禍話リライト「スマホじゃない」
世の中にはいろんな恐怖が眠っちょる。
*
まず、歩きスマホは良くないのである。
これはオカルト的な意味の「良くない」ではない。ストレートに、本当に良くない。
SNSのやりとりや音楽アプリの操作など、歩きながらやりたくなる気持ちは分かる。筆者もついやってしまうことがある。しかし、ついやってしまう身として言えるのは、「あ、これいま注意が削がれているな」ということにあれほど自覚的になる瞬間もそうそうない、ということだ。
やはりスマートフォンはちゃんと立ち止まって操作した方が良い。自戒も込めて。
というわけで、これは歩きスマホをしたせいで怖い目に遭ったよ、という話…ではない。
タイトルからもわかるように、「スマホじゃなかった」話である。
・・・
この話が披露された放送の配信日から「一か月ぐらい前」のこと、つまり今年(令和六年)の二月頃に起こった出来事だという。
雨の日。
Kさんは歩行者用信号が青になるのを待っていた。
ふと気付く。
Kさんの前方。自分と同じように信号を待っている人たちの中に、やたら俯いている女性がいる。
なんとなく目を凝らしてみる。
彼女はどうやら傘を持っているのとは反対の手になにかを持ち、それを見ているようだ。
(ああ…スマホか)
彼女の姿勢と手元にあるもののサイズ感からして、「信号待ちの時間を使ってスマートフォンで何かをやっているのだろう」と想像が付いた。
大して珍しい光景でもない。
しかし。
Kさんは目の前の光景に、一抹の違和感を覚えたという。
ただ、その原因が分からない。
違和感を解消できないままぼんやりと女性を見つめていると、歩行者用信号が青に変わった。
立ち止まっていた人々がゆっくりと動き出す。
だが、例の女性だけが全く動かない。
(ははあ…これ、信号が変わったことに気付いてないな)
スマートフォンでの作業につい集中しすぎて、前方の信号が青に変わった事にも周りの人々が動き出したことにも気付かない。
これもまた大して珍しいことではないだろう。似たような経験をした方も多い筈である。
しかし、女性は車道と歩道の境界線に近いところに立っている。
このまま信号が変わったことに気付かないでいると、少し危ないんじゃないか。
そう考えたKさんは、わざと女性の真横を通ることにした。
こうすれば歩く自分の姿が彼女の視界の隅に入り、それをきっかけに信号が変わったことにも気づいてくれるだろう…という一種の親切心だった。
女性の横を通る。
そこで初めて、彼女が手に持っているものがはっきりと分かった。
スマートフォンだと思っていたそれは、中身の入っていないスマートフォン用のケースだった。
(えっ…)
彼女はこの数分間、何も入っていない空っぽのケースをただじっと見つめていたのだ。
驚きのあまり思わず立ち止まる。
その刹那、女性が顔を上げた。
目が合う。
(え、…どうしよう…)
自分が立ち止まったせいで完全に見つめ合う格好になってしまったが、どうすればいいのかわからない。
全く面識のない彼女に向かっていきなり挨拶をするのも変だ。かといってほかに言えそうな言葉は「すいません…」ぐらいしかない。でもこれにしたって、唐突に謝ることになるわけで…これもだいぶおかしな話ではないか。
Kさんの頭の中で様々な考えが巡る間も、彼女の目線はKさんの瞳孔に向けられている。
気まずい沈黙が数秒続いたその時。
彼女がゆっくりと口を開き。
ただ一言、
「プライバシー」
(うわあ!)
訳の分からない恐怖に駆られたKさんは思わずその場から走り去り、その勢いのまま逃げるように自宅へ帰ったという。
・・・
日常生活を送る上で、私たちは見慣れたものを簡単に受け流してしまう。
しかし。
注意深く凝視してみると、そこにあるのは見慣れたものと似通っているだけの「違う何か」であることも、どうやらあるらしい。
そういう話である。
・・・
後日。
Kさんはこの女性が自宅の近所に住んでいることに気付いたのだという。
それが一番怖い、のだそうだ。
◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:加藤よしき
出典:"禍話インフィニティ 第三十七夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/790458889)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi
☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。