店長がビアンキの理由

初めて買ったビアンキは、クロモリのホリゾンタルのロードレーサーだ。もちろん、数十年前の遠い昔の話。でも、納車されたときのあのどきどきする気持ちは何だろう。今でも覚えている。箱を開けたときにこれから組むこのフレームをどうだと披露したかった。まだ半人前だったから、恐る恐る組立しちょっと気恥ずかしかったが、完成したビアンキをお店の前に置くのがとても嬉し恥ずかしかった。なんだか一人前の自転車屋になった気がして照れ臭かったんだと思う。

 先代は、何も言わずこのビアンキをおろしてくれた。(給与からは引かれたけど)本人は、片倉シルク号が好きで乗っていたらしいが、数々の伝説は、当時のチームメンバーから聞かされた話だけで、一緒に走ったことはない。そう思ったときには、すでにいなかったし、これまた何も言わずに木箱に入った歯数組み合わせ表や、クランクやらBBやリムやらスポークなどを残していってくれて、打ちのめされ、途方にくれた。

大事なことは何も言わずに急に表舞台から去って行ってしまった。

 当時は、ビアンキなんて誰も知らない。ましてや今みたいな価格で簡単に手の届くようなものでもない。

携帯もない、スマホもない、インターネットもない。

だけど、ビアンキが必要だった。どうしても、ビアンキに乗りたかったし、売りたかった。

イタリアには、ビアンキショップが、当時からあった。ずらっとロードレーサーが所狭しと並べられていてチェレステカラーが光っていた。いかにビアンキのフレームが素晴らしいかを、早口でまくし立てているイタリア親父がいる店があった。それがニローネ通りだった。

 そのクロモリのロードレーサーに乗ると自由になれた。いつまでもどこまでも走れる気がした。先代の想いが感じられた。

チェレステのフレームに滴り落ちる汗が光っていた。今では、スカンジウムに乗り換えて、峠を攻めているけれど、やっぱりチェレステで同じだ。

大した理由なんてないんだ。自転車をはじめたときのあの初々しい感情に、いつまでも訣別できないでいるからなんだと思う。たぶん、きっとそうだ。

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Hiroshi Kobayashi

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