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【運用部コメント】食材価格およびコモディティ価格から分析する新興国経済の動向

直近、高騰中の食材価格およびコモディティ価格。これは日本国内を含め世界的に影響をもたらす事象といえます。そこで、今回はこの食材価格およびコモディティ価格高騰の背景を探るとともに、これがもたらす特に新興国経済への影響についてお伝えしていきます。

0. はじめに

昨年、2020年から猛威を振るい、今なお変異種含め感染拡大が進んでいる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ですが、中国をはじめとする一部の国では行動規制が解かれ経済の回復が見られます。ワクチン接種普及とともに外食需要が回復していることで、食材価格が世界的に高騰しています。

食材価格が上がると、食料自給率が約4割以下(※1)と、先進国の中でも低い水準にある日本にとって、飲食業界や一般消費者にダイレクトに影響します。国内要因ではなく輸入価格の高騰によるインフレ、消費減退、実体経済の回復鈍化といった連鎖を生む可能性があります。また、OECDおよび国連の予測によると、需要鈍化により価格が落ち着くのは来年以降との報道もあり(※2)、裏を返せば今年いっぱいは更なる価格上昇が予見されるので、飲食店・家計の圧迫が懸念されるところです。

食材価格の高騰は、当社の融資先国である中南米や東南アジアの新興国経済にどのような影響をもたらすでしょうか。本稿では、直近の食材価格高騰の背景について解説し、株価を参照指標として食材価格推移と新興国経済の関連を確認、最後にフードバリューチェーンの構造的問題と近年注目を集める食材のフェアトレードについて概観していきます。

1. 直近の食材価格高騰の背景

まず、直近の食材価格の推移について見ていきます。

国連食糧農業機構(Food and Agriculture Organization of the United Nations、以下「FAO」)が発表するUN Food and Agriculture World Food Price Index(以下「FAO Food Price Index」)(※3)は、2020年6月以降11ヵ月連続で上昇し、2021年5月および6月は2014年3月以来の高値となっています。また、コモディティ価格全体を表すインデックスであるBBG Commodity Indexと比較しても、FAO Food Price Indexの上昇が顕著であることが確認できます。よって、コモディティ市場全体で見ても食材の価格高騰は顕著と解釈できます。

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食材価格高騰の要因については主に以下3つが考えられ、2019年~2021年直近にかけては3つの要因が同時に発生しています。

① (マネーサプライ要因)世界中の金融緩和によるベースマネー拡大
② (需要要因)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大から経済が回復した国の需要増加
③ (供給要因)世界的な気候不順による生産量の低下

これらのうち、①については連日報道されているとおりで、COVID-19感染拡大による景気低迷に対処するために、先進諸国を中心とした大規模な金融緩和や財政政策が行われ、それがインフレ要因の一つとなっています。②については主に中国を指し、消費用の食料に加え飼料として大豆やトウモロコシの需要も高まっています。③については日本での報道が比較的少ないことから、簡単に補足しておきましょう。

世界気象機関(WMO)が発表する世界の標準化降水指数(SPI:Standardized Precipitation Index)を期間別に地図上にプロットしたものが以下になります。食材の原産国に注目すると、2019年5月までと比較し、2019年6月から2020年5月は中南米および東南アジア、2020年6月から2021年5月は米国西海岸、中国南部、中東などで「軽度の乾燥」から「極端な乾燥」のエリアが増加しています。

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各国別の定性情報を取り上げます。ブラジルではほぼ100年ぶりの水不足に見舞われており、農作物の価格上昇を背景に5月のインフレ率が8%を上回る水準まで上昇しました(※4)。同じく中南米のメキシコでは、国土の8割近くが干ばつの影響を受けており、農作物の生産減による価格上昇に起因して6月前半のインフレ率が6%を上回る水準となりました(※4)。東南アジアのタイでも、2019年~2020年にかけて穀倉地帯で干ばつが続いており、米やサトウキビの収穫が減少しています(※5)。一部の農家ではサトウキビから、乾燥に強くタピオカの原料となるキャッサバの生産に転向する動きもあるようです(※6)。

なお、ブラジルは大豆、牛肉、鶏肉、サトウキビ、コーヒー豆、砂糖(サトウキビ)等の輸出上位国であり、メキシコはトマト、アボカドなどの野菜類、タイは米(精白米)、砂糖(サトウキビ)等の輸出上位国です。

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食料生産国と言える中南米や東南アジアでの天候不順による生産減少が、価格高騰の供給サイドの要因になっているといえるでしょう。

2. 食料価格の変動と新興国経済の関連について

次に食材の価格変動と新興国経済の関連について、株価を参考に考察していきます。

世界的な需要増加およびそれに伴う商品の価格上昇は、当該商品の輸出国の貿易収支上、収入を増加させるので、その国の経済に良い影響をもたらすとの見方ができるかもしれません。実際、半導体事業を主力としている台湾は、グローバルなチップ価格上昇とともに、2021年1月~4月にかけて株価は堅調に推移しました。

食材価格の高騰は生産国の株価にプラスのインパクトをもたらしているでしょうか。新興国株価のインデックスとしてMSCI Emerging Indexと、FAO Food Price IndexおよびBBG Commodity Indexの2018年以降の動きを見てみます。下表が示す通り、新興国株価とコモディティおよび食材価格には相関が認められます。

