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世界でも前例のない、独自のインクルーシブ教育「さやか星小学校」 | インクルーシブデザイン事例インタビューVol.7

インクルーシブデザイン事例インタビュー第7回は、インクルーシブ教育の手法を活用し、個々の児童に対してデジタルと行動分析学を活用して個別最適化された教育プログラムを提供するなど、教育面での先進的な取り組みで注目を集めている「さやか星小学校(認可申請中)」です(2024年4月 長野県に開校予定)。今回は、同小学校の学校法人理事長である奥田健次氏にお話を伺いました。

1.「楽しみ」へと変化した発達障害者の支援を考えるきっかけ

―さやか星小学校様では、インクルーシブ教育を掲げています。インクルーシブ教育や、発達障害支援を始めたきっかけを教えてください。―

奥田氏:発達支援を志すようになったきっかけは、私が体験した2つの出来事に基づいています。
 
1つ目は、私が小学校1年生だった頃に体験した出来事です。
私が小学校1年生の時、近所に小学6年生のダウン症の上級生がいました。彼は身体が大きく、言葉を喋ることが出来ませんでした。そんな彼は自転車を小脇に抱えながら僕ら低学年の子供らを追いかけてきては唾を吐きかけてきました。小学生の僕にとって、言葉を喋ることが出来ない上級生に追いかけられ最後は唾を吐かれるという体験は、障害者に対して「怖い」「汚い」という印象を抱くきっかけになりました。
 
2つ目は、大学生時代に体験した教育実習です。
小学生の頃のそういう体験から、障害者に対して「怖い」「汚い」というイメージを持っていた私は、教育系の仕事を目指すことにした際にも、障害のある子供の教育は避けようと考えていました。でも教職免許を取るにあたって障害者施設へ実習にも行く必要がありました。
実習先で、私が担当をする予定の子は自閉症重度で知的障害重度の男子児童で、両親にも抱っこをさせないくらい懐かない子だと事前に聞いていました。そして実習当日、私が実習先の教室で待機していると一人の男子児童が私の膝の上に乗ってこちらに微笑みかけてきました。事前に聞いていた児童の特徴と違っていたので、この子は自分が担当する児童ではないと思いましたが、担任からその子が自分の担当する子ですと聞かされ驚きました。というか、担任がとても驚いていました。
結果的にそれは単なる偶然でした。3週間の実習中は逃げられっぱなしで、なぜその子が初対面の瞬間に膝の上に乗ってきたのか、謎だけが残ってモヤモヤしながら実習は終わりました。本当にただの偶然だったのですが、この偶然が私の心に強く残る体験となりました。

発達障害に対して抱く負の感情が”楽しみ”に変わった実習先での出来事

奥田氏:このモヤモヤを解消すべく、私は卒業論文をどうしても自閉症児の事例や実践で書きたいと思ってゼミの先生に相談しました。大学内では臨床をやっていないことがわかったので、近隣の別の研究室を紹介していただき、そこに通ってでも書くことにしました。
卒業論文を書き終えた後も個人的に別の大学の研究室に通い、大学院に進学する為に発達障害だけでなく行動分析学や心理学全般の勉強にも取り組みました。勉強をしていく過程で、1つ目の体験で挙げたダウン症の上級生は適切な訓練を受けられていなかったんだろうと思うようになりました。世間から障害者が「怖い」「汚い」という印象を受けないためにも、早期に適切な訓練により改善していく方法は無いのか探り始めました。
 
このように、最初は発達障害者の支援を避けていたのにもかかわらず、偶然実習先の障害者施設で出会った一人の男子児童がきっかけで、学び、気付き、発達障害者の支援方法を考えるようになりました。要するに、適切な訓練を積むことで、自身が子供の頃に抱いた負のイメージを払拭できる可能性があるのではないかと、その訓練とはどのようなものにしたら良いのかという命題を立て、よりよい発達支援を提供することを考え始めるということに繋がっていきました。そして今では発達障害者支援を考えることが”楽しみ”に変わりました。
 
そして、行動分析学の研究者になって発達支援の仕事をしていると、学校不適応の相談から他のさまざまな相談事例との出会いが起こります。LDやADHDはもちろん、定型発達の子供の相談まで。学習の遅れ、学業成績、校内暴力や家庭内暴力、不登校。場面緘黙や強迫性障害。そして虐待のケースにも出会います。私が子供の頃は障害者の教育を避けていたのが、卒業論文の頃には障害者支援の専門家になろうという考えに変わり、その専門家になったら今度は定型発達と呼ばれる子供やその他の精神疾患の子供や成人まで、私の思いなどは超えて自然の流れで支援の範囲が広がっていったのでした。考えてみれば、行動を相手にしているわけですから、そうなるのも当然のことだったのかもしれません。こうして、インクルーシブ教育に行き着いたというわけです。

