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サブゼミCAの議題「障碍者の『雇用代行ビジネス』を規制すべきか否か」

 私が所属する上久保ゼミでは1人対N人の構図でクリティカル・アナリティクス(CA)を実施しています。毎週3限ある授業時間のなか、合計5個の議題を各40分で扱っています。

今回のCAで題材とした問題
「雇用代行ビジネス」を規制すべきか否か


CAでは何より問題の背景と傾向の確認が重要です。
 「雇用代行ビジネス」は障害者雇用促進法で定める法定雇用率と強い結び付きがあると考えられます。

障碍者雇用と法定雇用率
 戦傷者を想定した1960年制定の「身体障害者雇用促進法」を前身として、障害者雇用促進法は法改正に伴い発達・知的障碍者(1997年)、精神障碍者(2006-8年)と対象を拡大してきた。法定雇用率とは企業の従業員に占める障碍者の割合であり、企業には割合以上の障碍者を雇用する義務が課せられている。また未達成の企業に対しては管内の労働局の指導、障碍者雇用納付金を納入する義務が課されている。障碍者を対象とする雇用政策では①量的指標と②福祉的側面が重要視されてきた。(①⇔質的指標)(②⇔経営的側面)

「雇用代行ビジネス」の背景
 雇用納付金や認定制度が中小企業に誘因として作用せず、障碍者の雇用率は企業規模に比例している。大企業は企業イメージの損失を回避する誘因が作用するため、グループ適用や特例制度を利用して法定雇用率に取り組んできた。利用方法にはグループ企業の業務を集約する「切り出し」、委託業務を特例子会社に割り当てる「取り込み」がある。
→①特例制度による業務の切り出し・取り込みの限界 ②障碍者雇用の「外部化」による企業コストの削減

 改正理由の推計値の他にも障碍者数に関する調査は複数あり、各々の推計値は障害者手帳の交付数と大きく異なる。認定基準の改正や「心の健康」の普及といった変化もあり、障碍者数を正確かつ統一的に把握することは困難である。法定雇用率は対象拡大や社会参画に対応するため引き上げられるが、実態を反映すれば現在の約2倍以上になると指摘されている(「妥協の産物」)。
→③障碍者雇用における量的指標・福祉的側面の限界

 民間企業だけでなく行政機関も法定雇用率の達成には苦慮しており、2018年には複数の省庁と自治体で雇用率の不正な水増しが発覚した。障碍者雇用の大部分を占める身体障碍者の高齢化に伴い、精神障碍者(長期的には発達・知的障碍者)の雇用需要が増加して新たに労働環境の整備が必要である。
→④精神障害や発達・知的障碍者の労働環境が未整備 ⑤DX化やコロナ禍に伴う軽作業や清掃業務の減少

 雇用代行ビジネス(問題)の背景、及び障害者雇用(制度)の傾向に加えて、直近における業務形態の変化が確認できました。

「雇用代行ビジネス」とは?

 貸農園や貸オフィスを管理する代行業者が雇用している障碍者を企業に紹介する。②企業は障碍者と雇用契約を締結して紹介料と施設の利用料、障碍者(および指導員)の給料を支払う。③企業は施設の一部と指導員を代行業者から借りて、障碍者を施設に派遣する構図となる。特例制度との相違点は系列企業での既存の業務と関係(「切り出し」や「取り込み」)があるか否かである。また障碍者が雇用契約の有無や就職先の企業に拘わらず同一の施設で作業に従事する点も異なる。政府(農林・厚生・法務)の推進する農福連携とは異なる。

ただし大部分を占める農業型の雇用代行ビジネスは、「農福連携」を支持する方向に作用したと考えられます。


「雇用代行ビジネス」の現状

 貸農園や貸オフィス等を提供する代行業者は全国で23社91箇所あり、1081社以上の企業と6568人以上の障碍者が利用している。利用する企業は大企業や専門的な業務に携わる企業のほか成長が著しいIT企業が多い。利用する障碍者には精神障碍者や発達・知的障碍者が多い。雇用代行ビジネスは2010年頃から存在していたが、問題視されず寧ろ適例として紹介されていた(意見・論点①)。しかし同ビジネスに対する批判を受けて2022年1月から実態調査が開始され、年末の法改正に伴う付帯決議では雇用「代行ビジネスを利用しないよう企業の指導などを検討する」と定められた。厚生労働省は雇用代行ビジネスについて「否定されるものではない」との見解を示している。

今回のCAでは「企業向け貸農園」を雇用代行ビジネスとして扱います。

 
 担当者は「『雇用代行ビジネス』を規制すべきではない」という経営者や行政機関の立場から立論しました。参加者には「『雇用代行ビジネス』を規制すべき」という労働者や支援団体の立場から反論して頂きました。

