に依存していると、売るのは最も困難となります。作り手自身が情熱をもって販売にあたることで、消費行動を誘発するのが市場の壁を突破する鍵となるのです。しかしながら、公的支援の場面において市場の壁への配慮は希薄といわざるを得ません。

科学的な証明や経済合理性に適合しない、市場原理や外部環境の変化に適応しない商品やサービスは、やがて淘汰されるのが自然の摂理です。公的支援の場面において、その原理原則を逸脱してもなお、事業が成功する保証(あるいは補償)はありません。真の地方創生を実践していくためには競争原理と新陳代謝を大前提として、情熱と心血を注いで事業を軌道に乗せることが求められます。また、民間の企業人の視点として自明の理であることを、公的機関の意思決定のプロセスに丁寧に転写していくことが、最初にして最大の必須要件となるのです。

6.地方創生リーダーの育成に向けて

「お役所仕事」という慣用表現があります。決して肯定的に用いられることはなく、「形式主義に流れ、不親切で非能率的な役所の仕事振りを非難していう語。」として、日本語大辞典の最高峰とされる大辞林(第三版)にも記述があります。さらに付け加えるならば、「表層的な建前論に終始し、手続き至上主義であり、結果に無責任である」と記述できるかもしれません。先日、知人から「地方創生の本質とは何か」と問われたのですが、この「お役所仕事」の意味が肯定的に用いられる語句に変わることではないかと今では考えるようになりました。

地方公共団体が地方創生に取り組むために、地方創生推進交付金による国からの「資金」援助を受けようとする際には、地方版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定することが求められますが、7割超もの自治体が外部企業などへの委託で策定したことが調査で明らかとなり、年初にメディアでも取り上げられました(「地方創生計画 外注多数 交付21億円超 都内企業へ」東京新聞1月3日朝刊)。また、地方創生推進交付金で実施する事業についても、他の自治体の前例踏襲や模倣によるものが産業振興分野の事業に限っても数多く散見されます。

筆者は6年間にわたる岐阜県内の地方公共団体や公的支援機関との関わりの中で、これまでの記述の通り、経営コンサルタントの視点として大いに違和感を感じる地方自治の実態に直面してきましたが、地方創生の実践に求められる先進的で優れた取り組みにも接することができました。先行事例としてそれらを紹介し、地方創生リーダーの育成にどのような条件が必要かについて言及し、本稿の帰結としたいと思います。その続きについては出版予定である「イノベーション前夜(仮題)」と題した岐阜県内の先進事例を紹介する書籍をお待ちください。

さて、前述の地方版総合戦略然り、地方公共団体のビジョン策定プロセスでよく耳にするのは、外部の企業に発注して計画骨子を入手するというものです。それでは行政が主体的に策定していないだけでなく、現場の実情が反映されていないのではないかという疑念が払拭されません。そうした中、岐阜県恵那市では「産業振興ビジョン検討部会」ならびに「産業振興会議」を立ち上げ、地域性を良く理解している市職員が基礎的なデータを準備し、次世代を担う若手経営者を構成員の中核とした会議の場で、産業振興ビジョンの策定に取り組んでいます。

産業振興や官民連携に専門性が高い有識者をアドバイザーに招き、会議のファシリテーション及び専門的アドバイスを委嘱していますが、地域の担い手が自ら現状分析と課題抽出を行い、ビジョンの策定と達成のための取り組みを検討するのが特徴です。そうして策定した産業振興ビジョンから中期計画、単年度の事業予算に落とし込むことで、恵那市が直面する課題や実情に直結した産業振興策が実行されています。意思決定のプロセスに関与していることから、事業者が当事者意識を持って市の産業振興に取り組む理想的なモデル事業といえましょう。

