禍話リライト:忌魅恐NEO「図書館に置いてあった私小説の話」

 本は選びなしゃいっ!って話なんだよね。 

 加藤よしき氏とだいたい同い年…現在30代ぐらいのBさんの体験である。

 中学生の頃。
 Bさんは別段ワルというわけでもなかったが、一時の気の迷いか、あるいは未熟さ故のイキりか…一回だけ何かしらの「おイタ」をしてしまったことがあるという。

 それを受けて、Bさんは先生方に「図書室の業務の手伝いをやれば処罰を軽くしてやる」というようなことを言われた。
 丁度その時期に図書委員が流行り病か何かで長らく欠席しており、図書室の運営に支障が生じていたのだそうだ。恐らくは、Bさんに不在の委員の代わりをさせるついでに、更生…というほど大袈裟なものでもないだろうが、自らの悪事に対する反省を促す狙いがあったのだろう。
 Bさんはこれを二つ返事で引き受けたという。

 一種の奉仕活動として用意された仕事なのだから、さぞや大変な業務なのか…と思いきや、実際の作業は返却された本を元の棚に戻したり、本棚を整理したり、図書カードにハンコを押したり…という程度の非常に楽なものだったという。
 図書室は確かに広かったが、そもそも本格的な整理は先生たちが既にやってくれているので、図書委員が行うレベルの作業はどれも大したものではなかったのだ。
 業務は楽な単純作業だし、普段は本を読まないタイプのBさんにとっては(この「ズッコケ三人組」って本、みんな借りるな…そんなに人気なのか…)というような刺激的な発見もあり、全く退屈しなかった。
 Bさんは内心、こりゃいいや、と思っていたそうだ。

 そんなある日。
 本棚の整理をしつつ図書室の中をぶらついているうちに、いちばん奥まった場所に辿り着いた。そこは郷土史などの本が並ぶ一角で、背に”禁帯出”のシールを貼られた本がずらりと並んでいる。

 整理のために棚から本を出す。
(ははあ…これは地元のお偉いさんとかが出しているタイプの本だな)
 普段は本を読まないBさんも、流石に中学生ぐらいにもなるとそういうことが分かって来る。その一角に並べてあるのは、地元の名士や郷土研究家といったプロの作家ではない人たちが自費出版で発行し、学校に寄贈したと思われる本ばかりだった。
(…まあ…全然読まれてないんだろうなあ、ここら辺のやつは…)
 そんなことを思いながら整理を続けていくうちに、変わったものを見つけた。

 文庫本ぐらいの大きさの、少し厚めの本。
 バーコードなどは見当たらない。本そのものの感じからして、どうやら作者本人が製本まで手掛けているようだ。
 色々見ていくうちに、どうやら本の中身は小説らしい、ということが分かってきた。

(へえ~、こんな同人誌みたいな本でも図書室に置いてもらえるんだ)
 ただ。
(でも…これなんて読むんだ…?)
 本をあまり読まないBさんは漢字に疎いところがあり、故に表紙に書かれている題名が上手く読めない。
(えー…「こえる」?で良いのか?)
 Bさんは似た読みの漢字を頭の中で探し、本の題名をひとまず”こえる楽しみ”と読むことにしたのだという。

(普段、小説って読まないしなあ…どういう感じなんだろう?)
 興味を惹かれたBさんはぱらりとページを捲り、中身を読んでみることにした。
 しかし。

(なんだこれ!?クソつまんねえじゃん!)

 国語や現代文の授業で読まされた様々な小説のようなものを期待していたBさんは、ひどくがっかりしたという。
 というのも、その本は○○という人物の日常生活を事細かに列挙しただけの、そもそも小説と呼べるかどうかすら怪しいシロモノだったのだ。

 ○○は朝の△時に起きた。○○は□分間トイレに行った。トイレから出た○○はまずコーヒーを飲んだ。その後○○は…

 単調な文章で○○の生活の所作を記述した内容が延々と続く。徹底して第三者視点で書かれているため、主観的な描写も一切ない。もはや日記ですらない。
(え、この厚さで内容ずっとこれなの!?)
 そう思いパラパラとページを捲って全く別の箇所を読んでみるが、やはり内容は変わらない。それどころか○○の生活そのものも全く変わり映えがなく、違いと言えばせいぜいトイレに入る分数が変わったり、毎朝飲んでいる飲み物がコーヒーからココアに変わったり、昼食のメニューが変わったり―その程度しかない。

