アイカツ!と渋谷系/ラウンジ/世界のポップスについての長文

先日の「アイカツ!曲とR&B/Funk/ブラコンについての長文」がご好評頂いたので、前回書けなかったアイカツ曲についても書きたいと思います。

今回は渋谷系やLounge、世界のポップスに影響を受けたアイカツ曲を取り上げていきます。

(8/10 23:50追記 Twitterやはてなブックマークコメントなどでご指摘のあった情報を勝手ながら追記させて頂きました。関連しそうな楽曲の情報を少しでも多く残しておけたらと思います。)

1. Pretty Pretty 〜 渋谷系とPizzicato Five

まず最初に「渋谷系」と言うジャンルについて説明します。

時は80年代、渋谷にタワーレコードのような外資系のCD・レコードショップが出店すると、それまでは日本に入ってこなかったような海外のマイナーな音楽が手に入るようになりました。その音楽と言うのは、例えばブラジルのBossa Novaやサンバであったり、ヨーロッパのジャズであったり、イタリアやフランスの映画サントラであったり、ソフトロックと言われるアコースティックなギターポップであったり、当時レコードからCD化されて再発売された60、70年代の良質なポップスであったりと様々です。

こうした音楽に影響を受けたアーティストが80年代後半頃から登場し始め、90年代前半までに「渋谷系」と呼ばれるようになります。

渋谷系とアイカツの関係を語る上で、まずPretty Prettyの話をしなければなりません。

【るか・もな・みき・みほ・ななせ・かな from AIKATSU☆STARS! with 大空あかり(下地紫野) - Pretty Pretty(2017年)】

「Pretty Pretty」は知ってる人が聞けば一発で「あのグループっぽい!」となるオマージュ元があります。

それが渋谷系の代名詞とも言うべきグループ、Pizzicato Fiveです。

【Pizzicato Five - 恋のルール・新しいルール(1998年)】

Pizzicato Five(ピチカート・ファイヴ)と聞くとなんだかJackson 5みたいなグループなのかと思われるかも知れませんが、作詞家・作編曲家の小西康陽とボーカルの野宮真貴から成る2人組です。

Pizzicato Fiveは、1984年に活動を開始しますが初期は商業的に成功せず、幾度かのメンバーチェンジを経て、90年にボーカルに野宮真貴を迎えてからヒット曲が生まれ、90年代には小沢健二やCornelius、ORIGINAL LOVEらと共に渋谷系の黄金期を築きました。 

「恋のルール・新しいルール」を「Pretty Pretty」の関連曲として挙げましたが、Pizzicato Fiveにはこう言う曲調の楽曲が無数にあるので、これが元ネタと言うよりはPizzicato Fiveそのものへのオマージュと言った方が良いかも知れません。

また、「Pretty Pretty」のピチカート(このピチカートはバイオリンの弦を指で弾く奏法のことです)やグロッケン(鉄琴)を多用した音作りは、capsule時代の中田ヤスタカが得意としたアレンジを思わせます。

【ふたりのもじぴったん(fine c'est la mix)(2004年)】

アレンジだけでなく、1:22からのベースは「Pretty Pretty」のイントロとよく似ていますね。

この曲はナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)から発売されたゲーム『ことばのパズル もじぴったん』シリーズのテーマソングを中田ヤスタカが編曲したヴァージョンです。ネオ渋谷系とゲーム音楽の関係を語る上では欠かすことが出来ません。

ネオ渋谷系と中田ヤスタカについては、次のfashion check!でお話しましょう。

---2019/8/10 23:30追記---

【松浦亜弥 - ね〜え?(2003年)】

Twitterでご指摘頂いたのですが、確かに「Pretty Pretty」を語る上でこの曲は避けては通れません!松浦亜弥の9枚目のシングルでPizzicato Five解散後の小西康陽編曲です。歌の内容としても「Pretty Pretty」のイメージ元になっていてもおかしくありませんね。

2. fashion check!  〜 ネオ渋谷系とcapsule

【わか・ふうり・すなお・れみ・もえ from STAR☆ANIS - fashion check! (2013年)】

いちご世代の「fashion check!」とあかり世代の「Pretty Pretty」はファッションをテーマにした楽曲と言う意味で対になっています。それはアレンジにも現れていて、「Pretty Pretty」が渋谷系なら「fashion check!」はネオ渋谷系になります。