そして、計画の実行を側面的に支援するべく「恵那くらしビジネスサポートセンター」を設立し、地方創生の目的である「地方が成長する活力を取り戻し、人口減少を克服する」(平成26年9月14日まち・ひと・しごと創生本部決定「基本方針」より引用)ことに真摯な姿勢で取り組んでいます。地方創生の枠組みでは、取り組むべき領域が広範で複雑多岐に渡り、これまでの記述の通り多くの壁に直面する地方公共団体の職員だけでは対処が困難であり、解決策を導き出す意思決定のプロセスとして恵那市の取り組みは高く評価することができます。

下呂温泉で有名な岐阜県下呂市では、最盛期に年間180万人が宿泊して賑わっていましたがバブル崩壊後は次第に観光客が減り続け、東日本大震災や御嶽山噴火の影響もあって危機的な事態に直面していました。観光協会を中心とした民間主導で宿泊客のデータを月次集計して、客層別に最適な手段で集客するマーケティング分析に取り組んだ結果、宿泊客を年間110万人まで取り戻すことに成功しました。そこでは下呂市観光課が必要なデータや公的支援の諸施策を提供する、官民協働の「下呂市誘致宣伝委員会」が大きな役割を果たしたのでした。

この経緯において、国が推進する諸施策の有効活用を観光課で7年以上に渡って先導し、官民の架け橋となり、下呂市はどうあるべきかについて情熱と心血を注いで考え、従事してきた課長補佐の存在は、筆者の6年間にわたる岐阜県内の地方公共団体職員と接してきた中で、最も特筆すべき理想の職員像として、また、地方創生リーダーの先駆者として高く評価できます。観光産業を取り巻く環境の変化は激しく、柔軟な発想で変化に適応して直面する課題に対峙し、広い視野と高い情報収集能力を発揮して結果にコミットする姿は地方公務員の鑑です。

岐阜市とその近郊においては、長良川流域の4市を広域に繋ぐ地域連携DMOとして、長良川DMOが注目されています。国内で登録されている他のDMOは、従来からある観光協会などの社団法人や財団法人を主な母体としています。一方で長良川DMOは、長良川流域をブランディングすることで自分の住む街に誇りを持ち、アイデンティティを確立したいとの熱い想いを持つ、39歳の代表理事に共感して集まった、地元の若い人々を核に構成されていることが特徴です。従来の枠組みに囚われない柔軟な発想で、地域の魅力を発掘し続けています。

母体となったのはNPO法人ORGANで、長良川流域の観光コンテンツを地域の若い人々とともに開発してテストマーケティングするイベント企画「長良川おんぱく(温泉博覧会)」の開催や、地域商社として機能する「長良川デパート」を展開してきました。蒲勇介代表理事は生まれ育った長良川流域が、豊かで美しい自然やそこで培われた歴史と文化、そして伝統産業が誇ってしかるべきものであるのに、観光まちづくりのプラットフォームがないことや、地域ブランドが確立されていないことを痛感してNPO法人ORGANを設立したのでした。

その後の活躍は目覚ましく、「長良川おんぱく」を全国に数ある「おんぱく」イベントの中でも最大規模にまで育て上げました。また、全国出荷の7割を生産しながらも知名度が低く、誰も目を向けなくなっていた和傘に着目し、若い担い手とともにその魅力を発信して年間約1千万円以上の売り上げを誇るまで復活させました。観光協会や生産組合など既存の組織や団体がなし得なかった偉業を、若い力と柔軟な発想で幾多の壁を乗り越えて実現したのです。このような熱い想いを持った若手人材が地域に根ざしていくことこそが今、求められています。

地方創生リーダーを育成する役割を担う我々としては、県内に存在するこうした先進的な取り組みや人物像を紹介しつつ、立ちはだかる壁が存在することを示したうえで、対処できるような方策を示し、具体的な成果に向けて地域が一丸となって進んでいけるような土壌とインフラを整備していかなくてはなりません。その方策として、今期は地方創生カレッジの官民連携講座を開催します。地方自治体職員と民間人が共に地域の課題について考え、議論を交わし、共通の認識のもとで解決の方策を導き出していく場を創出し、その定着を図って参ります。

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