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僕が僕であるために

どうもどうも。テトラサイクリンです。

少しお久しぶりのnoteとなってしまった。私がnoteをサボっている間だけでもボクシング界ではいろいろなことがあった。1番はやはり、ジャーボンテイ・デービス vs ライアン・ガルシア、スティーブン・フルトン vs 井上尚弥の正式決定だろう。加えて先日には、オレクサンドル・ウシク vs タイソン・フューリーのヘビー級4団体統一戦が正式決定間近との報道まで出るなど、現在ボクシング界は空前のビッグマッチラッシュに湧き立っている。それらについても追々記事にしたいと思っているが、今回はひとまず、昨日に行われた世界スーパーウェルター級暫定王座決定戦、ティム・ズー(オーストラリア) vs トニー・ハリソン(アメリカ)について書く。

結果は、WBO同級1位のティム・ズーが、9回TKO勝ちで元同級王者のトニー・ハリソンを下し、暫定ながら遂に悲願の世界のベルトを巻くことに成功した。
ティム・ズーのことは、ティム・ジューやティム・チューという呼び方のほうがしっくり来るという方も多いかもしれないが、ここでは海外のリングコールに合わせてズーとさせていただく。

元世界スーパーライト級3団体統一王者、コスタヤ・ズーの息子である彼は、偉大なる名王者を父に持つ2世ボクサーとしてデビュー当初から大きな注目を集めた。現役時代のコスタヤと見比べると、まるで双子かと見まがうほど父と瓜二つのその容姿を見れば、コスタヤファンであった方々はもはや応援せずにはいられないのではないだろうか。私は彼の現役時代を知らないため、今のティムの快進撃にコスタヤの姿を重ねることが出来ないのは少し残念だ。

そんな二世ボクサーという肩書きもあり、まだプロスペクトとして世界に名を売っている段階から、地元オーストラリアではスター的な人気を誇り、国内No.1ホープとして未来を嘱望され続けてきた。その人気ぶりはとてつもなく、コロナ禍の興行でも地元オーストラリアの会場をほぼ埋め尽くしてしまったほどだ。
だが当の本人はと言うと、父の威光を嫌い、自分は自分、コスタヤ・ズーの息子ではなく、あくまでもティム・ズーという一ボクサーなのだと強調し続けてきた。
「別に親父の名前のおかげでチケットが売れているわけじゃない。俺は俺だ。俺の名前は息子じゃなくてティムだ」

実際、ティム本人も父にボクシングの教えを受けたということはなく、これまでも父とは離れてトレーニングに励んできたそうだ。だが、そんな本人の思いとは裏腹に(?)、容姿だけでなく、彼のスタイルもしっかり父親に似てしまっている。それもそのはずで、かつて父コスタヤをチームメートとして支えていたメンバーが、今も"チーム・ズー"として息子であるティムとチームを組んでいるというのだ。しかもトレーナーに至っては祖父のボリスが努めているそうだ。(少し前の情報なので、今は違っていたら申し訳ない。)
本人の意志かどうかは分からないが、それなら父親に似ちゃうのも当然なんじゃ…?とツッコミたくなる気持ちはまあ置いておくとしよう。

そんな彼のスタイルはと言うと、アップライトな構えからジワジワとプレッシャーをかけ、ロープ際に追い詰めて強力な右で仕留めるというもの。いわゆる米国プロスペクトのようなスリックさはないし、見る人によっては棒立ちにも見えるような構えなのだが、彼のボクシングをしっかり見れば、それが堅実な技術に裏打ちされたものであることがよく分かる。
右ストレートに父ほどの一撃必殺感があるわけではないが、その分アッパーやボディなども巧みに使いながらKOを量産する。特に右アッパーは威力抜群で、過去に何度もフィニッシュブローにしてきた得意パンチだ。身長175cm前後と決して大柄な方ではないにも関わらず、その際立ったパワーと肉体の強さは、やはり屈指のパワーヒッターだった父親譲りなのだろうと思わずにはいられない。

かつてはまだぎこちなさも見られたそのスタイルだが、ここに来ていよいよ完成形に近づいてきた感がある。ハリソン戦はまさにそう感じさせるには十分な内容だった。
内容を振り返る前に、まずこの試合が決まった背景からおさらいしよう。ティム・ズーはこの試合前にはWBO1位にランクインしており、現4団体統一王者のジャーメル・チャーロの指名挑戦者の1人となっていた。現に、2月には一旦チャーロとの4冠戦が正式決定していたのだが、チャーロの怪我によってそれが延期となってしまった。そこで今回組まれたのが元王者ハリソンとの暫定王座決定戦だったというわけである。