ネオ渋谷系とは平たく言えば、90年代の渋谷系アーティスト達の影響を感じさせる次世代の渋谷系アーティスト達のことです。一般に90年代末からの渋谷系第2世代以降のアーティスト達をそう呼びます。

「fashion check!」には、おそらく参考にしただろうと思われる楽曲があります。それがcapsuleの「宇宙エレベーター」です。

【capsule - 宇宙エレベーター(2004年)】

capsuleは、Perfumeなどのプロデュースで有名な中田ヤスタカとボーカルのこしじまとしこから成る2人組ユニットです。2001年の1stアルバムから6thアルバム『L.D.K. Lounge Designers Killer』(2005年)までがネオ渋谷系的なサウンドを打ち出していて、7thアルバム『FRUITS CLiPPER』(2006年)以降はバキバキのエレクトロサウンドに傾倒して行きます。

ネオ渋谷系時代のcapsuleが得意とした、ピアノやアコーディオン、ピチカート、グロッケン等から成るオシャレで可愛い楽器編成にエレクトロなシンセが加わるアレンジは、後のアニソン、kawaii future bass等のジャンルにも多大な影響を与えました。上記のような楽器編成は90年代渋谷系の楽曲から個別の要素を取り出して生まれたのかも知れませんし、過去の映画サントラなどに元ネタがあるのかも知れません。個人的には2001年にヒットしたフランス映画『アメリ』の音楽を手掛けたYann Tiersenの影響では無いかと睨んでいます。

【Yann Tiersen - La Valse D'amelie (Version orchestre)(2001年)】

capsuleの影響としては、その他にも「prism spiral」が「capsule - 空飛ぶ都市計画(2005年)」のようなフューチャーポップをイメージしていると思われますし、上記のようなアレンジメントが「ハッピィクレッシェンド」や「Lovely Party Collection」などの楽曲に受け継がれていると思います。アイカツ曲を語る上で、capsuleの影響は欠かせない要素だと言えます。

---2019/8/10 23:36追記、2019/8/11 17:22修正---

【capsule - idol fancy feat.Hazel Nuts Chocolate(2003年)】

Twitterなどで名前が挙がっていて、「fashion check!」関連曲として追記させて貰いました。曲全体の雰囲気はこちらの方が「fashion check!」に近いですね。

3. 新・チョコレート事件 〜 8bitの渋谷系

ネオ渋谷系のアーティストに接近したアイカツ曲としては「新・チョコレート事件」も挙げられます。

【ゆな from STAR☆ANIS - 新・チョコレート事件】

「新・チョコレート事件」は、正直どんなジャンルの曲と言って良いのか筆者も検討がつかないところがあります。ストリングスや木琴、グロッケンに並んで8bit音源の「ピロピロ」と言う音色がアレンジの肝となっています。「新・チョコレート事件」の謎を解く鍵は、筆者が疎いゲーム音楽の中にあるのではないかと思っていますが、とりあえずここではYMCKを参照するに留まらせて下さい。

【YMCK - Magical 8Bit Tour(2004年)】

YMCKは8bit音源を使ったいわゆるチップチューンで、スウィング・ジャズやボサノバ、ポップスを歌うグループです。2003年にリリースした自主制作アルバムがヒットし、ウサギチャンレコーズと言うインディーズレーベルから初期数枚のアルバムをリリースし、現在では世界的な人気があります。

彼らの多くの楽曲に同様の展開が見られますが、1:10以降のソロパート(?)は「新・チョコレート事件」の2:50以降の展開を思わせます。

ちなみにですが、「Magical 8Bit Tour」の様なスウィング・ジャズを取り入れたポップスは、渋谷系文脈においては避けては通れない先例があります。「Flipper's Guitar - 恋とマシンガン」です。

【Flipper's Guitar - Young, Alive, in Love/恋とマシンガン(1990年)】

さらに言えば、この「恋とマシンガン」のイントロなどで歌われるスキャットはイタリア映画『黄金の七人』のテーマ曲から拝借されれいます。

【Armando Trovaioli - Sette uomini d'oro(1965年)】

「新・チョコレート事件」とは関係のない話になってしまったので詳細は省きますが、渋谷系と言うジャンルはこのような参照に次ぐ参照で形成されていると言う一例ってことで。

4. マジカルタイム&We wish you a merry Christmas (AIKATSU! Ver.) 〜 おもちゃの行進、またはバブルガム・ダンス

ここでは「マジカルタイム」と「We wish you a merry Christmas (AIKATSU! Ver.)」の2曲について、そのアイデアの源流を追ってみたいと思います。

