『21世紀の資本』だけでは飽き足らないあなたへ……ピケティだけじゃない!"最高"の経済学論文

――『21世紀の資本』を著したフランスの経済学者、トマ・ピケティが話題だ。2013年に発表された同書は昨年末ついに日本語版も発売され、経済専門書としては異例の10万部超のベストセラーに。では、ピケティの業績の何を評価すべきなのか?そして世界的に混迷を極める経済状況を理解するために読むに値する経済専門書を同書以外に挙げるなら何があるのか?経済学の専門家たちに話を聞いた。

2014年12月末にみすず書房より発売された、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』。全728ページ、厚さにして4.5センチという大著であるが、売れに売れている。

 フランスの経済学者、トマ・ピケティの著作『21世紀の資本』(原題『Le Capital au XXIe siecle』)が、世界中で大きなセンセーションを巻き起こしている。昨年4月に公刊された英語版『Capital in the Twenty-First Century』は、分厚い学術書にもかかわらず、累計100万部を突破、昨年末にみすず書房から発売された日本語版も、全728ページ、税込み5940円という専門書であるにもかかわらず、発売からひと月ほどしかたっていない今年1月現在でも13万部を超える売り上げを記録し、これにあやかるかのように、『日本人のためのピケティ入門』(東洋経済新報社)や『21世紀の資本主義を読み解く』(宝島社)など、雑誌の特集記事のみならず各種関連本も続々出版。さらに1月29日にはピケティ自身が来日し、3つのシンポジウムに参加しながらテレビや雑誌などの取材にも対応、やれ「ピケティ氏がアベノミクスを批判」だの「『資産家に高い税金を』ピケティ氏が持論を展開」だのとその発言がニュース記事の見出しに踊り、ここ日本においてもさながら一大フィーバーの様相を呈しているのである。

 1971年生まれ、現在43歳という若き経済学者であるピケティ。22歳でフランスの社会科学高等研究院とイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学博士号を取得。その後、アメリカのマサチューセッツ工科大学経済学部で教鞭を執ったのちフランスに帰国し、パリ経済学校の設立準備に尽力しながら同校の初代代表を務めるなど、エリート経済学者として輝かしい経歴を誇っている。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンなど、"スター経済学者"とでもいうべき学者はこれまでにも数多く存在した。しかし、ピケティの『21世紀の資本』がこれほどまでに大きなインパクトをもって世界に受け入れられたのは、それがむしろ「現在の経済学の主流からすれば大きく外れているからではないか」と、明治大学政治経済学部准教授・飯田泰之氏は語る。

「『21世紀の資本』が面白いのは、現在主流の経済学論文とはスタイルがまったく異なるという点です。その論証を通じて、現在における狭い意味での経済学研究ではダメなのではないかということを、結果としてピケティは示唆している。最近の経済学は通常、個別のエージェント──企業や個人──は常に利益を最大化すべく動いているという前提のもとに理論モデルを組み、そのモデルが予想する結果が実際に成り立っているかどうかをはじき出し、そのパフォーマンス──その予想がどれくらい当たっていたか──をリサーチするというもの。例えば現在のマクロ経済学の基本はニューケインジアンDSGEモデルと呼ばれるものです。代表的な論文はクリスティアーノ、アイケンバウム&エバンスという3人の学者の名前を冠したモデルでしょう。その他の研究も、その多くは彼らの基礎モデルに何を足して何を引くか、といった程度のものともいえる。つまり、不動産だけに絞って細かく分析してみたり、行動経済学の要素を足してみたり、といったような具合にです。しかしピケティのやり方はそれとはまったく違う。彼のやり方は、いわば歴史学とか社会学に近い部分もあって、過去の膨大なデータを虚心坦懐に眺め、そこからある傾向性を見つけるということに重きを置いているんです」(飯田氏)

 18世紀から21世紀初頭における各国の膨大な税務データを調べ上げ、それを分析することによって資本主義に内在する傾向法則を見出すこと。それがピケティの『21世紀の資本』の主な内容であり、そのひとつの結論が、同書の"売り文句"にもなっている「r>g」(資本収益率>経済成長率)──つまり資本主義における"格差"の拡大である。ピケティは、膨大な租税資料を分析しながら、世界恐慌や2つの世界大戦の時期の混乱期を例外として、資本の集中と経済的不平等──富める者はますます富んでいくという現象──がどの国においても常に進行していることを示してみせたのである。

 とはいえ、ピケティがここまで大きく取り上げられた理由としては、"格差"に対する世界的な意識の高まりのほか、マクロ経済学における"ある問題"が、その背景にあったのではないかと飯田氏は指摘する。

「先述したマクロ経済学のモデルは、08年のリーマン・ショック以降、その意義を大きく疑われるようになりました。なぜならそれらの理論モデルは、個々の景気循環や政策の効果を考える際には有効なのですが、たまに起こる大きな"断層"や長期的な傾向性については予想も説明もできないんですね。つまりクリスティアーノたちのモデルというのは、経済の運動にはあるトレンドがあって、いろいろなショックによってそこにズレが生じても、最終的にはそのズレは修正され、トレンドまわりに戻っていくという考え方なんです。ところが、本当に経済学が必要になるような局面における大きなショック──例えば、バブル崩壊やリーマン・ショックといった事象の場合、それ自体がトレンドを変えてしまうので予想ができないし、後になって『実はこんなトレンドがあったのだ』と言い張っても、それは単なる"後出しジャンケン"に過ぎないのではないかという批判を生む。そうやって現在のマクロ経済学が揺らいでいるところに颯爽と登場したのがピケティだったのです」(飯田氏)

 こうしている間にも、続々とニュースが報じられ、関連出版物がリリースされ続けている"ピケティ現象"。そこで本特集では、飯田氏をはじめ現代の経済学に明るい識者にご登場いただき、ピケティの研究の意義について解説していただくと共に、この"ピケティ・フィーバー"の今だからこそ読んでおきたいピケティ以外の経済論文や関連書籍についても、自由に語ってもらった。

(文/麦倉正樹)

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