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【知られざるアーティストの記憶】番外:アーティスト同士の会話 美しい友人と彼㊤

2023年12月23日は彼の70歳の誕生日である。
私は彼の誕生日プレゼントを企てた。

1.

エマちゃんと出会ったのは、今から約6年前。私が40歳のときに、40歳が40人集まってそれぞれの人生の中間報告みたいな作品を発表し合う「40歳×40人展」でご一緒したときだった。成人式の二倍、平均寿命の約半分という中途半端なお年頃の私たちは、経歴も才能もバラバラ。一通りの世渡りを知り、なんとなく落ち着き、ちょっぴり迷い、知らぬ間に偏ってもいたが、気さくであった。

発表する作品のジャンルは自由で、絵や立体などのアート作品、音楽ライブのほか、セッションのブースを出して表現する人もいた。プロやセミプロ、趣味で芸術を楽しむ人などレベルも様々、何でもあり。私は発表するような作品など何もないと逃げ回ったのだけど、主催者であるアーティストの友人がとうとう逃がしてくれなかった。たまたま40歳であったことに観念し、かなり気後れしながら、仕方なしに中学校の美術以来と思われる彫刻刀を持ち、当時0歳の乳飲み子だった三男が無心におっぱいを飲む姿を版画にして発表した。

エマちゃんはプロとして漫画やイラストを描く人で、原画を展示したほか、一枚一枚手描きのしおりを販売していた。私なんかが子どもの美術以下みたいなものを出していいの?と気後れさせる筆頭だった。口数は少なかったけれど、たぶん誰もの目を引くような美しさとミステリアスなオーラを持つ人だった。仲良くなってみたいけれど、近寄りがたいような。彼女が目を引き人々の印象に残るのは、当時の彼女の奇抜な髪の色によるところも大きかった。

子どもが小さいことを理由にミーティングなどにもあまり参加しなかった私は、エマちゃんともたくさんの言葉を交わさなかったけれど、魅力的で印象に残る彼女からしおりを買った。彼女とはSNSで繋がっていたものの、二人きりで会うようになるなんて想像もしなかった。

2.

私たちはまた人生を重ね、45歳になっていた。私はイクミさんと出会って死別をした。その間に、彼女の髪の毛は落ち着いた色になっていた。

連絡は取りあっていなかったけれど、一度だけとあるイベントでばったり会ったのは、まだイクミさんが具合が悪くなる前の2022年3月だった。髪の色が変わり、マスクもしていた彼女に私は気づけなかったけれど、彼女は私に気づいて話しかけてくれた。

イクミさんが亡くなったのは、その約3ヶ月半後だった。私は彼の家の遺品整理に3カ月を費やした。彼がこだわって選び、大切に使っていた画材をどうしようかと思ったとき、「40歳×40人展」主催の友人にももちろん相談をしたけれど、より専門的なものとなると、私の知る人の中で漫画を書いているのはただ一人、エマちゃんだけだった。

エマちゃんに簡単に事情を話し、画材の写真を送ると、近隣の市から電車に乗ってすぐに彼の家まで来てくれた。そして、丹念に彼の遺した画材を一つ一つ手に取って調べた。見てもよくわからない私に、これはこういうふうに使うものだと説明してくれたり、これはもう使えないから捨てた方がいいとアドバイスしてくれたりした。彼の画材に最も敬意を払い、親身になってくれたのはエマちゃんだった。彼女は、すべて手描きで作品作りをしていた彼の仕事場を見て感嘆しているようだった。

「でも私、今はほとんどパソコンで描いてて、手描きはあまりしていないんだよね。」
と、エマちゃんは少し考え込み、結局そのときは画材を何も持ち帰らなかった。数点の彼の蔵書と、古い映画のパンフレットをいくつか選び出して持ち帰った。彼女の選んだ本には、萩尾望都さんの漫画もあった。

「手描きで漫画を描いているサークルも知っているから、もしまた画材の行き先に困るようだったら連絡してね。」
というありがたい言葉を彼女は残して帰った。

1ヶ月半ほどして、画材の半数ほどの行き先がまだ定まらない頃、私が送った写真の中から、これとこれとこれとこれがまだ残っていたらほしい、という連絡をもらった。彼女が指定したのは、グレーセットのコピックなどの他、陶器でできた小さな蟹の置物と、怖い顔をしただるまの文鎮だった。これら消耗品の文具ではない小物類は、余れば私の手元に置いてもいいと思っていたが、それをあえて選んで迎え入れてくれるエマちゃんの気持ちが嬉しかった。

だるまの文鎮と蟹の置物(中央の2つ)。
蟹はペンレストのような恰好をしている


怖い顔で見つめてくるので、がんばって仕事しなきゃって気分になり、
助かっているそう。(写真はエマちゃんより)

それから二人の都合がなかなか合わず、これらの画材をお渡ししたのは季節が巡ってやっと今年の7月2日、彼の一周忌の日であった。まさか自分にとっていちばん大切な秘密を聞いてもらいながら一緒にお茶をするなんて思ってもみなかったこの美しい同級生と、私はやっとあまり緊張せずに話せるようになっていた。エマちゃんは時々質問をしながら私とイクミさんの物語に熱心に耳を傾けて、静かに感想を伝えてくれた。そこには、芸術家らしくてしなやかな彼女の目線が感じられた。

つづく


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