【ゆな・れみ from STAR☆ANIS - マジカルタイム(2014年)】

皆さんお気付きのように、「マジカルタイム」はチャイコフスキーのバレエ組曲『くるみ割り人形』の第2曲「行進曲」の旋律を拝借しています。これは「マジカルタイム」を歌う冴草きいのブランド(*1)がおもちゃをモチーフにした「マジカルトイ」だからでしょう。

「マジカルタイム」のような、おもちゃの行進をイメージさせるポップな曲調にドラムンベースのような激しいビートが乗るスタイルで思い出されるのは、Plus-Tech Squeeze Boxの「Starship.6」です。

【Plus-Tech Squeeze Box - Starship.6(2004年)】

Plus-Tech Squeeze Boxは主に00年前半に活躍したネオ渋谷系グループです。彼らは抜群のポップセンスと、ブレイクビーツを融合した楽曲で人気を博しました。4500種以上のサンプリングソースを用いた2ndアルバム『CARTOOOM!』(2004年)で見せた彼らのサウンドは「おもちゃ箱をひっくり返したような」と形容され、多くのフォロワーを生みました。

この「Starship.6」は元々「打ち込みで派手な曲」と言う曲名でウサギチャン・レコーズから2002年に発表されています。その曲名が示すとおりドラムンベースと言うより、もはやブレイクコアなド派手なビートと、目まぐるしい展開が驚異的な情報量で迫ってきます。偏執的なまでにポップで底抜けに明るいピロピロシンセはPerrey & Kingsleyの「Baroque Hoedown」を思わせます。

【Perrey & Kingsley - Baroque Hoedown(1967年)】

皆さんお気付きのように、この曲はディズニーランドのエレクトリカルパレードのテーマソングです。「マジカルタイム」の『くるみ割り人形』と同じく「行進曲」です。Plus-Tech Squeeze Boxがこの曲を直接参照したかはわかりませんが、「Starship.6」は「マジカルタイム」と同じくパレードの様な世界感を持っていると言えます。

さらに、こうしたディズニーランドのパレードのようなモチーフを打ち出した先行作品があります。2000年の大ヒット曲「AQUA - Cartoon Heroes」です。

【AQUA - Cartoon Heroes(2000年)】

ディズニーの世界から飛び出したようなハッピーなダンスミュージックは、バブルガム・ダンスと称されました。Jackson 5がバブルガム・ソウルと呼ばれるのに倣って、まるで子供が歌ったかのようなダンスミュージックと言うことです。

このバブルガム・ダンス的感覚のアイカツ曲が「We wish you a merry Christmas AIKATSU! Ver.」です。

【すなお from STAR☆ANIS - We wish you a merry Christmas (AIKATSU! Ver.)(2013年)】

誰でも知ってるクリスマスソングをハッピーなダンスミュージックに仕上げています。

「マジカルタイム」と「We wish you a merry Christmas (AIKATSU! Ver.)」はともに、『くるみ割り人形』やクリスマスソングと言った「子供の世界」を思わせる古典音楽をダンスミュージックにアレンジした楽曲になります。こうした試みは「おもちゃ箱をひっくり返したような」ブレイクビーツや、AQUAのバブルガム・ダンスの中に源流が見られるのでは無いでしょうか。

*1 一ノ瀬かえでも!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

5. 恋するみたいなキャラメリゼ 〜 ロジャー・ニコルズ、Cymbals

【えり・れみ from STAR☆ANIS - 恋するみたいなキャラメリゼ(2015年)】

「恋するみたいなキャラメリゼ」が作編曲の石濱翔氏っぽさ全開の名曲なのは皆さんもご賛同頂けるところだとは思いますが、筆者としては渋谷系からの影響も見逃せません。直接的にか間接的にかはわかりませんが、「恋するみたいなキャラメリゼ」の根底には、渋谷系に影響を与えたとあるアーティストの楽曲があるように聞こえます。

それはRoger Nichols & The Small Circle of Friendsの「Love So Fine」です。

【Roger Nichols & The Small Circle of Friends - Love So Fine(1968年)】

Roger Nichols & The Small Circle of Friendsは、アメリカの作曲家でマルチプレイヤーのRoger Nichols(ロジャー・ニコルズ)によるバンドです。近年までは1968年のアルバム『Roger Nichols & The Small Circle of Friends』が唯一のリリースで、このアルバムは渋谷系のアーティスト達に大きな影響を与え、多くのリスペクトを集めています。彼らの音楽は日本では「ソフト・ロック」と呼ばれており、「恋するみたいなキャラメリゼ」も言ってみればソフト・ロックに該当すると思います。

