Millie Small Talk


SNSのタイムラインには、お誕生日の人物の名前が日々流れてきます。
ミリー・スモールのことを思い出したのは、そんな流れからでした。
Millie Small(本名はMillicent Dolly May Small)は1947年10月9日生まれ。ジャマイカのサトウキビ農園に育ち、10代半ばでイギリスへ渡りました。1963年にリリースした 「My Boy Lollipop」は世界中で700万枚以上のシングルヒットとなったそうで最も売れたSKAのナンバーとも言われているそうです。
私の場合は大学時代に、小泉今日子さんが「あたしのロリポップ」というタイトルでカヴァーされたのを聴き、なんと可愛らしい歌だろうと調べてミリーのレコードを手にしました。キュートで人懐っこい笑顔、チャーミングな歌声。周りにも彼女のアルバムを愛聴している方が多くいらっしゃいました。
しかし、ミリーのその後については今まで想像したこともありませんでした。1970年代には音楽活動をほぼ引退、2020年に72歳で亡くなられたということ。改めてバイオグラフィーを読み、彼女の経歴を知りました。


ミリーは1986年に娘Jaeleeを出産。彼女も2010年代の終わり頃からシンガーとして本格的に活動を始めています。 下記にリンクした動画は、そんなミリーの大ヒット曲「My Boy Lollipop」と、娘のJaelee Smallが公開中の「Home」のMV。50数年を隔てた二つの曲の間で、ミリーが幼いJaeleeと遊ぶ80年代の貴重なプライベート映像とインタビューが観られます。

また下記リンクのMUSIC LIFEの記事を併せ読むと、おそらくこの記事中のインタビューが前出の映像ではないでしょうか。楽ではない暮らしのなかでも娘を慈しみ見守る彼女の、毅然とした表情が印象的です。

さらにほかの記事や関連ブログなどを読んでいくと、ミリーはその後は大きなヒットに恵まれず、「My Boy Lollipop」のロイヤルティを彼女は受け取れなかったということ。また、シングルマザーとして困窮生活の中で娘を育てた時期がありました。今年おなじく亡くなったアストラッド・ジルベルト(彼女も「イパネマの娘」の大ヒットによる経済的恩恵をほとんど受けておらず、離婚後に辛苦を味わった)と重ね合わせ、ショービジネス界で成功したと思われる女性たちが、ビジネスを知り尽くした人々に搾取されていたことを考えると、哀しくて胸が塞がる思いです。

娘のJaelee Smallは、実力派のボーカリストとして、ロンドンで音楽活動をしており、定期的にクラブなどでライブにも出演中です。母親のミリー・スモールに捧げた「Months」という曲では、序盤、”5月に全てが終わった”という歌詞が出てきます(2020年5月にミリーは亡くなっています)。そこから徐々に歌声はよりエモーショナルになり、最愛の存在を喪った彼女の魂の再生がうたわれているように思えて涙が止まりません。ぜひ、お聴きになってください。 十代でスターとなった母親に比べると遅咲きのシンガーですが、これからの活躍を祈りたくなりますね。

Instagramで彼女のアカウントを見つけ、応援のメッセージを送りました。私もミリーの曲が大好きだったこと、同じ2020年に、ミリーとほぼ同年代の母親を亡くしたこと、それも相まって彼女の歌がとても心に染みたことを伝えました。たまたま運がよかったのか、彼女がそうしてファンひとりひとりに丁寧に対応されるお人柄なのでしょうか、返信をいただきました。私たちはどこにいてもこうして気持ちを送り合えますよ、という内容の、短いけれど心のこもったお返事。
彼女にとっては幾度となく繰り返された母親のファンとの小さなやりとりだったと思いますが、私にとってはBig hugにも匹敵するものでした。

コロナ禍の中で母親を見送り、おそらく歌うこともままならなかった彼女。でも、これからもっと道が拓けていくでしょう。いつかもう少し様々なことが落ち着いたら、ロンドンでJaelee Smallのライブを観られたら幸せだなと、そんなことを思いました。

追記
Jaeleeさんが今年、ミリーの誕生日に旧Twitterで紹介した「Beautiful Day」の動画。2年前にシェアされてファンの目に届くようになりました。(Jaeleeはインディペンデントで活動するアーティストのサポートもされているそう)
歳を重ねたミリーが音楽仲間に囲まれて、とてもハッピーな表情で歌っているものです。それをいま観て、とても嬉しくなりました。


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