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小さな器、ひび割れている。園長先生の教え。

保育園勤務早番のシフトの日、陰に隠れて部屋の様子を伺う路瑠に
園長先生が「路瑠せんせい、路瑠せんせい、何をしているのですか?
そんなところで?」と声を掛けてきた。

路瑠はゆっくりと振り向いて、人差し指を唇にあて「静かに」のサイン…そして小声で…

「園長先生、子どもは親の所有物ではありませんよね。」
だけど時に子どもは親の都合や大人の都合の犠牲になっている。

まゆはちゃんは、「わたしはつらいの」の心のメッセージを胸にしまい続け、ついに言葉が出なくなりました。

路瑠も子ども時代、親の不仲のために家では喧嘩が絶えず、
父と母の口論を目の当たりにし矛先が路瑠にきたこともあった。
夫婦で距離を置くためにと転校を余儀なくされ、
その転校先でいじめにもあった。
路瑠は、辛くて、何度も消えてしまいと思ったこともある
だから、まゆはの境遇と気持ちを考えると心が痛い。

心を閉ざして言葉が出なくなってしまったまゆはちゃん。
家でも園でも一言も喋れない。

喋れなくてもまゆはちゃんの心がなくなったわけではない。
気持ちや伝えたいことはちゃんある、
言葉に出したくても声が出せないだけ。

大人の都合が子どものストレスへ。
家庭の事情がまゆはちゃんの心のストレスへ。

「園長先生、夕方、パートナーの方がお迎えに来きます、
まゆはちゃんは嫌がってわたしの影に隠れてただただホロホロと
涙をこぼして泣くのです…わたしは、無理に引き渡すのが辛い…。」
何って言ったらいいのだろう?伝える言葉が見つからない。


「そうね、路瑠せんせいの子どもを守りたい気持ちはよくわかりました。
わたし達は子どもを愛する気持ちと同じ気持ちでお母さんも愛していく、
お母さんも愛する愛の対象なの。」

路瑠は、子ども達のためだったら、その親とも戦おうと思って保育をしてきたから、園長先生が言った温かな言葉が意外で戸惑ってしまた。

「子どもは、どんな状態でも『お母さんが大好き』ほとんどの子どもがそう思っている。
お母さん自身も『自分自身が好き』と思えるように支援することが大事。
どこかの行政につなげることだけが子育て支援ではないのよ。」

「・・・。」

「大丈夫、こちらが温かな雰囲気で『行ってらっしゃい』『おかえりなさい』と声をかけたらいい。心を籠めて苦労を労ったらいいと思う。」

「路瑠先生の温かい心持ちが伝わったら、お母さんの方から色々話してくれるようになるから、
そしたら、園でのまゆはちゃんの様子などをお伝えして、お母さんの子育てを支援していったらいい。」

お母さん自身が自分を愛せなかったら、自分の子どもだって愛せない、
自分が自分で自分の事が好きになれるということは、社会に出ても生きていきやすいもの。
そしてお母さんは子どものことをもっともっと好きになれる。
自分を取り巻く人を信じ、困っている時に『助けて』と誰かにサインが出せれば、決して親子は孤独にはならない。独りぼっちではないことに気づいて欲しい。
自分のことを好きになれなければ、悲しいけれど人のことを好きになるのは難しい。これはとても重要なこと。

お母さん・お父さんの心にある背景を見落とさないように、
お父さんお母さんも愛する対象だということを忘れずに。

自分にそんな偉大な愛はあるのだろうが?
わたしは小さな陶磁、ひびだらけの器。

だけど、労り合い、尊び、愛を注ぐ時
『自分のひび割れてている』ところから愛が滲み出す。

自分のダメなところに目が向いて、落ち込んでしまうこともあるけれど
正義心は振りかざさず、いい加減でちょうどいい。
温かい心持ちは溢れるほどに、欠けているところから滲みでる。


保育士なりたての路瑠さん、子ども達と一緒に成長しよう。

******

僕は知らなかった、
母は幼い時に色々な試練を通ってきたことを。
あの明るさは、あの優しさは、どこから来ているんだろう。
僕はふと、聖書にある言葉を思い出した。

『そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。
患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、
練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。』

母が患難にあい忍耐することで品性が磨かれたってこと?
「そんなぁ、わたしに品性なんてあるわけないでしょ」と
母が答えると思ったら笑えてきた。

そうだ、母には『謙虚』と言う言葉の方がピッタリだ。

『わたしには出来ないことをさせてもらっている』
『人より仕事が遅いから、3倍努力している』
『努力してやっと普通の人に追いつける』といつも言っていた。
『砕かれて、砕かれて心が痛い、』
『砕かれるからこそ頑なな心も丸くなる』とも教えたくれた。

僕はその時、努力することは良いけれど『砕かれるなんて』なんだか嫌だなぁと思ったんだ。

心が痛い経験なんてしたくない、楽をして生きたい、傷付くことなく
人生を送りたい…でも…
望まなくても苦労の方からこちらに襲いかかってくることがある。
問題の大きさ小ささ、年齢も関係ない、
黒い闇に包まれる時、どんなに心もとないことだろう。

僕は、路瑠よりも、まゆはちゃんよりも、ほんの子どもなのかも知れない。

僕はまだ、母さんの心の痛みを全部は知らないのかもしれない。





『僕の中に路瑠がいる』の執筆過程でカットした文章の一箇所です。

上記の話の設定・登場する人物は、皆フィクションです。
お話しを参考させていただいた知人の了承をいただき、
物語として投稿いたします。

僕は路瑠が残してくれた言葉に出逢っていきます。
この後、路瑠にはどんな出会いがあったのか。
どんな青春を送ったのか。結婚、出産、倒産、そして
病に倒れた夫のこと。家族の愛を書いています。

これは家族に恋した、恋愛小説です(と思って投稿しました。)

↓  『僕の中に路瑠がいる』 ↓



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