ソフト・ロックはアコースティックギターと美しいコーラスが特徴のギターポップで、「恋するみたいなキャラメリゼ」のアレンジはまさにこれです。特に「Love So Fine」のイントロの展開は「恋するみたいなキャラメリゼ」を思わせます。

加えて「恋するみたいなキャラメリゼ」は「Love So Fine」をイメージしつつも、「Cymbals - Do You Believe In Magic」風に仕上げたのではないかと思われます。

【Cymbals - Do You Believe In Magic(2000年)】

Cymbalsは1999年にデビューしたネオ渋谷系のバンドで、4枚のアルバムをリリースし、2003年に解散しています。様々なアレンジの楽曲を作っていますが、中でも「Do You Believe In Magic」や「Highway Star, Speed Star」「Show business」「RALLY」などは、疾走感と天才的なコードワークを武器とした名曲です。作編曲の沖井礼二氏は近年は声優楽曲なども手掛け、フォトカツにも「Sweet Sweet Girls' Talk」を提供しています。

「Do You Believe In Magic」を聴いても分かるように、Cymbalsはその浮遊感のあるコード進行をなぞるように歌われるコーラスが特徴的です。

「恋するみたいなキャラメリゼ」のサビのコード進行はkeyFで【I→Iaug→I6→I7】と5度が半音ずつ上がっていく進行を用いており、この半音ずつ上がる音をコーラスで歌うと言う高揚感に溢れたアレンジとなっています。Cymbalsに匹敵するヤバコーラスワークです。

「Do You Believe In Magic」は同じコード進行と言うわけではないのですが、イントロはKey D【I→Iaug→IVM7→IV/V】とコードの内声がA→A#→Bと半音ずつ上がる進行となっており、関連性を指摘したいところです。

だいぶ憶測な感じになっていますが(「Love So Fine」+「Do You Believe In Magic」)× 石濱翔氏 =「恋するみたいなキャラメリゼ」の方程式が成り立つと言うのが筆者の見立てです。

---2019/8/10 23:50追記---

【ORANGENOISE SHORTCUT - Homesick Pt.2&3 (Long version)(2000年)】

はてブのコメントで指摘があり、これは言及するべきだと思ったので追記します。ORANGENOISE SHORTCUTは、コナミの『BEMANIシリーズ』で有名な杉本清隆による音楽ユニットで、この楽曲は『pop'n music 5』に収録されています。ブラス隊含むソフト・ロックで、ゲーム内でもジャンルが「SOFT ROCK」となっています。ネオ渋谷系、ゲーム音楽の文脈でソフトロックを取り上げた先行作品として、関連曲に挙げさせて頂きます。

6. 8月のマリーナ 〜 コーネリアス、夏わかめ

【かな from AIKATSU☆STARS! - 8月のマリーナ(2016年)】

「8月のマリーナ」はブラスアレンジとコーラスワークに加え、コンガとボンゴのトロピカルなパーカッションが印象的なサマーチューンになっています。

これらの要素を持った夏の曲を、渋谷系の代表格から挙げたいと思います。

【Cornelius - THE SUN IS MY ENEMY〜太陽は僕の敵〜(1993年)】

Cornelius(コーネリアス)は小山田圭吾によるソロユニットです。小山田圭吾は小沢健二と共に、渋谷系を代表するバンドFlipper's Guitarとして活動した後、ソロデビューしました。この曲はCorneliusの1stシングルで、94年のアルバム『THE FIRST QUESTION AWARD 』に収録されています。

この曲はThe Style Council - Shout To The Top(1984年)Azteca - Someday We'll Get By(1973年)を元ネタにしていると言われていますが、それとは関係になしにブラス隊が気持ち良いサマーチューンになっています。(「8月のマリーナ」が「太陽とも時間かけて友だちになる」と歌っているのに対してまるで正反対なこと歌ってますね)

さらに、コード進行の面でも直接的に似ている曲があります。

「8月のマリーナ」のサビのコード進行は「恋するみたいなキャラメリゼ」と同じくKeyF【I→Iaug→I6→I7】です。

同じコード進行をサビに使っていて、夏を歌ったアイドルソングがあります。Berryz工房の「夏わかめ」です。

【Berryz工房 - 夏わかめ(2004年)】

「夏わかめ」のサビはKeyCで【I→Iaug→I6→I7】です。この曲は2004年の2ndシングル『ファイティングポーズはダテじゃない!』のB面か、2015年のベスト盤『完熟Berryz工房 The Final Completion Box』に収録されています。全体的なコードワークなどは「8月のマリーナ」の方が洗練された印象がありますが、似た雰囲気がありますね。