CAでは当事者の立場から発言するので、主張に疑問符を付けず断定します。

意見・論点


①【担当者】障碍者雇用の代行ビジネスは全ての関係者に「安定した」利益をもたらす。
障碍者:
給与が移行支援事業所(工賃)より高く、収入が安定している。職場内の競争と環境変化が少ない。
保護者:安定した収入がある。被保護者の自立に繋がる。
行政側量的指標や福祉的側面に合致する。「農福連携」との整合性が確保できる。自治体の税収が増加する。
指導員:高齢者の求人が多い。専門知識も必要がない。
代行業者:利益率が非常に高い。依然として社会的な評価が高い。
企業:障碍者雇用を外部化でき、コスト削減になる。社内理解の必要がない。法定雇用率を達成できる(農園事業をブランド化でき、納付金を払う必要がない)。無期転換の必要がない(?)。定着率が高い(離職率が低い)。

Q就職において障碍者の意思は尊重されるのか
A尊重されている。オフィス勤務が合わない人が登録する場合もある。職歴がない求職者も自らの意思で登録している。
Qどの立場で立論者は主張しているのか
A経営者や行政機関の立場から主張している。

最後の質問「どの立場から立論者と反論者は主張してる?」→はい、忘れてました!
目的の明瞭性、議論の進捗に影響するので、主張の立場は質問されないよう明記します。

②【担当者】「売り買いされる雇用率」の要因は代行業者に依存する企業や政府にある。
企業の採用活動では志望者の障碍の有無に拘わらず、人材サービス会社といった代行業者が利用されている。採用後の業務や社内交流の程度は企業に決定権があり、代行業者は企業の要望に沿ってサービスを提供しているだけだ。代行ビジネスは給与が企業から支払われるため、移行支援事業と比較して助成金に依存し難い(経営的側面が確保されている)。行政側も被支援者が納税者となるため、自治体が貸農園を積極的に誘致していたにも拘わらず、今になって批判するのは不当ではないか。

③専門知識のない職員の指導では能力開発が期待できず、障碍者のキャリア形成に繋がらない(労働市場の流動性を低下させ、「雇用の質」の向上に繋がらない)。約7割の障碍者が①②での理由から雇用代行ビジネスに否定的な意見を表明している。
定年後の求職者を職員として雇用することで、高齢者の雇用創出にも貢献している。障碍者雇用で利用されている職場適応援助者(ジョブコーチ)制度も資格取得が容易で専門性には疑問がある。特例制度や無差別的な雇用でも能力開発の意識は低く、障碍者のキャリア形成が意識されていない場合も多い。雇用代行ビジネスでは企業のオフィス勤務から転職した従業員もおり、農作業は利用者として想定している発達・知的障碍者に最適な業務である。特例制度を利用した「農福連携」と雇用代行ビジネスには差異がないと思われる。

Q専門性を得られていないのに資格取得できている状態は問題があるのではないか
A最短で一週間くらいで取れるから他の障碍者雇用と違いがない

予想される反論・再反論

①従業員の業務態度や成果を評価している、そして評価に応じた待遇を設置している企業は少ない。生産物も市場に流通しないため、従業員の労働意欲や向上心が低下する(「雇用率のための労働」)。就職先や市場との接点が少ない貸農園での業務は、政府方針である「共生社会の実現」と矛盾している。
代行業者による貸農園型の雇用代行ではなく、企業による農園型の障碍者派遣業である。まず法定雇用率と実際の雇用率(量的指標)の低調から解決しなければ、障碍者雇用の質的拡大は達成できないのではないか。従業員の評価に応じた待遇は企業が判断するもので、代行業者は判断に必要な評価書を企業に提出している。雇用代行ビジネスは企業に労働環境の整備期間を、障碍者に就職先での社内転職の機会を提供している。

反論者:地域の中で障碍者が自立できる制度ではない
立論者:収入の面で安定している、保護者や地域の中で自立する仕組みは成立している
反論者:企業が放任している
立論者:今の制度でも放任されている、企業側の取り組みにも問題がある
反論者:障碍者を農園に閉じ込めているのではないか?
立論者:他の障碍者雇用も閉鎖的な労働環境が多い


②企業の解雇に対する抵抗を減少させ、無期転換を阻害する圧力が作用する(職場の異動はないが、5年未満で就職先が変更する)。変動要因が求職者数と官製の法定雇用率であり、収益増加により障碍者の年収を引き上げる方策ではない(移行支援事業の依存性と同様)。また職員である高齢者の「雇用の質」や年収の改善は検討されていない。
有期契約の労働者の解雇は障碍の有無に拘わらず順法であれば問題がない。変動要因である量的指標や福祉的側面の修正、障碍者や高齢者の雇用に対する認識の変更がなければ、規制しても他の好ましくないビジネスが優勢になる。

③雇用代行ビジネスは量的指標や福祉的側面の強調を前提としており、障碍者雇用に対する関係者の現状認識を強化している
前述②の内容と同じ


私は雇用代行ビジネスが障害者雇用の量的指標や福祉的側面を前提としており、障碍者や雇用制度に対する関係者の現状認識(偏見)を強化していると考えています。
ただ議論の記述が多すぎて進捗が滞りました、、反省

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