だいじょーぶ

Yoricoさま

思えばカナダでYoricoさんがハリウッド制作のドラマ『SHOGUN』の撮影真っ最中に始まった、往復書簡のようなやりとり。昨年は、なかなかお返事を書けぬまま時間だけが過ぎてしまいました。読み返すと、あれからほんとうにいろんなことがあったのですね。そしてお互いになんとか元気を取り戻しつつ、ついに今月は『SHOGUN』が全世界配信される運びに。本当におめでとうございます。
Yoricoさんは真田広之さん演じる将軍の奥方(桐の方)役とのこと。公開された凛々しい表情に、どんな役柄なのだろうと興味津々です。

時々ふと思うのですが、Yoricoさんは私にとって本当に不思議な存在です。確か高校生の頃に読み始めた雑誌「宝島」で、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の記事を三留まゆみさんのイラストレビュー付きで読んだことが、うっすらと記憶に残っています。私が実際にその映画を観たのはつい2年ほど前。『パイナップル ツアーズ』のほかは、ご活躍こそ知ってはいても、ほんとうにお恥ずかしいくらいに知識がなかったのです…。(相対性理論の「地獄先生」のナース役はすごい好きでしたが、なんとその監督が『白鍵と黒鍵の間に』と同じ冨永昌敬さんだったとは!)

Yoricoさんは遠い遠い人物でしたが、少しずつキャリアを知るうちに、私が憧れていた方々とお仕事をされてきたことに気づきました。挙げるときりがありません。
なによりも、演出家の久世光彦さんの作品に出演されただけではなく、久世さんがエッセイで洞口依子さんという存在について書いておられたこと。久世さんがこの世代の女優について書かれたのは洞口さんや小泉今日子さんしか思い浮かばないです。

そして、SNSで少しずつやりとりを始めた頃ぐっと関心を持ったのは、那覇の古書市で買った伊波普猷の講演録「沖縄よ何處へ」復刻版と同じ小冊子を、Yoricoさんが手にしているお写真でした。また、外間守善さんの「沖縄の食文化」を紹介しておられたり、映画『ハクソー・リッジ』と外間守善さんについて書いておられたり。私もちょうどその頃に外間守善さんについて関心を持ち、細々と調べていたところだったのです。そしてYoricoさんが外間守善さんの『沖縄の食文化』について書いたことが、ちくま学芸文庫として再刊されるきっかけとなったことにも、うわーと感心したのでした。

もしかして理解してもらえるのではないかと、外間守善さんが1960年代の終わりごろに宮古島の狩俣で神歌調査をしていたときに先導役となった最高神女の平良マツさんのことも話しました。するとYoricoさんも彼女の名前を知っておられて、やがてはYoricoさんが、マツさんの娘さんや、外間さんとともに当時調査を行った新里幸昭先生(現在も現役で執筆活動をされていらっしゃる)にまで辿り着くという凄さ。

…と、ここまでの二連は私のものすごい個人的な関心に基づくことがらで、おそらく殆どの方にはピンとこないかもしれません。その話題を共有できる―どころか、私が数年かかった懸案事項が、Yoricoさんによって、するりと叶ってしまった。それも、このタイミングで、出来得る最良の形で着地させてくださったというのは、鳥肌の立つような展開で、しびれました。

そして今年になって、YoricoさんがVIVA Strange BoutiqueオリジナルのPLASTICSのミントグリーンのトレーナーを着て、ふらっと国分寺のヒップなヴィンテージの古着屋さんアヌーシュカへ出かけられたこととか、高円寺にあったマニュアル・オブ・エラーズの話などをしたときは、ほんとに面白いなあと思いました(なぜかどちらも私が20代の頃一度だけ行って強烈な印象に残ったお店だったのです)。先ほどリンクを貼ったYoricoさんのnoteにあった吉祥寺は、ここしばらく上京のたびに私が通っている場所で、昨夏も井の頭公園を初めて会う方と散歩したりしたのでした。

ああ、そういえば昨年の初秋には、ふと立ち寄った雑貨屋さんで、私がジャケットイラストを描いたThe Carawayのクリスマスシングルを見つけたよ、とご連絡をいただきました。お話をきいていると、私のいる宮古島も、Yoricoさんのいらっしゃる東京の街も、角を曲がればひょっこり繋がっていたりして、なんて錯覚にもなるのです。

なんとなくこれからも、Yoricoさんがあちらこちらへお出かけになる「のら散歩」の様子を知りながら、なかなか動けない私は勉強ができますし、そんな中から、とてもニッチでコアな話題でまた盛り上がれそうな気がします。

私は相変わらず冴えない毎日で、いろんなことで板挟みになりながら辛いことも多々ありますが、東京と宮古島、時々往復書簡で心を行き来させながら、また何か面白いことができたら、きっと、だいじょーぶ。
そんなふうに勇気がわいてくるのです。

そして泣きそうな誰かがいたら、私も「大丈夫よー」と声をかけられるように歳を重ねてゆきたいです。

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