人生は想いを伝えるために与えられた時間である
人と接して話したり、話しを聞いたり
とにかく人と関わることが好きだ。
一人きりの時には、何を食べてどこに行くのか、定食屋でもAを選ぶかBを選ぶかでいくらでも悩んでいるのに、大好きな人たちと居ると食べ物なんてそこそこに、話すことに夢中になってる。
週末はそんな大好きな仲間たちと過ごした。
もちろんそこに美味しい食べ物があって、みんなで囲んだりするのはもっと最高です。人が作ってくれたり用意してくれた食べ物はどうしてこうも美味しいんだろうか。
そんな昨日までの余韻に浸りながら、友達の顔を思い浮かべた時にふと思ったことがあって、
「この気持ちをどう伝えたらいいんだろう」
ってことなんだけど、実は感謝の気持ちや、大切に思ってるし大好きだ!って気持ちをちょっとも漏らさずに伝えることって本当に難しいことなんじゃないか。
感謝や好きを伝える方法って
・言葉
・贈り物
・奉仕
・お金
・テレパシー
とかから、その時一番相応しいと思ったものを選んでいると思うんだけど、あくまでそれはその時の選択ってだけで、最善の選択をしたからといって決して終わりではない。
本当に伝えたい好意って、時間をかけて何度も何度も伝えていくものだって急に腑に落ちた感じがしたんです。
そんなもの、どれだけ時間をかけたら伝わるんだ!と思ったんだけど、ちょっと待てよと、もしかして人生って感謝を伝えたり、こんなに大好きなんだ!ってことを伝えるためにあるんじゃないのか?もしかしたら。
見返りを求めるとかじゃなくて、伝えたくてたまらないその気持ちが身体を動かしてるかんじ。
直接的に、好き!とか、感謝!って言葉や行動だけじゃなくて、間接的なことでも自分を突き動かす原動力としての愛。ガソリンが愛だったんだと気づくことかも。
人の想いっていろんな伝わり方をするから、すぐには気付いてもらえないかもしれないけど。
人生の際で、ようやく伝わるようなこともあるんだろうなぁと思うと、なんだかきゅぅっと胸が苦しくなる。
そんな事を考えていたら人生の時間がとんでもなく限られたものに感じてきた。
生きているうちに、大好きで大切だということ、沢山伝えていこうと思いました。
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