チャーロと1勝1敗の実力者ハリソンは、あの名王者トーマス・ハーンズを輩出したミシガン州デトロイト出身のテクニシャン。典型的な黒人系アウトボクサーにカテゴライズされる選手だ。その技術は間違いなく階級トップクラスであり、元2団体統一王者のジャレット・ハードとも、倒されるまでは互角に近い攻防を繰り広げていた。しかし、スタミナ難と打たれ脆さという弱点があり、ハード戦もチャーロとの再戦も、いずれも優れたスキルを披露しながらも最後は派手に倒されてしまった。
とはいえ、せっかくチャーロとの4団体統一戦が目前に迫るズーにとっては、このタイミングで戦うにしては非常にリスクのある相手であり、虎の子の指名挑戦権を含め、一戦で全てを奪われる可能性も低くはない強敵だった。前戦、同じくテクニシャンのアウトボクサー、テレル・ゲシェイ(アメリカ)にダウンを奪われ苦戦を強いられていたこともあり、海外ではハリソンの勝利を予想する声も少なくはなかった。

だが、蓋を開けてみれば結果はズーの完勝。KOラウンドまでのスコアは3者とも77-75と競ってはいたが、全体を通して見ればスコア以上の大差に見えた。ハリソンは下がりながら得意のジャブを時折クリーンヒットさせる以外はほぼ何もさせてもらえず、ただただズーの強さが際立つ試合内容だった。ゲシェイ戦での苦戦によって実力を疑問視する声もちらほら上がり始めていた中、そんな声を自ら実力で黙らせたのは見事というほかあるまい。
実は私もKO出来なければハリソンが判定勝ちするのではないか、、と予想していたため、ポイントでもズーがリードした状態で決着を見るという結末には、正直驚かされた。

ハリソンの鋭いジャブに対して、ディフェンスは敢えて最小限のパーリングやスウェー程度に留め、基本的には無視して重厚なプレッシャーで下がらせる。ズーがプレッシャーを掛けてくることはハリソンももちろん想定内だっただろうが、自分のジャブであそこまで前進を止められなかったのはやや誤算だったかもしれない。Twitter上でもちらほら言われている方を見かけたが、この試合のズーは、父コスタヤというより、あのゲンナディ・ゴロフキンを彷彿とさせたような印象がある。
ガードを高く上げながらジリジリとにじり寄り、常に自分の強打の射程圏内に相手を捉え続ける。決してスピーディーではないものの、リングが狭く感じてしまうほどのプレスは、相手からするとまるで前から壁が迫ってくるかのような圧迫感があるのではなかろうか。むやみに手を出さずに、我慢強くプレスを掛け続けたのも高いヒット&アウェイ技術を有するハリソンには効果的だったように見えた。

さらに今回は、いつにも増してハンドスピードも速く、ハリソンの鋭いジャブに対してもしっかり強打のカウンターを返すことが出来ていた。自分のパワーとフィジカルという武器をしっかり理解した、プレッシャーファイターの理想的な立ち回りだったと感じた。途中からはボディブローも交えて少しずつハリソンを削りながら、ハリソンがサイドへ動こうとすればすかさず左フックを振るってそれを遮断。テオフィモ・ロペスが、ワシル・ロマチェンコのサイドステップを封じるべく左フックを引っ掛けるという作戦を使っていたが、今回のズーのフックもハリソンに気持ちよくサークリングさせない為に一役買っていたと思う。
そして最後は、効いてグロッキーになりながら必死にダウンを拒むハリソンに対して、代名詞の右アッパーを数発、豪快なフルスイングで叩き込んでフィニッシュしてみせた。

中重量級の層が厚く、スーパーウェルター周辺にも数々の強豪ひしめくオーストラリアだけに、ズーはこれまで同胞のライバルたちを順番に退けるという方法で一歩ずつ着実にステップアップしてきた。だが反面、他の同階級のプロスペクトたちに比べると、そのレジュメがやや派手さに欠けるものであったのも事実だ。デニス・ホーガン(アイルランド)や井上岳志といった世界挑戦経験を持つ実力者こそしっかり圧倒したものの、今までに勝った世界王者経験者はと言うと、1階級下のウェルター級元王者のジェフ・ホーン(オーストラリア)のみ。その点、今回階級トップの一角である元同級王者のハリソンをレジュメに加えられたというのは、彼にとって非常に大きいと言って良い。
これで次戦はいよいよジャーメル・チャーロとの対戦が濃厚だ。ハリソンに1度敗れ、その強さを身をもって知るチャーロ。SHOWTIMEのスタジオで自らこの試合の解説を務めた彼も、今回のズーのパフォーマンスには少なからず刺激を受けたに違いない。階級屈指の強打者同士のスリリングな攻防は必見だ。

4本のベルトは、殿堂入りを果たした父でさえ手にしていない。逃れられない血統の重圧に打ち勝ち、見事に掴んだ父親越えのチャンスだ。さあいざ最強の称号へ。
ティムがティムであるためにー。もうコスタヤの息子とは呼ばせない。


試合後、詰めかけた地元の大観衆が狂喜乱舞する中、悲願のベルトを手にした無敗のサラブレッドはこう叫んだ。
「俺の名前は何か言ってみやがれ!!」

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