7. Move on now! 〜 始めにLoungeありき

散々渋谷系渋谷系と言ったのでそろそろ別のジャンルの話をします。Loungeミュージックです。と言うわけで、Loungeと言うジャンルが成立するまでの流れを説明させて下さい。

時は90年代、80年代からのRare Grooveムーブメント、日本での渋谷系ムーブメントに加え、USでHip-Hopがサンプリングで作られるようになると、それらの元ネタとなったJazz 、Funk、Soulの人気が加熱し、DJや好事家達のレコードDig熱は最高潮に達しました。特にJazz方面については、US産のJazzは勿論のこと、ブラジルのBossa Novaやサンバ、キューバのアフロ・キューバン・ジャズのようなLatin Jazzが高い人気を博しました。こうした、いわゆる「DJ感覚」で選ばれた踊れるJazzは、Club Jazzと呼ばれるようになります。

同時に90年代はTechno、House、ドラムンベース、Dowm Tempoと言ったクラブミュージックが多様な広がりを見せた時代でした。Club Jazzはこれらと融合を繰り返し、珠玉混合様々なものが生まれました。

その中から登場したのがHouseやDown TempoなどのビートにBossa Novaを乗せたLounge、またはBossa Houseです。何故Loungeと言うのかと言えば、ホテルのラウンジでかかっているような聴きやすい音楽だからです。昔ながらのアコースティックなBossa Novaと合わせてCafe Musicと言われたりもします。

アイカツ!曲の中では「Move on now!」がLoungeに当たります。

【わか・ふうり・すなお・りすこ from STAR☆ANIS - Move on now!(2012年)】

Bossa Novaの特徴であるバチーダ奏法のギター、軽快なリズムのピアノ、心地よいコードを奏でるエレピ、四つ打ちのビート、紛うことなきLoungeミュージックです。アイカツアニメシリーズの毎回のお約束であるアイドルたちのステージはLoungeで始まったのです。

「Move on now!」の関連曲を挙げたいところですが、正直こうしたLoungeやBossa Houseは無限に作られていて、どれが元ネタと言うのはほぼ特定不可能です。なのでちょっと近い雰囲気の筆者が好きな曲を貼ります。

【FreeTEMPO feat.Cana (i-dep) - MELODY(2007年)】

【i-dep - Rainbow(2005年)】

i-dep、FreeTEMPOは共に00年代に活躍した日本のアーティストです。

i-depは楽曲制作を行うナカムラヒロシを中心としたユニットで、「Rainbow」は2005年の1stアルバム『Smile exchange』に収録されています(このアルバムの前にミニアルバムがありますが)。Bossaに限らず、Houseを基本として幅広いジャンルのグッドミュージックをリリースしています。

FreeTEMPOについては次章でお話しましょう。

8. 森のひかりのピルエット 〜 2017年のFreeTEMPO

「Move on now!」の他に、Loungeの影響が見られる楽曲として「森のひかりのピルエット」が挙げられます。

【るか,せな from AIKATSU☆STARS! - 森のひかりのピルエット(2017年)】

「森のひかりのピルエット」を聴いて想起されるのは、森の木漏れ日や、泉を舞い踊る妖精のような美しく優雅な情景です。アコースティックギターやピアノ、グロッケン、管楽器、そして鳥のさえずりや水滴音などの環境音がピュアな世界観を表現しています。

こうした優雅で美しい曲想を得意としたLoungeアーティストがFreeTEMPOです。

【FreeTEMPO - Feeling(2002年)】

【FreeTEMPO - Happiness (2005年)】

FreeTEMPOは半沢武志によるソロプロジェクトで、2002年に1stアルバム『Love Affair』をアナログでリリースした後、これまでにアルバムを5枚リリースし、2011年にFreeTEMPOとしての活動を停止しています。

FreeTEMPOの楽曲はHouseやDowmtempoのビートに、アコースティックな楽器と耳に気持ちの良いシンセが乗り、とにかく美麗な旋律とコード進行が他のLoungeアーティストにはない美しさを放っています。

