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味の羊ヶ丘

生きていると、忘れ得ぬ一瞬に出会す。

北海道が10年に一度あるかないかの大雪に見舞われた今年の一月。
後先も考えずにセントレアを離陸した。

エアポートの便数が三分の一程に減便され、汽車を待つ人でごった返す新千歳から、ゆっくりと走る汽車に乗った。
いつ停まるかと思っていた矢先に、新札幌で20分の停車。
ゾロゾロと地下鉄に乗り換える人々を横目に、車窓の向こうの除雪されることなく積もった雪の壁を眺めていた。

そんな大雪の札幌の夜。
ある成吉思汗の名店での帰り際の一瞬。

何事もなかった様な所作である。
その風の様に通り過ぎる瞬時というのが、人生のなかの夜空の清光のように焼きついて離れない。

大袈裟とか商人としての媚びや下心なんて、そんなゲスな薄汚いものじゃなく。

赤く焼けた七輪。
額にゾロゾロと小虫が這う様な大汗を、笑いながら湯気のでる手拭いで拭ってくれた人。


      「なんもだ」

成吉思汗の羊肉の焼ける香ばしい匂いと備長炭の煙のなかの柔らかな一瞬であった。

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