2.世界でも前例のない、さやか星小学校の「完全オーダーメイド」の教育プログラム

―さやか星小学校が行うインクルーシブ教育とはどのような教育でしょうか?―

奥田氏:私たちの小学校では、パッケージ化された一般的な教育プログラムの提供ではなく、障害の有無に関わらず児童一人ひとりに対して個別計画を立て、教育を行っていきます。そして支援プログラムは恒常化することなく、常に改善を続けていきます。学校単位で独自の教育プログラムを提供をする仕組みは他の私立学校でもあると思うのですが、我々は児童それぞれに学習目標と学習目標を達成するための支援計画を作成するのです。これは日本のみならず世界でも前例の無い事だと考えています。
そしてこの完全に個別最適化された「パーソナライズ学習」は、行動分析学とデジタルの強みを活かして実現しています。具体的には、ICTを活用して児童一人ひとりのポータルを用意し、学校内での学習履歴や到達目標が個々人の学習状況に合わせて設定され、教師や保護者がアクセスして進捗状況を確認出来る状態を目指しています。学期末や学年末に進捗状況を評価するのではなく、日々その進捗を確認することができるので、いわゆる「落ちこぼれ」や「浮きこぼれ」が生じない仕組みです。

児童では無く、教育プログラムを変える柔軟性を持つ

奥田氏:私たちは、実際に教育を行っていく中で起こる問題などは、プログラムの問題(支援方法や目標設定などの問題)であると考えています。そのため、問題が起こった際には”子供を変えよう”ではなく、”プログラムを修正しよう”と考えます。できないのは子供のせいのように思ってしまう大人が多いのですが、私たちは「目の前でできなくて困っている子供がいるのは、大人のせい」と考えるのです。まるでオーダーメイドの仕立屋さんのように、多種多様な学習の仕方を児童一人ひとりに対してきめ細かに決めていく教育を実践・開発、そして継続的改善を行っています。

―今後、さやか星小学校の教育プログラムが他の小学校等に導入されていく可能性はあるのでしょうか?―

奥田氏:可能性はあると思いますが、実は私は自ら横の拡がり作っていくことに苦手意識を感じています。私は自分のことを行動の職人であると考えています。この教育プログラムをさやか星小学校で成功させたいという事に全神経を注いでいます。そして私は立場的にそれで良いと考えています。
 
小学校設立のための活動を展開する中で、出会う方々には必ず横展開を勧められますし、横展開は大切な事だと思います。しかし、前述した通り、一介の職人である私には出来ないと考えています。職人として良いものは作っていくので、横展開はそれが得意な人にお任せしようと思っています。例えば、すでに開園して運営している「サムエル幼稚園」には全国から見学者が集まるのですが、園内で使用している記録用紙などの資料を無料で差し上げています。オリジナルな方法は学会や研究会でも紹介しまくっています。その後は、横展開に関心のある人や得意な人が自由に行ってくれれば良いと考え、もちろん大歓迎で協力もしますよというスタンスです。

独自に開発したデジタル教材で一人ひとりに合わせたオーダーメイド授業を実現
独自に開発したデジタル教材で一人ひとりに合わせたオーダーメイド授業を実現
(参照:さやか星小学校 公式ウェブサイト

3.多様なスキルを評価するインクルーシブ教育の在り方

―インクルーシブ教育を行う上で、注意していることはありますか?―

奥田氏:児童の学習に関しては、子供の評価を多角的な視点を持って見るようにしています。要するに、国語・算数・理科・社会などの主要科目には現れない、協調性やリーダーシップ、ユーモアなども評価すべきスキルとしてカリキュラムに入れていきます。子供の個性も多様で得意や苦手も多様であるわけですから、同様に学びの目標や方法も多様なもので構成されるように心がけています。具体的には、体育の時に仲間を応援するスキルや励ますスキルを伸ばすことができる場面を作り、そこで点数を取れない子には個別に支援を重ねていくという教育をしています。算数の課題で、場合によってはそれを家庭科や体育や音楽の授業で発揮させるようなこともありえるでしょう。そして、行動分析学とデジタルを活用することで支援が必要となる子を早めに見つけていくことが可能になっています。教科書が推奨する方法でなかなか目標に到達しない場合には、新たな教育プログラムや支援方法を創出していきます。
 