「森の光のピルエット」のアレンジはFreeTEMPO的でありながらも、ビートはEDMライクです。加えて、Trap以降の小刻みなハイハットにTR-808のカウベル、トロピカルハウスを思わせるpluck系のベースを用いる等、FreeTEMPOを2017年版にアップデートしたかのようなアレンジとなっていると言えます。

---2019/8/11 18:36追記--- 

Twitterで「森のひかりのピルエット」へのCorneliusからの影響、及びkwaii future bassからの影響も指摘があったので追記します。

【Cornelius - Drop(2001年)】

Corneliusが音響派や実験音楽的な要素を取り入れた2001年のアルバム『Point』からのシングルカットです。水音の音響効果と、四つ打ちに乗るのギターのアレンジが「森のひかりのピルエット」を思わせます。

その他に、「森のひかりのピルエット」はkawaii future bassの影響も感じさせます。kawaii future bassは2013年頃から登場した音楽ジャンルです。代表的なアーティストにTomggg、Ujico*/Snail's House、Yunomiなどがいます。このジャンルについて話すと長くなるので別の機会にしたいと思います。

【Tomggg - Popteen(2013年)】

Tomgggはkawaii future bassの要素の1つである、おもちゃの木琴やグロッケンが転がるように細かなメロディーを奏でるアレンジを最初に行ったアーティストです。このアレンジは多くのフォロワーを生みました。この曲はMaltine Recordsからリリースされています。

「森のひかりのピルエット」特にの4:12辺りからの展開はこのジャンルからの影響を強く感じさせます。

また、作編曲の高橋邦幸氏がアイカツ劇伴として手掛けた『アイカツ! の音楽!! 03』収録の「状況分析(2014年)」との比較も面白いと思います。

9. タルト・タタン 〜 夢みるシャンソン人形

【もな from AIKATSU STARS! - タルト・タタン(2015年)】

「タルト・タタン」は、シャンソンを現代風なエレクトロにアレンジした楽曲と言えます。

シャンソンはフランスの音楽ジャンルで、言葉そのものの意味としては「フランス語の歌」を意味します。一般に、60年代までのフランス歌謡をシャンソンとされ、それ以降のロックの影響を受けた新しいポップスはフレンチ・ポップスと呼ばれます。

【France Gall - Poupee De Cire, Poupee De Son (邦題:夢みるシャンソン人形)(1965年)】

France Gall(フランス・ギャル)は1963年から活動するフランスの歌手です。この「夢みるシャンソン人形」が世界的ヒットとなった65年当時、まだ18歳だった彼女はいわゆる「フレンチ・ロリータ」の元祖として有名になり、ファッション業界や後の日本のアイドル文化にも影響を与えました。この曲を書いたのはフレンチ・ロリータの仕掛人、Serge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)です。ゲンズブールプロデュース時代のFrance Gallを取り上げるのは種々の理由から気が引けるところはあるのですが(参考URL→『Just leave her alone フランス・ギャルに思うこと』)、この「夢みるシャンソン人形」がアイドル文化に多大な影響を与えたことは確かです。

また、「タルト・タタン」の2:18以降の展開は、フレンチロリータのイメージを強く纏った日本のアーティスト、カヒミ・カリィの「ハミングが聞こえる」を思わせます。

【カヒミ・カリィ - ハミングがきこえる(1996年)】

加えて、カヒミ・カリィもそうですが、「タルト・タタン」の吐息のような歌唱はJane Birkinの影響があると思われます。

【Jane Birkin - L'Aquoiboniste(1978年)】

Jane Birkin(ジェーン・バーキン)はイギリス出身の女優・歌手で、英仏を股にかけて活躍しました。Jane BirkinとSerge Gainsbourgとは公私ともにパートナーであり、1969年に2人のデュエット曲でデビューし、フレンチポップを代表するアーティストとして人気を博しました。「Serge Gainsbourg & Jane Birkin - Je t'aime... moi non plus(1969年)」を聞くと、彼女の吐息感がより味わえます。

「タルト・タタン」とはリンゴを使ったフランスのお菓子です。氷上スミレが「タルト・タタン」を歌うのは、彼女のプレミアムドレス「スノープリンセスコーデ」が白雪姫の毒リンゴを重要なモチーフとしているからでしょう。毒リンゴのダークなイメージと、どこか物悲しさを漂わせるシャンソンを合わせた楽曲が「タルト・タタン」なのです。

