ライセンス契約における販売先制限条項の意義ー消尽対策になりうるか

前回に引き続き「ライセンス」(渡邊肇著 2009)より、備忘録メモ。

本書を読んでいると、ライセンス契約の際は、消尽論を常に念頭におかなければならないことがよく分かる。 なお、以下は特許権を前提にして記載しているが、著作権についても同様にあてはまる問題である。

1. ライセンシーが特許製品を販売した場合ー消尽

特許権者からライセンスを受けた者が、特許製品を販売した場合、特許権は消尽する。よって、その製品を購入した者が、更に当該製品を譲渡しても、その実施行為に対して、特許権を行使することはできない。つまり、特許権者は、いったん譲渡した製品に対しては、その後の製品の流通をコントロールすることはできなくなる。

消尽論の根拠は、創作の対価を取得することにより、特許権者が投下資本を回収できることにあるところ、ライセンシーによる譲渡の場合も、特許権者は、創作の対価を実施料という形でライセンシーから取得しているからである。

2. 消尽を回避するための販売先制限条項は有効か

この消尽を回避するために、特許権者があらかじめライセンス契約中に、ライセンシーによる特許品の販売先を制限する規定を置くことがある。この規定の目的は、許可した販売先以外の第三者へ譲渡された製品に対しては、権利は消尽しないとして、特許権を行使する余地を残す点にある。では、このような目的で設けられる販売先制限条項は有効か。

2.1. 販売先制限条項の有効性ー独占禁止法違反の可能性

まず、そもそもこのような販売先制限条項は、独占禁止法に抵触する可能性がある。この点につき、本書33頁は、次のように記載している。

販売先制限条項について判断した裁判例は存在しないが、ライセンス契約におけるライセンシーの特許品販売先制限規定については、独占禁止法上問題があるとされているところである(このような規定は、一定の場合には不公正な取引方法に該当し、違法となる可能性がある。)。

もっとも、仮に独占禁止法に抵触する場合でも、それが直ちに私法上の法律行為の効果に影響を与えるわけではない。独占禁止法違反という公法を根拠に、私法上の契約条項が無効となるためには、独占禁止法違反が、民法90条違反に該当することが必要であるからである。 

この公法と私法の交錯領域の問題を、競争法と私法の棲み分けの問題にスライドさせて考慮されているのが「不正競争法概説」(田村善之著 2003)である。同書17頁には、競争法違反の私法上の契約の効果につき判断した判例の一つとして、ポロ事件が紹介されている。

裁判例では、これまで独占禁止法違反の民法90条該当性が争点とされていたが、最近では、不正競争防止法および商標法違反の取引を目的とする契約につき、民法90条により無効とする最高裁判決が現れている。(著名表示を付した偽造品の売掛代金請求を棄却した最判平13・6・ 11判時1757号62頁[POLO BY RALPH LAUREN])

この判例については、また別エントリで検討したい。


なお、行政法判例では、公法上の規定違反が民法90条違反とされ法律行為を無効にするのは、強行法規違反に限られるとされており、単なる取締法規違反は私法上の効果に影響しないものとされている。よって、仮に、販売先制限条項が独占禁止法違反となる場合であっても、それが強行法規違反となる場合でない限り、私法上当該条項は有効である

このように、当初の販売先制限条項自体が私法上有効であることを前提に、その効力の範囲を整理する。

2.2. 販売先制限条項の効力の範囲

では、販売先制限条項により、特許権者は、当該条項に違反して特許製品を販売したライセンシーから、当該特許製品を購入し使用した者に対して、特許権侵害を主張できるのだろうか。

結論としては、当該販売先制限条項により消尽を回避することはできず、これに違反してライセンシーが譲渡した場合でも、その譲受人に対して、特許権者が特許権を行使することは認められない。なぜなら、販売先制限条項が有効であるのは、あくまで契約当事者の間にすぎず、これにより、契約外の第三者へ特許権行使を認めることは、契約の効果を第三者へ及ぼすことを認めることになるからである。

しかし、この場合、「第三者」に対して特許権が消尽するために、販売先制限条項に違反をした「ライセンシー」に対しても、契約違反に基づく損害賠償請求ができないという新たな問題が生じる可能性がある。この点につき、本書33頁は、次のように説明している。

仮に、ライセンシーに販売先制限規定の違反があったとしても、第三者の実施行為に対して、特許権の効力が及ばない以上、当該第三者の実施行為によって、特許権者が被る「損害」を観念できないよって、当該契約違反行為によって、特許権者は、ライセンシーに対して、損害賠償請求権を行使できないと解する余地も十分にある。

個人的には、販売先制限条項についての(真の)合意が当事者間にあれば、当該条項の違反に対しては、特許権者の損害賠償請求権を認めるべきだろうと思われる。

よって、右引用は、

「第三者の実施行為によって」被る損害がないから、「ライセンシーに対して」損害賠償請求権が行使できないと解する余地も十分にある。

としているが、

「民法と知的財産法の交錯」についてのこちらのエントリでも整理したように「債務不履行と知的財産権侵害」の差異を明確にする必要があることを前提とすると、知的財産侵害にあたらないからといって、一般的に債務不履行上の「損害」発生が観念できないとはいえないと考えるべきだろう。

では、ライセンシーに販売先制限違反があった場合、特許権者に「損害」が発生したといえるだろうか。

特許権者が、当該条項により確保したい利益は、本書32頁によれば、

「特許品の流通を制限することにより、結果的に消尽論の適用を回避」

することである。

つまり、販売先制限条項を設ける特許権者の意図は、ライセンシーに流通制限規定違反があった場合、特許権の消尽を回避して第三者に対し差止請求権を行使する余地を残し、特許製品の流通を制限することにあるといえる。

しかし、そもそも特許製品の流通を制限することにより、特許権者が得る利益とは何だろうか。特許権者は、そもそも独占的に当該特許製品を販売する権限を有しているのであるから、このような販売先制限条項は、自己が収益を上げる範囲を限定するに等しい。

それでもあえて、特許権者が販売先制限条項を設けて消尽論を回避したいということは、ライセンシーが販売先制限条項に違反して、特許製品を転々譲渡させた場合でも、特許権は消尽しないとして、転々譲渡の度に購入者からライセンス料を得たいということだろう。つまり、販売先制限条項というのは、ライセンシーの契約違反が前提とされている可能性があるのである。従って、ライセンシーとしては、ライセンス契約の締結の際、販売先制限条項の具体的内容をよく検討し、容易に契約違反と認定されそうな文言がないかを確認する必要があろう。

特許権者の意図がこのようなライセンシーの契約違反を前提とするものである場合は、仮にライセンシーに販売先制限違反があっても、それによりライセンシーが得た利益については、特許権者の逸失利益として「損害」と評価すべきではないだろう。

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