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具体的で実際的な死のこと:Last Days 坂本龍一(Nスペ)

坂本龍一が亡くなって早一年。当初はNHKの企画をあまり信用していないので、警戒もあって見過ごしていたが、後で見逃し配信でみて、強烈なインパクトで暫く茫然となった。
NHKに謝る必要がある。
私にとって、坂本龍一は数少ない信頼できるメディア人で、生前音楽ばかりか、彼のメッセージにも共感するところがあった。もちろん、すべてのメッセージではなかったが、ただ、彼のいつも自由で、フラットな語り口には信頼と共感を持ってみていた。
でも、それにNHKが絡むと相乗効果で往々にしてありふれたお定まりの主張で終わりはしないか?と誤解していたのだった。
私がよくやる、手前勝手な勘違いである。

この番組は徹頭徹尾、坂本龍一と死の向きあい方だけをテーマにした番組だ。生前彼がよく語っていた、反戦平和や環境、あるいは次世代のこと(次世代は終盤大きく関わってくるが)とは全く離れた、坂本龍一個人の死と家族、友人たちのことだけを描いた、実に個人的なドキュメンタリーだ。彼が意外にも余命宣告を受けて、たじろぎ、苦悩し、そして少しづつ死へ向き合い、受け入れて死ぬまでを描いている。

まずは、彼が余命宣告を受けて「(これは)死刑宣告だ」と日記に記して、その率直さと中々事態を受け入れないことに本当に驚いた。元気に日常を過ごしていて突然の宣告だったからだろうが、年齢的には60代の終盤。平均寿命でいえばまだ死ぬのは早いとはいえるが、60代になればそういうことはありうるとも思え、受け止め方はやや意外だった。
また、宣告後に一層、人生にやり残したことがあるということで苦悩することも、私には実は意外だった。
延命治療を受け入れるか?安楽死をとるか?などど苦悩しつつ、まだ生き抜きたいとか、もっといろいろやりたいと、自分のそれまでの生き方を後悔すらする。もっと健康に気を付けていればと。
そういう内面を露わにした内容だ。
彼ほどの人生ですら、まだやり残したことがあるのだろうか?健康にもっと気を付けていればというが、そんな不健康でも乱暴な生き方にも見えない、彼ですらそうなのだろうか?と思った。

ところが闘病生活を続けるうちに、苦悩しながらも死との向き合い方が少しづつ変わってくる。また闘病が続く間も、音楽に熱心に取り組む。その姿はまた感動的だ。

一番共感したのは、余命宣告後、手術を受けて、体力を落とした頃。
「体力が落ちると、主体性も弱くなる」「自立心が弱くなる」と心境を吐露する。
私も60の手前で腫瘍をとる手術を受けたことがあった。1~2時間麻酔をかけた程度の軽い手術だったが、麻酔が取れて、ベットで一人目覚めたときに、一瞬まわりにだれもいないことに気づいて、ひどく狼狽したことがあった。術中、家人が病室で待っていてくれて、私が戻ってきた時に、目覚める前に一瞬部屋を出ただけで、すぐに戻ってきたのだったが。
戻ってきた家人が私の顔をみて、怯えるような顔をしていたと、その後冷やかされたものだった。
一人で部屋に寝かされているのに気づいて、えらく怖かったのだ。

子どものころ、母親が家を空けることがあって、その時の感覚と同じだと後で思い返した。

死が近づくということは、実際的には、そういうことなのだろうか?

私は、最初に述べたように、健康に老後を過ごしたいが、無駄に長生きはしようとは思わない。一定の年を過ぎれば、死が近くなることは仕方ないし、じたばたはしたくないとずっと考えている。だから、余命宣告を受けても、たじろぐということがやや不明な点もあった。でも、実際的には、主体性がなくなるとか、自立心がよわくなる、つまり人への依存心がつよくなるということがあるのだろう。そういう幼児のような状態になるから、怖さが出るのだろう。
抽象的な事柄ではない、実際的な怖さ。

余命宣告を受けて、苦悩した言葉を日記に記している坂本龍一だが、闘病しながら、ベッド以外の場では、とてもポジティブに映画音楽(是枝監督の怪物)やそのほかの曲作りには熱心に取り組んでいた。弱気なのは、日記だけなのである。
日記のことがなければ、外面的な行動だけとらえれば、死の直前まで音楽の事、後輩のこと、家族のこと。そういう事柄に熱心に活動し続ける、ドキュメンタリーも成立しただろう。
しかし、それは描かなかった。メインは、坂本龍一の自宅、寝室、病室であった。
そこがこのドキュメンタリーの特色だ。

そして、死の2日前まで、東日本大震災後、東北の子どもたちへの支援として始めたオーケストラ、東北ユースオーケストラ(TYO)のコンサートの指導を行うのである。

TYOの定期演奏会を病室の映像でみる、死の2日前の坂本龍一の笑顔と嗚咽は、とても衝撃的で感動的である。
それ以来、自分の二親の死の場面やこれから迎える自分の死、あるいは身内の死。そうしたことを、割と平静でいながら、ずっと考えている。

Last Days 坂本龍一 最期の日々 - NHKスペシャル - NHK

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