教師に関しては、仕事量を劇的に減らすことができるような方法を模索しています。それに加えて保護者に対する支援も充実しており、保護者巻き込み型・地域巻き込み型の教育を考えています。学校任せ、先生任せの教育体制は今後変化していく必要があると考えているので、保護者や地域も巻き込み、ローテーションを組んで子供の学校生活を支援するプログラムも構想中です。

自転車操業だからこそ可能になる柔軟な変化

奥田氏:さやか星小学校は開校時に1年生〜4年生を募集します。3年後に6年生まで揃うという感じです。開校時には4学年でのスタートになるので、私たちも良い意味で自転車操業になると思います。
例えば、IT系の教材開発会社の学習アプリを見ていても、作り込みが激しすぎると感じます。というのも、最初に激しい作り込みを行うと、子供のつまずきに合わせてプログラムを改善させるには時間やお金もさらにかかるので、なかなかできません。つまり、それは「こんな良いデジタル教材を作ったんだ、90%の子供が満足しているんだ」という発想になってしまうわけです。私には、その場合、10%の子供のことが気になって仕方ないわけです。そのため、私としては自転車操業のような形で、使いながら変えていけるような作りにしていった方が良いと考えています。
私たちの教育プログラムの方向性は決まっていますが、進めながら運用が難しい部分や不必要な部分などを素直に認め、改善を繰り返していくことが必要だと考えています。そしてその作業は、自動車の開発と同じように一生続くものです。

教育現場にもPDCAサイクルを!

奥田氏:教育分野においても、教育プログラムを作る上でPDCAサイクルを回すということは意識していくべきだと考えています。現状の教育現場では、学習指導要領としてその学年で教えることが決まっているので、それを実行していきます。その際、PDCAのPlanとDoを行うのみで、その後のCheckとActionが行われることは少ないように感じています。行われたとしても学校や学級単位であって、個人個人の学習到達度にPDCAサイクルを回して支援するようなものはありません。
私たちは柔軟性や変化を大切にしているので、教育プログラムを運用していく上でも、PDCAサイクルを回し改善を繰り返していくことを意識しています。

(参照:さやか星小学校 公式ウェブサイト)
(参照:さやか星小学校 公式ウェブサイト

4.大学に必要なインクルーシブ教育とは?

 ―小学校以外でもインクルーシブ教育は可能だと思いますか?―

奥田氏:もちろんやっていけると思います。
大学の話をすると、例えば知的障害の方は大学に入ってこない前提になっていました。入学試験の成績というモノサシを使うと、そうなって当然です。大学全入時代になりますので知的障害の方が入学できる大学もすでにあります。ところが、入学はできたが教職員の合理的配慮の欠如によって卒業できないケースも起こるでしょうから、気の毒なことになってしまいます。すでに高等学校ではそういうことが起きています。公立高校の場合、教育委員会の無責任さを感じてしまうことが、しばしばあります。
 
大学のほうが個別の視点を持ちやすいはずなので、改善する方法はあると思います。例えば、履修のミスってよく起こりますよね。教員がシラバスに記載していることと教務課の機械的なシステムの間にズレがあって、それによって学生が単位を取得できないということがあります。大学としてはルール通りに運用していると言うのですが、履修について不安を抱える学生に対して合理的配慮の範囲で、もっと手厚くサポートするようにしてもいいように思います。特例を認めるとキリがないという教務側の心配も分かりますが、なんの工夫もなく、今まではこれで良かったのだからこの伝達方法でもいいだろうというのは合理的配慮の欠如です。
あとで苦情に対処するとか、単位を取れなくて退学する学生がいるかもしれないとか、大学経営について大局的に考えても、履修期間である4月とか10月で、前期や後期の開始頃については特に手厚く面倒を見ることも必要だと思います。入学時などに「手厚いサポート希望」を申告制にして、これに申し込んだ人には積極的にサポートします、といった感じです。そのほうがきっと、大学にとってもメリットがあるはずです。