10. Kira・pata・shining 〜 ラテンポップ、またはアイドルソングの中のインド

【すなお from STAR☆ANIS - Kira・pata・shining(2013年)】

筆者がこれまでアニソン・ゲーソンを聴いて来た中で、最も衝撃的な体験の1つが「Kira・pata・shining」です。おおよそアニソン・ゲーソンではお見かけしないレゲトンのビート(後述)に、エスニックなシタールの音色。アイカツ!曲が「攻めている」と言われる理由の42%くらいはこの曲のせいなのでは???(褒め)

「Kira・pata・shining」はどんなジャンルの楽曲だと言えるのでしょうか?作編曲のPandaBoY氏がクラブミュージックを得意とすることから、種々のダンスミュージックや、民族楽器を使ったTribal Houseを思い浮かべる人もいるかも知れません。実際そう言う側面もあると思います。

筆者の見立ては「ラテンポップ」と「アイドルソングにおけるインド要素」の融合と言うアプローチです。

まず初めにラテンポップから「Kira・pata・shining」の関連曲を挙げます。

【David Bisbal feat. Wisin & Yandel - Torre De Babel(2006年)】

David Bisbalはスペイン出身の歌手で、00年代のラテンポップを代表するアーティストの1人です。

ラテンポップとは主にスペイン語で歌われたポップスの総称になります。00年代以降のラテンポップは、レゲトン由来のドッタドッタと言うビートを基本として、サルサやフラメンコを思わせるトロピカル〜エスニックな曲調が特徴です。レゲトンとは、プエルトリコ出身のラッパー達が生んだHip-Hopとラテン音楽を融合させたジャンルです。火付け役は「N.O.R.E. feat. Nina Skyy, Daddy Yankee, Gem Star & Big Mato ‎– Oye Mi Canto(2005年)」です。カリブ諸島のヒスパニック系のレゲトン人気が、スペインのポップスにも影響を与えているわけです(*2)。

「Kira・pata・shining」はビートの面ではラテンポップやレゲトンの影響下にあります。しかしながら、シタールの出てくる曲調と言うのはラテン的とは言えません。「Torre De Babel」も雰囲気は「Kira・pata・shining」に似ていますが、こちらはフラメンコがルーツにあるわけです。

では「Kira・pata・shining」のシタールはどこから来たのかと言うと、「モーニング娘。- 恋のダンスサイト」に端を発するインド風のエスニックなアイドルソングだと思われます。

【モーニング娘。- 恋のダンスサイト(2000年)】

その他にも「松浦亜弥 - Yeah!めっちゃホリディ(2002年)」のAパートなどはシタールを用いたエスニックな曲調です。また、「Kira・pata・shining」を初めて聴いた時に思い出されたのは、アニメ『聖痕のクェイサー』のキャラソン「桂木華(CV:日笠陽子) - Jusin」です。この曲も「恋のダンスサイト」マナーな楽曲になっています。

【桂木華(CV:日笠陽子) - Jusin(2010年)】

突然変異の様に思える「Kira・pata・shining」ですが、実はこうしたシタール使いのインド風アイドルソングの文脈の中にあると思います。

突然ですが歴史のお話です。風沢そらの精神的なルーツであるロマ(ジプシー)は北インドを起源とします。ロマは8世紀頃までに北インドからペルシアや中東へと離散し、東欧からヨーロッパに侵入した後、15世紀にスペインに到達しています(Wikipedia調べ)。それ故、ロマは北インドから東欧、ロシア、ヨーロッパのラテン世界まで広く分布しています。

なのでロマの音楽も地域によって様々です。フラメンコで世界的にヒットしたジプシーキングスも、東欧の高速ブラスバンドもジプシー音楽だと言われます。「Kira・pata・shining」はそうした東西に跨るロマのエスニシティを反映して、ラテンポップとインド風なアレンジを融合させた楽曲になっているのではないでしょうか。

*2 ラテンポップやレゲトンは日本ではその存在をあまり感じないかも知れませんが、スペイン、アメリカ、メキシコ、カリブ諸島、南アメリカのヒスパニック系を中心に巨大なマーケットがあります。例を上げると、2018年3月リリースのNicky Jam x J. Balvin - X (EQUIS)は、Youtubeで16億9000万回再生されています(2019/8/5現在)。アメリカで飛ぶ鳥を落とす勢いのCardi B.が2018年5月にリリースしたラテン・ポップ、Cardi B, Bad Bunny & J Balvin - I Like Itが9億回なのを考えると、とんでもない規模の市場があることがわかります。近年の最大のヒット曲であるLuis Fonsi - Despacito ft. Daddy Yankee(2017年)は再生数63億回です。63億て。