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3. フードバリューチェーンの構造的問題と近年注目を集める食材のフェアトレード

一方で、今般の価格高騰の背景には天候不順による供給減少も関係していることを前半で確認しました。また、既存のフードバリューチェーンの構造的問題により、食材価格が高騰しても、貿易収支上の収入が工業製品と比べて生産国に還元されづらいという問題もあります。特に後者の懸念について、コーヒー豆を例に取り上げつつ掘り下げていきます。

食材の生産・流通現場については、半導体等の工業製品と異なり、業界全体での効率化はあまり進んでいないのが現状です。新興国の場合、生産は農村の小規模農業者が担うのが一般的です。その後、生産物を大手食品メーカーが買い取り、加工や保管、輸送を行います。コーヒー豆を例にバリューチェーンを見ていきましょう。

コーヒー豆のバリューチェーンおよび、各工程での、コーヒー一杯当たりへの付加価値(積み上げで計算)を図解すると以下の通りです。ご覧の通り付加価値の9割以上が、輸出先国および消費国で生まれ、新興国の小規模農業者に還元される構造になっていないことがわかります。他の食材でも基本的に下図のバリューチェーンに近いですが、飼料や生鮮食品等、加工(コーヒー豆における「焙煎」)の工程が無い食材については、付加価値がつかず極力安い価格のままで消費国まで到達しようという力学が働きます。

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上記のような問題を打破するために、近年フェアトレードというキーワードが注目されています。フェアトレードとは、直訳すると公正公平な貿易取引という意味です。新興国で生産、製造された商品について継続して適正な価格での取引を行い、生産者の生活水準や地位を向上させることを目的に掲げています。FAIR TRADE JAPANによると、コーヒー豆のフェアトレードの必要性について以下のとおり解説されています(※7)。

“コーヒー生産国のほとんどは、いわゆる開発途上国といわれる国々です。コーヒー豆の買取価格は、生産現場とは遠く離れたニューヨークとロンドンの国際市場で決められます。国際市場は投機マネーなども流入し、時に高騰したり暴落したりと価格が激しく変動します。マーケット動向の情報入手や市場への販売手段を持たない個々の小規模農家たちの多くは、中間業者に頼らざるを得ない状況にあり、時に生産や生活に十分な利益を得られず、不安定な生活を余儀なくされ、子どもを学校に行かせるだけの十分な利益を得られないということが起こってしまいます。”

フェアトレード市場は拡大傾向にあり、生産物の輸入組織より支払われるプレミアムが多い食材としては、コーヒー豆、カカオ豆、バナナ等が挙げられ、フェアトレード・プレミアムの金額は下図のとおりです。

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一方で、取引量・金額自体で見ると大豆、小麦、米等の穀物が最も多く、特に大豆は畜産業における飼料としての需要もあるため、穀物および食材全体でも取引金額が最大となっています。穀物の価格是正、畜産業の環境への影響改善(そもそも飼料としての過大需要を減らすといった企図)といった点も、持続可能な食料供給を考えるうえで重要な論点になるでしょう。

4. おわりに

本稿では、直近の食材価格高騰の背景と、それによる新興国経済への影響、および生産国へ収入が還元されづらい現状のフードバリューチェーンについて概説しました。各国の金融緩和や財政出動によるインフレが警戒される今日ですが、食料を含むコモディティのインフレが、それら主要な生産国である新興国経済にとって必ずしもマイナスにならないという見方もできるかもしれません。

一方で、世界的な干ばつといった環境問題が実体経済へダイレクトに影響を及ぼすこと、各国間の格差是正を助けるようなフードバリューチェーンの構築が重要なことも確認しました。当社クラウドクレジットでは、クリーンエネルギービジネスを展開する資金需要者への融資および、中南米・東南アジアに所在する新興国企業への融資を通じて、間接的に環境問題および格差是正に取り組んでいきます。

<注釈・参考>

※1 食料自給率とは、「国内の食料全体の供給に対する食料の国内生産の割合を示す指標」で、分子を国内生産、分母を国内消費仕向けとして計算されます。分子および分母を「基礎的な栄養価であるエネルギーに着目した熱量(=カロリー)」とすると、カロリーベースの食料自給率が算出されます。農林水産省によると、日本の2019年のカロリーベース総合食料自給率は38%です。
農林水産省: https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-16.pdf  

※2  Bloomberg “Global Food Prices May Ease Next Year After Recent Surge”より。
https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-07-05/consumers-to-get-relief-from-surging-food-costs-in-coming-years  

※3  UN Food and Agriculture World Food Price Indexとは、食料品の国際価格の月次変化を示す指標で、5つの食料グループの価格指数をそれぞれのグループの平均輸出シェアで加重平均したものです。5つの食料グループは穀物、植物油、乳製品、食用肉、砂糖を指します。
FAO Food Price Index: http://www.fao.org/worldfoodsituation/foodpricesindex/en/

※4 Bloomberg “メキシコの深刻な干ばつ、中銀がタカ派に転じた要因の可能性 - 副総裁”

※5 日経新聞”タイ、コメ輸出量急減 干ばつ・通貨高で”

※6 NHKニュース”穀物や砂糖 価格が世界的に値上がり 天候不順や中国の需要増で”

※7 FAIR TRADE JAPANホームページより
https://www.fairtrade-jp.org/about_fairtrade/why_fairtrade_cafe.php

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