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【知られざるアーティストの記憶】番外:筆が進まなかった理由

1.謝辞

第4章「入院4クール目」を書き終えました。やっとここまで来ました。記事投稿のスタートが8月18日だったので、約4カ月です。ここからいよいよ彼との十月十日の日々が始まります。

これまでお読みくださったみなさま、とりわけ、通しで読んでくださっているみなさまには一際の感謝です。スキの通知が届くたびに、
「○○さーん、ありがとう!💖」
と時には声に出して叫んでおります。みなさまからの励まし(=スキ❤)がなければ書き進めることができないと思います。この場を借りてお礼を申し上げます!
いつもありがとうございます💛

また、記事をマガジンに追加してくださるかたへ、今までなんのお礼もできておりませんでした。一度、感謝を込めてご紹介をさせていただきたいと思います。巻末にご紹介します。万が一、抜けているかたがいらっしゃったら申し訳ありません。教えてください。

ヘッダー画像には、nouchi | 絵と日記様の作品を使用させていただきました。ありがとうございました。

2.筆が進まない章でした

この第4章は、実はなかなか筆が進まず、もともとすごく遅筆のところ、輪をかけて非常に時間がかかってしまいました。特に第29話第31話は自分の内面と深く向き合う必要のある項だったので。彼との出来事を思い出しながらつぶさに記していくのとは全く書き方が違い、濃縮度の高い内容の記事になりました。

第29話で扱った夫とマリのことは、いつかは出さなければいけない内容でしたが、出すタイミングが私の中で難しく、ここまで触れずに来てしまいました。うまく小出しにすることができず、まとめてどんと書いてしまいました。何しろ18年分の出来事の中から必要な部分を拾い集める作業は難易度が思いのほか高かったです。あくまでこの物語の中で書く、別の物語を語り始めないようにすることを私なりに心がけました。読者の目線からのご感想、ご助言をいただきました花咲ありすには感謝申し上げます。

第29話を書いたあとの、この4クール目の間にあった長男の旅やマサちゃんとの交流を扱った第30話は、内容の濃さのギャップに自分で戸惑い、逆に筆が進まなかったです(笑)。濃いものは濃いなりに、薄いものは薄いなりに、「深く」は書けるのですよね。ただ、つまらないものを書かなければいい。めざすところです。

3.祭りのあと

地元の大きなお祭りの事務局としてお仕事させていただいています。
それもこの物語と大きな関わりがあることなので少し書きます。

私がこの事務局に加わったのは今年の7月。
(ちょうど彼の一周忌の頃。)
彼が
≪子どもの頃の親友だよ≫
と私にお名前を言い残したその人に会いに行ったのが事の始まり。
彼の親友さんがライフワークとして第1回目から携わっておられるそのお祭りを、非力ながらお手伝いさせていただくことになりました。
彼と同じコアを持つように感じられる親友さんと関わっていたかったこと。
社会経験の乏しい私ごときに勤まることだったのかと、
内情を知るほどに決意した自分の度胸に苦笑いしつつ。
何より祭りのメイン会場が、まさに彼らが60数年生きた地域なのだ。
そこに身を置ける不思議と幸せ。
そして、お祭りの関係者には、気づくと彼らの同級生が大勢いらっしゃるのだ。

昨夜、お祭りを無事終えての打ち上げパーティーが行われた。
私はすでに、このお祭りの関係者たちの個性あふれる魅力を
準備や当日を通して十分すぎるほどたくさん見せてもらってきた。
もうすでに感無量。
昨夜はそんなみなさんの笑顔が咲いて、
この人たちにまたしばらくの間は会えなくなるのかというさびしさと
まるで大きな家族のような気持ちをいだく。

ふと、彼の同級生が彼の名前を口にする。
「ワダ(仮名)んちの裏あたりに住んでたんだって?」
私は目を丸くする。
お祭りの関係者には、彼と同じ苗字の人があまりにもたくさんいるので
一瞬、どちらのワダさんなのか考えてしまう。
「ワダイクミの弟のことも俺、知ってるよ。」
同級生さんは、わずかな記憶の断片を伝えてくれる。
私は、確かに聞こえた彼の名前に感情がこみあげてしまい、
固まって何も言えなかった。
「彼のことを愛していたんです。」
なんて、もちろん言えないし
「彼について覚えていることを、どんな些細なことでもいいので教えてください。」
って、言いたいけれど、それも言えない。
「彼はどんな人でしたか?」
いつか落ち着いて話せるときがあれば、
彼の同級生たちにそっと聞いてみたい。


4.第4章のヘッダー画像は

アーティストである彼の作品の一つであると私は思っているのですが、彼の手作りのベストの背中に施された太陽の刺繍です。


このベストは、彼が亡くなって遺品整理をしていた際に、二階の寝具の間に積まれていました。決して「奥に仕舞われていた」というわけではないのですが、日常的に着てはいませんでした。少なくとも私は一度も見たことはなく、遺品整理で発見したものです。

ベストの本体は、おそらく彼がミシンで縫って作ったものです。彼の部屋に仕舞われていた、裁縫道具や布地の入った大きな籐かごに、このベスト生地のハギレも入っていましたし、彼は前出の赤いはっぴなども作っていて、衣服を縫うことができるのです。

太陽くんの図案も出てきたので、私はこの刺繡も彼が手で施したのかと思って(彼の足踏みミシンには直線縫いの機能しかありませんでした)驚愕したのですが、さすがにこの曲線を手で刺繍したとは思えないので、プロの刺繍屋さんに出したのでしょうね?

ベストの表側にはポケットがあり、ポケットには筋斗雲(きんとうん)みたいな雲が刺繍されています。

女性が着てもかわいい色合いなので、私はこのベストが一番似合うと思われる友人に差し上げました。

ベストとともに、袖付きの半纏?も出てきました。


こちらは、彼の蔵書のほとんどを買い取ってくれた古本屋の女主人が気に入ってくれたので差し上げました。

さて、この太陽くんが、私のnoteのアイコンと同じであることに気づいてくださったフォロワーさんがいらっしゃいました。細かいところまで見てくださって本当にありがたいです。

それは、こちら。

彼が遺した大ぶりのペンダントです。これもおそらく彼の手作りだと思われます。これは、彼の部屋の作り付け(彼自身のセルフリフォーム)の本棚の引き出しに大事そうに仕舞われていました。このペンダントのことも生前に聞いてはいませんが、
「若い頃に私は大きな丸いペンダントをしていた。」
と会話の中で言っていたのは、これのことだと思います。

この太陽くんは、彼のマスコットキャラクターなのでしょうか。
目力が彼に似ていると、ベストをもらってくれた友人も言っていました。
彼の親友さんが、彼と自分の魂がコインの裏表のようだと話すとき、
「太陽と月で言うと、彼が太陽で私が月だ。」
とおっしゃったので、どちらかと言うとその反対のイメージを持っていた私は驚いたのですが、やはり彼の本質は「太陽」なのかもしれません。

5.末筆ながら

今回は長くなってしまいました。末筆ですが、これまで拙稿をマガジンに追加してくださった方々を一挙にご紹介いたします。いつもどうもありがとうございます💛

ちゃりれれ【時々ジャイアン】様

coucou@note作家様

著作権協会様

山根あきら様|妄想哲学者🙄様

伊藤ぱこ様

花咲ありす様


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