VIVA, Francis!

2021年に発表された小里誠さんのソロユニットFrancisのアルバム『Bolero』を聴いたとき、いっぺんでその世界観のとりこになってしまい、ああ好きだなあと思いながら、なかなか文字にできませんでした。

気に入ったらすぐに人に話したくなるので、ちょうどその頃、ひとまわり以上歳下の知人がSketch ShowなどのDVDを貸してくれることになり、私は買って間もないビート・ジェネレーションの雑誌のアートワークを集めた本と一緒に『Bolero』を貸したのでした。一年余り経って返すときに、「いやぁ、…すごかったっス」と言葉を選びながら曖昧に笑った彼が、Francisを聴いてどう思ったかはよく分かりません。で、その戻ってくるまでの間、私は頭の中で思い出したりYouTubeなどでたまに聴いたりしながらFrancis成分不足を補っていたのでした。

2021年というと、まだ新型コロナ感染症の影響で行動制限が厳しかった頃。夏には東京五輪絡みでヘヴィーな出来事もあり、正直鬱々としていたのですが、Francisこと小里さんの届けてくれたアルバムは、そんな閉塞感をちょっと吹き飛ばしてくれるようなユーモアやエロス、心地よいエレクトロポップが散りばめられた、とてもセンスのよい作品でした。いったいどんな影響を受けてこうした音楽を作られるようになったのだろうと、小里さんご本人によるnoteの解説を読みました。日本では大貫妙子さんやムーンライダーズが挙げられるなど(特に私はムーンライダーズを通ってこなかったので)、興味深かったです。とにかく様々な映画や音楽、文学などをイメージソースにしたことが分かります。(↓下記リンク:めちゃめちゃ濃い内容なので必読です)

アルバム12曲中、「マチルダ」などは韻の遊びも楽しくて、今の日本にもセルジュ・ゲンズブールの系譜はまだ引き継がれているのだわと思ったり。蛇足ですが、ゲンズブールがわざとキャラを作って歌っているのではないかと聴くたび笑いをこらえてしまう”Sea, Sex & Sun”の英語バージョンなども、Francisワールドと親和性があるのでは。(以下、歌詞を一部引用)

Excuse me, I am a French man
And I'm afraid I don't speak very well English, but
I think that you are the most pretty little girl
I ever knew

[Chorus] Sea, sex and sun
And I would like
To make love with you

(拙訳)チョット失敬、僕ハ 仏蘭西人デ
アマリ 英語ガ 上手ク 話セナイノダケド
君ハ 僕ガ今マデ知ッテル中デ イチバン可愛イ オ嬢サンデス
ダカラ、ソノ、君トネ、愛シ合イタインデス

(↑こら!拙い英語のふりして、なにナンパしてるんじゃ!)
と、心の中でつっこみを入れる私です。

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それから、ちょっと思い出したのはピチカート・ファイヴで、私は田島貴男さんがボーカルの頃の、小西康陽さんの歌詞をひんやりとした調子で歌う感じがスキなのですが、「新ベリッシマ」「誘惑について」、それに「恋のテレビジョン・エイジ」の、どうしようもなさみたいなものに惹かれたものでした。Francisのアルバムリリース時、絶賛のコメントの中に小西さんの文章があって、他の方とは異質でした。というのは、小里さんにとってはいたたまれないような過去のエピソードが記されていたからで(それが掲載されているのはもちろん小里さんの判断なのでしょうけれど)、私はFrancisの音楽を知る上では欠かせないものなのではないかと感じました。

恋愛は素晴らしく尊いものですが、同時に自分自身の数々の「みっともなさ」「どうしようもなさ」、とてつもない喪失感などと向き合わねばいけないことがあって、Francisの作品は、そうしたものを包んでくれるような優しさがあると思うのです。そしてひととき、そうした想い出に浸っていてもいいんだよと言ってもらえているような気もします。

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詩人の茨木のり子さんの作品で、昨年初めて知った晩年の詩が、私の心を打ちました。以下にご紹介します。

「獣めく」

獣めく夜もあった
にんげんもまた獣なのねと
しみじみわかる夜もあった

シーツ新しくピンと張ったって
寝室は 落ち葉かきよせ籠り居る
狸の巣穴とことならず

なじみの穴ぐら
寝乱れの抜け毛
二匹の獣の匂いぞ立ちぬ

なぜかなぜか或る日忽然と相棒が消え
わたしはキョトンと人間になった
人間だけになってしまった

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「相棒」とは、茨木さんよりも早く亡くなられた最愛の夫のことで、なんとなく、女子の憧れるかっこいい優等生的なイメージのあった茨木さん像を覆すものでした。

と、ここまで書いたところで少し時間がきてしまったので、また後ほど追記していこうと思います。

つまりなんといいますか、茨木さんの抱えていた愛と孤独のようなものは誰しもどこかで人知れず抱えているのですよね。Francisの音楽を私が癒しだと感じるのは、そんなところも余さず歌っているからです。

小里さん、今年の3月13日で58歳のお誕生日を迎えられるとのこと。
そして、加納エミリさんをFeatureした新曲リリース(カップリングは、嬉しい”SESSO MATTO”!)も控えていて、作詞はなんと小西康陽さん!

50歳になって自分の好きなことをしたいとそれまでのバンドを脱退し、自らの信念のもとに表現を続けている小里さんは、私も含めた迷える50代以上の希望の星、フランシス!
豊潤な愛の果実を味わい尽くす大人の愉しみを、ありがとうございます!

同じ和光大学人文学部英米文学専攻の5年後輩にあたる私は、残念ながらキャンパスでは小里さんにお会いすることはなかったのですが、The Red CurtainやOriginal Love、The Collectorsなどを通して少しだけ知っていた先輩の、これからの縦横無尽で唯一無二なご活躍を、心から祈ってオリます。
願わくば、小里さんが和光大学の教授なんかしてくださったら学生は楽しいだろうなあ、女子学生はメロメロになっちゃうんだろうなあ、なんて想像をめぐらせるのでした。

追記:やまだないとさんみたいな漫画家さんにFrancisの世界を描いてほしいですね。

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