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No.3 審美眼

【共同アトリエ区画・E 利用者の会話】

なんだ?作品に行き詰ってんの?
またスランプか、大変だな。
だったらひとつ面白い話をしてやるよ。

芸術くされ街道で、たまに蚤の市やってることがあるだろう。
古本とかさ、骨董とかさ。俺、そこで作品を売ったんだ。5万で。
ぼったくり?いやいや、「いい値でいい」って言ったら勝手に5万だしたんだよ。
まぁ、「今は亡きアーティストが書いた貴重な芸術書」としてだけどな。
罪悪感はないのかって?ないない。

だってそいつは俺のバンドをつぶした批評家だし。

多分、それがしでなにかしら文化芸術かじってたら、一度は顔をみたか名前を聞いたことがあるやつさ。多分、お前も知ってるよ。

その批評家はそれがしじゃ文化人として古株で、気に入られたら名前が売れる。名のある文化人の中でも「それがしの審美眼」なんて、たいそれた名前の自称・文化人さ。

もう何年前かな。俺もこんな物騒なとこをうろつくタイプじゃなくて、真面目に地道に夢を追う好青年だったさ。うそみたいだろう?

ビラ配って、チケット売って、人を集めて、ジャケットだってこだわって。俺も、他のやつらもがんばって、やっと地元の箱が埋められるだけになった。

よく、夏とか秋に市の主宰で芸術祭やるだろう?そこの抽選にも受かったんだ。その時はなんも知らなかったからさ、いよいよそんなえらい人間に認めてもらえるなんて俺も俺のバンド仲間もみんな嬉しかったんだ。「そのうち、それがしが誇るアーティストになる日も近いかな」って馬鹿みてぇに浮かれてさ。

だけど、芸術祭の当日だ。
その時、俺たちのバンドが参加したのは審査員票で賞金と地元のラジオ出場権が出るやつだったんだけどさ、
VIPの閲覧席にいたその審美眼野郎は眠りこけてろくすっぽみていなかった。他のバンドの連中も気付いていただろうな。
でも、だれもなにもいわなかった。言えなかった。

他の喜んでくれる客もいたし、なにより場を壊す無粋なことなんて避けたかったんだろうよ。だけど、だけどさ、そいつの1票で芸術祭の評価が全然違ってたんだ。やつがみていたのはやつの知人の場違いなまでに正統派の吹奏バンドだけだった。

その時悟ったよ。これ出来レースだって。
俺たちみたいな後先売れるかわからない人間より、もうすでにのちのちなんかやっても集客が見込めるであろう身内を選ぶつもりだったのさ。

今思えば、そんなくそなとこの評価なんか見切っちまえばよかったんだ。だけど、俺、若かったからそんなこと浮かばなくて怒りがかってさ、自分たちの番になった時、耐えられず挨拶の時に名指しして皮肉交じりに注意してやったさ。

観客は笑っていたがそいつは逆切れ。そんで評価はボロボロで最下位どころか選外だった。評価の時には「あんな理解に苦しむ曲はない」「中学生が始めたてで組んだバンドレベル」と、はらいせかしんねぇがぼろくそにいいやがったのさ。
そんで、その時の評価がまた響いてさ。

やっぱ金と権力にはかてねぇよ。
悪いうわさが独り歩きして、おかげで客足は滞り、かろうじて黒字になっていたライブが赤字しかでなくなった。それでぎすぎすして仲間もいなくなり、いまや俺一人さ。

…でも、音楽をあきらめたくなかった。ガキの頃から夢でさ。
バイトして、背伸びして買った楽器は捨てられなかった。え、面白くない?馬鹿だな、ここからだよ。

その時、どうしても金がいりようでさ。
昔使っていたギターの教本とか気にっていた円盤とかを蚤の市で売りに出しに行ったんだ。

その時、そこに来たのはあのくされ審美眼野郎だ。
あいつ、俺に話しかけてきたんだよ。きっと、俺の顔なんか覚えてなかったんだろうな。集めているものの筋がいいねとか、俺の価値観まで品定めされているみたいできしょくが悪かった。

唾をはいて、ぶん殴ってやろうかと思った。
でも、悪魔のささやきか、天使のささやきか。
俺は「珍しい代物があるんだ」って自分の作ったジャケットをまとめた本をすすめてやったんだ。その中には俺を酷評した曲のやつもはいってた。だけどあのバカは、それも覚えていなかった。

俺の嘘にあいつは一人で勝手に根も葉もない価値を想像して膨らませ、それで勝手に自分で高値をつけて買ってった。そんで数日後、そいつは俺の嘘に尾ひれどころか羽やかぎづめまでくっつけて、地方番組の自分の選書コーナーで鼻高に紹介してたよ。

その回は珍しい代物の紹介ってこともあって大盛況だったらしい。

そのくされ審美眼野郎もだけど、それを調べずにそのまま信じて盛り上がる周囲も考え物だったよ。一種の宗教みたいだったね。

きっと、それだけ人気があったなら今頃。
…いや、なんでもない。

まぁ、がんばれ。俺はお前の作品、嫌いじゃない。
だから、俺みたいになってくれるなよ。
まぁ、ここにいるやつはみんな同じか、はははは。

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