(これのどこが”こえる楽しみ”なんだよ!何も楽しくねえじゃん!)
 大いに失望したBさんは本を閉じ、
(まあ…この本も全然読まれてないっぽいし、なんか書いた人が有名な人で、学校側が頼まれてここに置いてる…とかなのかな?大人ってよく分かんねーな…)
 そんなことを思いながら棚に戻した。

・・・

 Bさんの手伝いの期間が終わりに近づいた頃。

 図書室にクラスメイトのCくんが来た。

 Cくんは非常に真面目な生徒だった。休み時間や放課後に図書室に来ては、人気の児童書や漫画を読むでもなく、何かしらの本とノートを机の上に広げてせっせと勉強している。

 Bさんは割とヤンチャな方の生徒ではあったが、先に書いたようにワルでもないため、優等生タイプのクラスメイトを弄ったり揶揄ったりする趣味は全くなかった。なのでCくんに対しても
(偉いもんだな~。俺とはもう住む世界が違っちゃってるんだろうなあ)
 と素直に感心していたのだそうだ。

 本棚の整理や返却本を元に戻す作業をする時、たまにCくんの近くを通ることになる。そうして何回かCくんの脇を通って気付いた。

 いつからそれをやっていたのかはわからないが―Cくんは勉強をしていない。
 代わりに、何かの本を一心不乱にノートに書き写している。
(ん?何やってんだこれ?)
 一瞬面食らったが、
(…あ、でもなんか有名な作家の書いた本とかを書き写すと文章の練習になる、みたいなの聞いたことあるな。Cくん真面目だしそういうのもやってるのか)
 そう思い、さてそんな真面目なCくんは一体どんな本を書き写しているのかしら、とノートの横に置かれた本に目をやる。

 すぐに分かった。
 Cくんが書き写しているのは、あの”こえる楽しみ”だ。

 それに気付いた瞬間、Bさんは思わず反射的にCくんに向かって
「え、それ面白くないよ」
 と声をかけてしまったという。
 するとCくんは、
「あ~…そう?」
 と返事を返してきた。
 この「そう?」にはBさんに対する見下しや蔑みのニュアンスは特に含まれておらず、素直な感想をただ口にしたような雰囲気があったという。
 そしてCくんはこう続けた。

「…う~ん…でもこれ、俺にとって初めてできた趣味らしい趣味だからさ…」

 正直に言えば完全に納得できる回答ではなかったが、
(まあノートに書き写すのが目的なら…シンプルな内容の本の方が良いのか?それにこいつ真面目で頭が良過ぎるから、こういうことでしかストレスを発散できないのかもしれないな…)
 などと考え、
「ああ…そうなんだ」
 Bさんはそれ以上深追いすることもなく、Cくんをそのまま放っておいたのだという。


 その出来事から暫くして、Bさんの図書室での手伝いの業務は終了した。
 それから月日が経ち、やがてBさんは無事に学校を卒業した。

 Bさんにとって、これは「図書室にクソつまらない本があった」「真面目な同級生に、そのクソつまらない本をノートに書き写すという変わった趣味があった」という、それ以上でもそれ以下でもない記憶だ。
 そのため、Bさんはこれらの出来事をすっかり忘れていた。


 大人になったBさんが、本人曰く「身の丈の合うところに入って身の丈に合う幸せを得て」生活していたある日。

 通っていた中学校の同窓会が開催され、Bさんも顔を出した。
 そこにはCくんもいた。話を聞いてみればなかなか良いところに就職し、結婚もして順風満帆な毎日を送っているようだ。
(そっか~…そりゃそうだよなあ)
 中学生の頃のCくんの頑張りを知っていたBさんは、特に妬むでもなく素直に感心し、会話をしながら楽しくお酒を飲み交わした。

 このとき、図書室での出来事は全く思い出さなかったという。
 例え思い出していたとしても、Cくんに対して「あれって何だったの?」とシリアスな面持ちで訊き出すはずもなく、(まあ十代ってそういう変な拗らせ方するよね)などと考え、特に気にも留めなかったであろうことは明白だった。