配慮を拡大することで全体の労力を減らす

奥田氏:私は今、 本当に大変な事業を手掛けていると日々感じながら、小学校設立と開校後に軌道に乗るまでを躍起になって取り組んでいますが、いずれは中学校も作りたいなという気持ちが出てくるように予想しています。中学校は、もっと規模が大きくなりますし、教員の数も必要になってきます。小学校に比べたらかなり大変になることは想像がつきますが、幼稚園から小学校、中学校と作っていくのは順当なやり方ですよね。この順番は、明らかに儲け主義ではないですから、とても清々しい気持ちでやっています。
 
自分は学校経営の専門ではありませんが、合理的配慮で問題を解決することには自信があります。
自分の立場でできることもあると思っています。実際、先ほど申し上げたように単に発達支援の専門家としてのキャリアだけではなく、行動上のあらゆる問題の解決相談を請け負ってきたものですから。先ほどの履修登録の話もそうですが、合理的配慮がもう少しあるといいなと思うところは他にもあります。例えば、下宿先の学生にしか成績が送られず、親が仕送りしている自分の子供が単位を取れていない事実を知らないまま、留年確定を知るのはかなり先になってしまう問題です。親から大学に苦情が来るということがあるようですが、親にも成績を送って解決を目指す大学は多々あることでしょう。デジタルを使えば、半期15回の授業の出席状況を、いつでも親が自宅でモニターできれば、遠くで下宿している子供の様子をもっと早めに知ることができるでしょう。
事務作業が増えそうで大変なような気がするのかもしれませんが、学生のニーズに応えるためにそういうところからサポートしてみるのはどうでしょうか。結果的に、事務作業全体の仕事が減っている。そういう状況を作ることは可能だと考えます。

5.相手の意見を尊重しつつ、自分の主張も行うことをサポートする

―学校の仕組みや制度を決めるにあたって、どんなことを考えていましたか?―

奥田氏:1つはカリキュラムですね。
公立学校と同じように、指定教科書を中心にしてそれに沿うようにして授業は進めます。
ただ、学習が周囲より進んでいる児童は「浮こぼし」が起きないよう先に進めさせてあげようということと、ついていけない子はそのままにして「落ちこぼし」にせず、それぞれの子に適した学習ペースや学習内容に変えていくことは特に大切にしています。
 
あとはいじめの問題など、広く言えば人間関係に関することです。
小学3年生ぐらいになったら仲間が分かれていくのは普通で、だから「みんなと仲良く」というのは、小学校の低学年ぐらいの児童には言えますが、小学校の中学年ぐらいの時にみんなと仲良くしましょうというのは、そんなスローガンを掲げるのは発達的にもおかしいと考えます。むしろ、あんまり仲良しではないグループとも話し合いで折り合いをつけられるようにするための支援が大事だと思います。他のグループの子たちに譲歩する行動とか、相手の意見を尊重しながら自分の意見も主張するとか。
多数決も1つの方法ではありますが、これは最終手段だと思っています。多数決をしたら早いですが、そこにはいつも多数派がいて、少数派の意見はだんだん聞かなくなってしまいます。ですから、お互いが気の済むまでに話し合って、お互いに部分的に譲り合いながら決定をしてもらう。こうやってネゴシエーションのスキルを身につけていってほしいですね。

6.やりがいは、子どもの成長を実感すること

―取り組みの中でのやりがいや、その中での嬉しかったことはありますか?― 

奥田氏:まず一番最初に言えることは、不登校を出さないことです。すでに、これまでの経験で他の幼稚園や小学校で不登園、不登校になってしまった子に対して、登校支援プログラムを用意して親御さんの協力を引き出しました。結果、私が実施した不登校の児童生徒の登校はすべて実現し、私のプログラムを取り入れた学校や教師までもが再登校を実現するようになりました。
徳島県では私が学校コンサルテーションに25年ほど継続的に取り組んでおり、ここ最近になって徳島県の新規事業に不登校の積極的行動支援が立ち上がり、それに携わっています。自分が事業のリーダーを務めているので定期的に指導していますが、先生方が私の本や論文を読んで実践することで不登校が大幅に改善できています。今年も学校参加率が0%だった児童が、私の保護者への直接指導で風邪をひいて寝込んだ日以外、100%の学校参加率に劇的変化した事例もあります。その成功の背景には、教師と保護者の「覚悟」をベースにした考えや態度の変化がベースにあるわけで、この変革はすごいことだと思っています。それで、成果報告会を毎年やることになりました。完全登校を実現した親には共通点があります。それは、親が諦めず、学校側が提供するプログラムに完全に同意して実行してくださることがすごく大事だということです。そうなれば不登校は全て克服することができます。今、国会議員の方にも注目していただいていて、すごく現場の教師らの自信にもつながっています。