11. ダイヤモンドハッピー 〜 スカ・パンク、そしてやっぱりモー娘。

【わか・ふうり・すなお from STAR☆ANIS - ダイヤモンドハッピー(2013年)】

ダイヤモンドハッピーはスカ・パンクと言うジャンルになります。スカ・パンクは4ビートの高速なPunkにジャマイカのJazzであるスカを取り入れた音楽です。このジャンルの成り立ちを説明すると、Punkが盛んだった70年代のロンドンでは、バンドが演奏するようなクラブにジャマイカ移民のDJ(セレクターと言います)が入ってReggaeやスカをかけていたと言う背景があり、Punkとジャマイカ音楽の距離が近かったのです。こうした環境下で、ロンドンのPunkシーンからはReggaeやスカを取り入れたバンドが登場しました。80年代になるとPunkとスカの流れはアメリカに輸入され、90年代前半に現在の高速なスカ・パンクが登場しました。

ダイヤモンドハッピーのイメージ元については、アイカツ!1年目のスーパーバイザーであった水島精二氏からの直接の言及があります。

【KEMURI - PMA (Positive Mental Attitude)(1998年)】

【戸松遥 - Q&A リサイタル!(2012年)】

さらに、筆者がダイヤモンドハッピーの関連曲としてあげたいのがモーニング娘。の「ここにいるぜぇ!」です。

【モーニング娘。- ここにいるぜぇ!(2002年)】

アイドルとスカ・パンクと言ったら外せないと言う感じです。

12. 真夜中のスカイハイ 〜 元ネタ警察24時

最後にちょっと変わり種を紹介します。

【‎りすこ from STAR☆ANIS - 真夜中のスカイハイ(2013年)】

「真夜中のスカイハイ」はジャンル的には「カレンダーガール」などと同じくFunkになりますが、ブラス隊とPluck系シンセのアルペジオが共存している感じや、強烈なスラップベースは80年代のシティポップ感もあります。

筆者は長年ブラックミュージックやシティポップの中から「真夜中のスカイハイ」の元ネタを探し続けていたのですが、これが中々見つかりませんでした。しかし、ある時視点を変えてみたら「ひょっとしてとこれなのでは?」と言う楽曲が見つかったので、紹介させて下さい。

【NAHO - GET WILD ~CITY HUNTER SPECIAL'97 VERSION~(1997年)】

ご存知「TM NETWORK - GET WILD」の別ヴァージョンの1つです。アニメ『シティハンター』の97年のTVスペシャル『シティーハンタースペシャル グッド・バイ・マイ・スイート・ハート 』のEDで、歌唱はNAHOとなっている。

このヴァージョンは「Get Wild」原曲には無いブラスアレンジや、イントロとサビ後に現れるシンセのアルペジオが「真夜中のスカイハイ」のアレンジと共通しています。

特に両曲のサビの入りに注目です。「Get Wild」のサビの頭は、歌詞に合わせて4拍でダン!ダン!ダン!とキメています(「Get Wild」原曲の方がキックがおいてあるのでわかりやすいかもです)。

Get Wild(ダン) and(ダン)tough(ダン)

「真夜中のスカイハイ」ではキックとオープンハイハットを置いて、これを更に強調しています。

肩越し(ダン)に(ダン)狙(ダン)い(ダン)撃つ闇

「真夜中のスカイハイ」はこのキメに合わせてコードが【VIm/bVIm/Vm/I】と降りてくることで、非常にキャッチーなサビ入りになっています。天才的にかっこいいです。

「イケない刑事」や「オシャレ怪盗スワロウテイル」は「シティハンター」「キャッツ・アイ」のイメージが強いので、関連性が高いと言えるのではないでしょうか。(そう考えるとスラップベースはキャッツ・アイEDの「杏里 - Dancing with the sunshin」だったりするかも…)

まとめ

長々と様々の音楽からのアイカツ曲への影響を(憶測で!)語ってきましたが、1つ言わなければならないのは、アイカツ!曲が凄いのはこうしたジャンル的な文脈を踏まえながら、常にエッジの立った仕掛けを施しつつ、楽曲そのものがポップスとして極めて優れていたことにあります。

このような楽曲がこれだけの数、長期間に渡ってコンスタントにリリースされ続けたことは、我々にとって非常に幸福なことであり、沢山のワクワクを届けて貰いました。

やっぱりアイカツ曲が好きだなぁ…と言うお話でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?