 やがて一次会が終わり、Cくんはそこで離脱した。

 二次会の会場に残ったのは、Bさんのような時間に余裕がある人たち…つまり独身のメンツばかりだ。
 わいわい喋りながら楽しくお酒を飲んでいると、当時BさんのクラスメイトだったDさんという女性が、不意にCくんの話題を出した。
「あーそういえばさ、今日Cくん来てたね」
「来てたね。C、なんか調子良いらしいじゃん」
「…あのさあ、帰ったから言えるけどさあ、私Cくん苦手だったんだよね」
 BさんはDさんの言葉を意外に思ったのだという。Cくんは勉強熱心で真面目、実はルックスもかなり良く、普通ならば女子から人気が出るタイプの生徒だった。
「え、そうなの?俺からしたら…あいつ厭味なとこもないし、あ~やっぱああいう奴が幸せを手に入れるもんなんだな~って思ったけどなあ。俺とは給料も違うんじゃないの?なんて…」
 酔いが回っていたこともあり、Bさんは冗談交じりにそう返したのだが。

「いや~…あいつ気持ち悪いよ。というか、女子はみんな気持ち悪がってたんじゃないかなあ…」

 全く知らない話が出てきてBさんは困惑した。最初は
(え?…あいつもしかして男子のいないところではド下ネタとか話してたのか?)
 という考えが脳裏を過ぎったが、
(いやあ…そんな話、聞いた事ないよな?女子全員から気持ち悪がられるって相当だし…)
 そもそも当時、Cくんがクラス中の女子から不興を買っていた状況は全く表面化していなかったはずだ。Cくんがクラスの女子が全員ドン引くレベルの所業を繰り返し行っていたとしたら、あっという間に噂が広まるに決まっているだろう。
(っつーかそのレベルで気持ち悪がられてたら男子からも気持ち悪がられるだろ!)
 ただでさえ頭脳明晰でルックスも良いCくんだ。
 そんな悪い側面があったら男子の中でも「あいつって実はヤバい奴らしいよ…」という内容の噂が広まって良い筈である。しかしそんな話は聞いたことが無い…。

「え、何があったの?」
「…Bって教室とかに残って勉強するタイプじゃなかったじゃん?だから知らなかったと思うんだけど…」
 そう言ってDさんが語り始めたのは、こんな話だった。

・・・

 Dさん曰く、放課後の教室には自主的に居残りをして勉強をしている生徒が結構いたのだという。
 その中にCくんもいた。Bさんが図書館で見かけたときと同じように、教室でも熱心に勉強をしていたそうだ。

 ある日の放課後、勉強中にトイレに行きたくなり席を立ったDさんは、近くの席で勉強をしていたCくんの横を通り掛かったのだという。

 Cくんは勉強をしていなかった。
 Cくんの机の上には、勉強をするのに必要な教科書や参考書といったものが全くない。ただ一心不乱にノートに何かを書き続けている。

(え、何やってるんだろう?)
 気にはなったが、もしも日記や小説を書いてる最中だとしたらあんまりジロジロ見るのは失礼にあたるだろう、と思い、そのままトイレへと向かった。

 用を済まし、教室に戻ってくると。

 Cくんがいない。

 そして。
 Cくんがさっきまで熱心に何かを書き込んでいたあのノートが、明らかにDさんの座っている席のほうに移動している。
 もしかしたら、このノートの内容を私に見てもらいたいのではないか…そう思わせるような位置に置かれているのだ。

・・・

「それで…気持ち悪いなあ、と思いながらさ、ちょっとノートの中身見てみたわけ。そしたら中身も意味わかんなくて。なんか、Cの日常みたいなものがずっと書かれてんの」
 その言葉を聞いた瞬間、Bさんは思わず
「えっ?」
 と声を出してしまった。

 Dさん曰く、そこに書かれていたのは幾つもの日常生活の描写の列挙だったという。その内容は、殆どが”こえる楽しみ”と同じだった。
 しかし、Bさんが図書館で目にした”こえる楽しみ”とは明らかに違う箇所がひとつだけあった。