奥田健次氏

あまり知られていないインクルーシブ教育の成果

奥田氏:あとは学力の向上も、インクルーシブ教育のデータ通りに示せています。貧困や片親といった難しい状況下でも、インクルーシブ教育を受けている限りポジティブな成果はあげられます。うちのサムエル幼稚園を出た子の中にも、年長さんの時に小学校の教科書を使う子がいたり、小学校の中学年、高学年でユーモアを理解して周りに気遣いができる、自己主張ができるような子がいます。こんな子供を育てられるんだとこちらが感銘を受けるようなことはよくあります。
中学生以降になると通常は色々と難しくなっていくものなのですが、それでもインクルーシブ教育を受けた子は振る舞いが他の子とは違うように感じます。インクルーシブ教育を受けた子は、障害を持った子と接するときに差別心がないというか、 遊んであげるっていう感覚では一緒に遊んでいないように感じます。友達に嫌なことをされたら嫌だという感覚を当たり前に持っています。障害があるから気を遣ってあげるとか、何かをしてあげるとか、そもそも考え方がそうなっていなくて、「こうしたらできるようになるんじゃない?」っていう工夫を考えているんです。
こういうのは本当にすごいなと、客観的に見ても思います。そういう事例は私の周りにはたくさんあるので、海外のエビデンスと同じような成果を挙げているということでインクルーシブ教育自体に興味をもっていただければと思っています。

7.研究成果の応用と障害者雇用について

―奥田さんの論文のなかで、インクルーシブ教育の理解を深めるのに役立つものはどのようなものがありますか?―

奥田氏:先程の流れから、徳島で活用されている論文を紹介します。これは私が学会賞をいただいた2006年のものです。この研究では出席データの取り方に特徴があって、文科省が定めるような出席・欠席の基準を使わずに「学校参加率」という指標を導入しました。
多くの小中学校で今なお続いている問題は、朝から来ても6時間目から来ても出席にしていることにあります。これは絶対に間違っています。朝9時から出勤すべき人と13時から出勤する人がいて、9時に来るべき人が13時に遅れて来たけど9時からの時給も付けますということはありえませんよね。そんなことをすると、9時から出勤した人は不満を覚えることでしょう。現在、出席の定義は学校に来たかどうかで、量的なものは問わない。一般社会では絶対に許されないことが、学校では小中学校でも普通になっています。これで「生きる力」というのが育つはずがない。大学でも、5限だけ来た人は5限の分しか出席にならないでしょう? 小学生で5時間目しか来られない子供がいても良いのです。ただ、それは5時間目に来たということであって、1日中全部出席したということにするのは非常に問題があるということが言いたいのです。
そこで、私の論文では朝の会から来たかどうか、早退は何時間目でしたのか、そういった量的なところをデータ化することで、児童のそれぞれの状況を把握できるようにしました。それにより、個別の学校参加目標と評価をしやすくなるわけです。
徳島県は47都道府県の中で初めて、文科省のいう出席の定義を使うのをやめて、私が推奨する学校参加率という評価方法を県の事業の中で用い始めました。1時間目にきたか、放課後に来たか、部活だけ来たのか。本来なら全て出席にされていたところを、1日の中で10%の参加率とか、朝の会から部活までいた子は100%、というように量的に捉えることができるようになりました。徳島県では、今は特別支援教育課を中心とした取り組みでスタートしていますが、いずれは公立学校のすべてでその取り組みが拡大されることになるでしょう。

―興味深いお話ですね。インクルーシブ教育の知見を学校以外に適用した事例はあるのでしょうか?―

奥田氏:私が関わったなかでは、外資系コンサルティング会社のアクセンチュアの事例があります。2万人を超える社員がいて、法定の障害者雇用の割合を考えると、相当な雇用を実現しなければなりません。これはすごい数です。障害者雇用のプロジェクトに関わっています。私が関わる前までは採用した障害者の離職率に課題がありましたが、離職率を自分の想像以上に大幅に下げることができました。この結果を実現したのは、労働作業そのものをやればやっただけ視覚的に量的に自身の頑張りが見えるシステムを取り入れたことによります。これも行動分析学の知恵と方法です。
企業の規模がかなり大きいのでその分手間がかかることも多くありましたが、さすがにデータが膨大なので、これも今後横展開されるものと思っています。ちなみに、これも国会議員が見に来てくださいました。単に障害者を雇用しているというのではなく、障害のある社員が生き生きとそれぞれの価値を高めつつ、社内で真に必要とされる人材になっていることに驚いていただけたようです。

