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『リッパー・ストリート』シリーズ1 (2012)   貧困、人口過密、病気、犯罪で悪名高い最悪のスラム「ホワイトチャペル」を舞台としたミステリー

ヴィクトリア朝末期の「イーストエンド・オブ・ロンドン」「ホワイトチャペル」に興味のある人にはたまらないTVシリーズ。
1888年8月から11月にかけて発生した一連のバラバラ殺人、いわゆる切り裂きジャック事件から半年、新たな他殺体が発見される。同一犯によるものなのか模倣犯なのか…?ちなみにシャーロック・ホームズ・シリーズの最初の作品『緋色の研究』が発表されたのが1987年。1988年はホームズがアイリーン・アドラーから写真を奪い返そうとして失敗していた頃である。
エドムンド・リードは実在した人物。劇中ではリーマン・ストリートの警察署長的立場に描かれているが、史実では警察署の刑事課長といった感じに近いだろう。本作品ではリードは知的な男として描かれているが、実際にはかなりの冒険野郎だったらしく、300メートル上空からパラシュート降下したとか、気球で数々の世界記録を打ち立てたという伝説がある。『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』(2019)は1862年のイギリス人による気球の最高高度到達記録の物語であったが、あちらはガス気球、リードは熱気球だったようだ。アバーライン警部も実在した人物で、日本でいうと警視庁捜査一課の係長といったところと考えれば分かりやすいだろう。
リーマン・ストリートの警察署は1960年代に建て替えられたものの、数年前まで当時と同じ場所に存在していたようだ。またパブ「ザ・ブラウン・ベア」は当時の建物のまま現存しており営業を続けている。撮影の多くはアイルランドで行われたということで、古いバラック(兵舎)の廃墟を利用してオープンセットを組んだようだ。
貧困、人口過密、病気、犯罪の代名詞でもあったイーストエンド、中でもホワイトチャペルは最悪のスラムであった。有名な「エレファント・マン」はホワイトチャペルの見世物小屋で見世物にされていた(本先品の設定である1889年には既にロンドン病院に収容されていた)。皮肉なことに、ドイツによる爆撃とV1飛行爆弾およびV2ロケットによる攻撃で被害を受けたことにより、やっとホワイトチャペルの悪評は消えていくことになったという。
第3シリーズは製作されないという噂が流れたことがあったが、Amazon Videoが出資することで、第5シリーズまで製作された。実際、第2シリーズの数字もそれほど悪くなく、第3シリーズから数字が上がったわけでもないのに第5シリーズまで継続されたのだから、視聴者数より予算の都合だったのだろう。第2シリーズまでの暴力や性的描写などの猥雑さに批判があったためとも言われている。第3-5シリーズは英BBCと米プライム・ヴィデオでも配信された。また日本のプライム・ヴィデオでは第一シリーズから無料で視聴できるので、米AmazonとBBCの契約とは別の、日本の配給元によるものだろう。

主演のマシュー・マクファディンは割と裕福な家庭の出で、RADA(イギリス王立演劇学校)で演劇を学んでいる。サウス・イースト・ロンドン出身のジェローム・フリン演じるドレイク刑事のロウアー・ミドル・クラスの英語との対比が面白い。Eighteen Eighty-Eightをアイティーンアイティーアイトと発音しているが、これはおそらく演技だろう。

最近では、むしろ悪者として描かれることが多いピンカートン探偵社。19世紀後半から20世紀初頭、アメリカの実業家たちは組合員の監視するスパイやスト破りのためにピンカートン探偵社を雇っていた。というか、元々そういう仕事を請け負うために創立したと言っても良い。労働運動の敵という意味では悪者だろう。シークレット・サーヴィス(1865年創立)、FBI(1908年創立)より以前、1850年代設立のピンカートン探偵社は司法省(1870年創立)から1871年に連邦法違反の発見と起訴を請け負っている。またシークレット・サーヴィスの創立にもピンカートン探偵社が関わっていると言われている。ピンカートンは今でいうPMC(民間軍事会社)的な性格も強く、現在でも合衆国エネルギー省から原子力施設の警備業務を請け負うほどだ。また、設立者のアラン・ピンカートンはフリーメイスンだったと私は考えている。

ロボトミー手術が始まったのは早くても1930年代で、この時代には無かった。まあ当時の精神病院で非人間的で残忍な治療法が用いられていただろうことは想像に難くないので、その象徴ということだろうし、『フロム・ヘル』や『エンジェル ウォーズ』のオマージュであるのかもしれない。

ヴィクトリア朝末期を舞台としながら、格差、フェイク・ニュース、帰還兵問題、出会い系、人身売買といった現在と変わらないテーマが描かれていく秀作ミステリー。

2020年1月17日に日本でレビュー済み
形式: Prime Video



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