 文章の主語がすべてCくんの苗字になっていた、のだそうだ。

・・・

 Cは朝の△時に起きた。Cは□分間トイレに行った。トイレから出たCはまずコーヒーを飲んだ。その後Cは…

 そうした日常生活の様子が、ノートにびっしりと書き込まれている。文字の筆圧から察するに、下敷きも敷かずにただ一心不乱に書き込み続けていたようだ。

「うわ何これ…気持ち悪っ」
 思わず独り言ちたDさんが顔を上げると、教室の入り口にいつの間にかCくんが立っている。にこやかな笑みを浮かべて。
「えっ、これ何?」
 そんなCくんを不気味に思いながらDさんが質問すると、Cくんはこう答えた。
「いやあ、この通りに出来たら良いなあと思って…」

(え?でもこれ普通のことしか書いてなくない?)
 そこに書かれているのは、多くの人が日常生活で普通に行っているようなものごとだ。やろうと思えば明日からでもできるようなことしか書かれていない。
 目の前のノートの内容も、Cくんがそれを自分に読ませてきたことも、そして先ほどの質問に対する回答も、とにかく全てが理解出来ず気持ち悪かった。
「出来るんじゃないの?別に。やりたかったらやりゃいいじゃん」
 Dさんは若干突き放すように言い放った。

「いや、言うのは簡単だけどなかなか難しいよ」

 Cくんはそれだけ言うと、ノートをカバンに仕舞って帰ってしまった。 

・・・

「…でね、後から聞いたらクラスのだいたいの女子にそれやってたらしくて。理由もわかんないしさ、そんなん気持ち悪いでしょ」
「え、ええ~っ?」
 頭の中でいろんなことが一致してしまったBさんは内心それどころではない。そこで思わず、
「それ、”こえる楽しみ”だわ!」
 と口に出して言ってしまった。
「は!?何それ!?え、楽しみって何!?これ分かるってこと?」
「いや違う!違くて!題名なんだよ!」

 そこで改めて、みんなに図書館での一連の出来事を説明したという。
 図書館にあった”こえる楽しみ”という奇妙な本、Cくんがその本の内容を熱心に書き写していたこと。

「…ええ!?」
「で、今の話聞いて俺気付いたんだけどさ、机の上に本、無かったんでしょ?それ…あいつ、もう本の中身を暗記して書いてるってことじゃん!」
「うわ何それ!?めっちゃ気持ち悪いじゃん!その”こえる”って何?」
「あ~、あのさ、その”こえる”ってのが、何て言うのかな…」

 Bさんは当時の記憶を頼りに、読めなかった”こえる”の部分の漢字を口頭で説明した。

 すると、Dさんの隣にいたFさんという女性が、不意にこう言った。

「…あのさ、Bくん。それ、える”じゃないんじゃない?」
「え。これ”こえる”じゃないの?」
「うん。Bくん、多分それ…」


 なぞらえる、だよ。

 なぞらえる楽しみ、だよ。きっと。


なぞら・える〔なぞらへる〕【▽準える/▽准える/▽擬える】
読み方:なぞらえる
[動ア下一][文]なぞら・ふ[ハ下二]

1. ある物事を類似のものと比較して、仮にそれとみなす。擬する。なずらえる。「人生を航海に—・える」
2. まねて作る。にせる。なずらえる。「正倉院に—・えた造り」

出展:Weblio辞書(https://www.weblio.jp/content/擬える


 Fさんの一言でその場にいた全員が騒然となった。
 Bさんに至っては衝撃が強すぎて、
「へぇ~…これ、”なぞらえる”って読むんですねえ~…僕、”こえる”だと思ってました…」
 と無意味に敬語になってしまったのだそうな。

 それ以降、中学の同級生同士で同窓会をやる機会があっても、Cくんだけは絶対に呼ばないようにしているという。



 先も書いたように、Cくんは既に結婚している。
 とても良い家に住んでいて、話によれば子供もできたという。

 果たして、Cくんはどこまで”擬え”たのだろうか?
 そしてCくん一家はいま、一体どのような生活を営んでいるのだろうか?


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:加藤よしき
出典:"禍話インフィニティ 第三十夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/786983697)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。