8. 「インクルーシブ教育とは、一般教育の改革であり、障害児のためだけのものではない」
インクルーシブ教育の誤解を解き、効果を知ってもらう。それは人生をかけた勝負である

―最後に、今後の展望についてお聞かせください。―

奥田氏:今、挑戦すべきだと思っていることは、世の中にインクルーシブ教育を正確に理解してもらうことです。テレビ番組に出演することもあり、奥田健次といえば自閉症や発達障害のイメージが強いと思います。そのため、私の学校、幼稚園となると障害がある子のための場所と勘違いされることもあります。
でも、それは間違いです。特に障害のない子供が元気に通園している中に、発達障害のある子供も受け入れているわけです。残念ながら、むしろ発達障害のある子供の親の方が、「私たちの子供を受け入れてくれる」という部分しか見えていない場合が多いように思います。入園してみて、いかに子供集団の中にそのまま入った場合にトラブルが起きるかが分かりますし、そのために合理的配慮を私たちは提供します。その営みを目の当たりにして、ようやく「みんなと同じを目標にするのではない」ということを実感しているかのようです。定型発達の子供たちの学習権を奪ってもいけないわけですから、教師の専門性の高さは当然のことですが保護者のレベルアップも必要不可欠です。
インクルーシブ教育というのは、一般教育の改革であって障害児のためだけのものではないのです。単に「定型発達の子供の環境に障害児を混ぜただけ」をインクルーシブ教育と呼ぶことにも違和感が強くあります。なので、このインクルーシブ教育に関する勘違い、障害児のためのプログラムだという考えを打破することが勝負です。人生をかけるぐらいの。
 
インクルーシブ教育はいまや世界の標準になり、定型発達の子たちにとっても学習活動のパフォーマンスが大きく伸びることが実際にファクトとして積み重なっています。不登校は予防できることについても、学業成績についても、思いやりのある人間が育つということも、まずは皆さんにちゃんと伝わってほしいと強く思っています。さやか星小学校では、それをファクトとして示していくことが使命だと思います。

【インタビュー後記】

今回、「さやか星小学校(認可申請中)」理事長である奥田氏にお話をお伺いしました。現在、学校教育や子育て全般に積極的に関わるお仕事をされている奥田氏の意外な原体験から、現在に至るまでの過程を見ていくことが出来ました。障害に焦点を当て研究・活動をしていくと、結果的に障害の有無に関わらず全ての人に対して有意義な教育を見出すことに繋がる、そのように奥田氏が体験してきた経験に基づく今回のお話は、まさにインクルーシブデザインが目指すべき姿であると感じました。どのような偶然が自分自身の考え方を変えるきっかけになるかは分かりません。インクルーシブな挑戦を可能にするのは、偶然の出来事に対して自分自身が”柔軟”に向き合うことから始まると言えるかと思います。
そして、「インクルーシブ教育というのは、一般教育の改革であって障害児のためだけのものではない」という言葉には奥田氏の強い理念、想いを感じました。奥田氏が手掛けていく取り組みや改革に今後も注目していきたいと思います。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。次回のインタビュー記事もお楽しみに!


【さやか星小学校紹介】

教育の「あたりまえ」を変えていく。
一人ひとりの発達段階や学習進度に合わせたデジタルテクノロジーを駆使したオーダーメイドの個別プログラムの提供と、多様な子ども同士の関わりによって相手を想いやる心を育むために行動分析学を用いたインクルーシブ教育を実現する小学校。

奥田健次(おくだ けんじ)
学校法人西軽井沢学園創立者・理事長。
一般社団法人日本行動分析学会理事、日本子ども健康科学会理事、日本緘黙研究会常任理事などを歴任。専門行動療法士、臨床心理士 。

応用行動分析学(ABA)・行動療法をもとに親子を支援する心理臨床家。また、発達につまずきのある子とその家族への指導のために全国各地からの支援要請に応えている。日本国内だけでなく、世界各地から招かれる国際的セラピスト。
行動上のあらゆる問題を解決に導くための洗練された技術と、一人ひとりに合わせて完全にオーダーメイド化された奇抜でユニークなアイデア、指導プログラムの緻密さについて、国内外の関係者から絶賛されている。日本で初めて行動分析学に基づく幼稚園を創立(学校法人西軽井沢学園 サムエル幼稚園)。


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