“日経平均3万円”“日本経済崩壊”のトンデモ論――経済予測記事はなぜハズれるのか?

――例年、年末年始になると、あらゆるメディアで新年の予測記事が乱発される。なかでも経済誌では「経済予測2017」などと表紙にぶち上げ、株価や各業界の動向を特集している。だが、これらは本当に当たっているのだろうか? ここでは過去に発売された各誌の予測を振り返るとともに、経済評論家の分析や記事制作の舞台裏を見ていきたい。

年末年始になると、「徹底予想」「総予想」を表紙に謳う経済誌が、コンビニ、書店で所狭しと並ぶ。

『業績拡大で2万4000円台も』(「2016総予測」週刊ダイヤモンド15年12月26日・16年1月2日新年合併号)、『東京オリンピックに向けて上がっていく(略)3万円台も見えてくる』(「マンガ版2016総予測」プレジデント ネクスト16年1月15日号別冊)

 これは1年前に発売された経済誌の予測記事だ。年末年始にかけて、毎年恒例のように経済メディアは日経平均株価などの予想を特集している。そして、ことごとく外す。現実の日経平均株価を見れば、1年前の15年12月末は1万9000円台。16年12月末の1万9400円台とほぼ変わらない水準で、16年は2万円の壁を超えることができなかった──。本特集では、“予測するだけしておいて、その結果を検証しようとしない”経済系メディアの予測特集を(おせっかいながらも)検証してみたい。

 さて一体、なぜこうも経済系メディアの予測記事は外れるのだろうか?

「株価に関しては、日米の金利差などから為替レートの予想をして、為替レートと相関関係にあるとされる株価を導き出すにすぎません。1ドル105円ならば、日経平均は1万6000円台、115円ならば1万9000円台といった具合です。ただし、新年号はご祝儀予想の面が強く、編集部もポジティブなコメントをくれる識者を中心に選んでいます。一昨年では15年11月の取材時点での見通しを語っているにすぎず、特にその翌16年は、2月の日本銀行のマイナス金利の導入から6月の英国のEU離脱問題、11月の米大統領選でのトランプ氏当選など、予想外の動きもありましたから、当たるはずもないのです」(経済誌記者)

 例えば16年の予測でもっとも極端だったのは、「プレジデント ネクスト」(プレジデント社)の日経平均3万円としていた大和住銀投信投資顧問経済調査部部長・門司総一郎氏だが、毎年のように強気だ。自身のレポート「10サプライズ」では、15年の予想は2万8000円(現実は最高値2万0952円)、16年の予想は2万5000円(同1万9592円)といった格好である。

「ほかにも強気予想の識者でいえば、元ドイツ証券で武者リサーチ代表の武者陵司氏、ワカバヤシ エフエックス アソシエイツの若林栄四氏といったところでしょう。彼らのコメントが取れれば、“この手”の予想記事は完成です」(同)

 日経平均に関しては煽情的な記事が目立つ「週刊現代」が13年3月、「アベノミクス相場で日経平均は4万円に!」という論調をとったことがあったが、識者は武者氏。さらに『日経平均6万3000円まで見えた!』という記事では16年から日本経済がポジティブに変わり、2030年には日経平均6万3000円が射程に入るという持論の若林氏が識者だった。

「それとは逆に、ネガティブな予想が欲しい場合には、『1ドル50円 日経平均1万円割れ』が持論の同志社大学大学院ビジネス研究科の浜矩子氏、あるいはアベノミクス批判の慶應義塾大学経済学部の金子勝氏にコメントをもらうのです。最近、アベノミクス叩きに転じた『週刊現代』は浜氏を重用しています(笑)。経済系週刊誌は『週刊現代』ほど露骨ではないにせよ、系列のマネー誌には株式売買の手数料で利益を得る各証券会社の広告が入るため、好意的な株価予測になるのはわからなくもない。そのほか、国債をテーマにした場合、暴落・財政破綻予想をしてほしいときには衆議院議員の藤巻健史氏に。財政の健全予想をしてほしい場合は嘉悦大学の高橋洋一氏にオファーをするというのがパターンです」(同)

トランプ当選を的中!! 大穴狙いのみずほ総研

 一方、意外な予想が的中したケースもある。トランプ氏の大統領選勝利を的中させたみずほ総研だ。同研究所が発表した「とんでも予想2016」の第1項目に『米国大統領選挙で不動産王のトランプ氏当選』を掲げていたのである。“とんでも”と銘打ってはいるものの、15年12月段階でトランプ氏勝利を予想した有識者や大手メディア、研究所はほぼ皆無であり、局地的な注目を浴びた。

 同様にアメリカでもトランプ当選を的中させたのが、映画監督のマイケル・ムーア氏だ。ムーアは7月末の段階で、『ドナルド・トランプが大統領になる5つの理由を教えよう』というコラムとともに、トランプ候補をめぐるドキュメンタリー『Michael Moore in TrumpLand』を発表。その根拠として、「中西部の票読み」「怒れる白人、最後の抵抗」「ヒラリー問題」などを挙げているが、彼自身、ラストベルト(錆びついた工業地帯)中西部(ミシガン州)の出身であり、独自の取材ルートが奏功したとされる。

 では、みずほ総研の「とんでも予想2016」は、なぜトランプ氏の当選を的中できたのか? そもそもこの手の予測は大きく分けて2種類ある。「確率の高い予測」と「確率が低い予測」だ。前者は、エコノミストやアナリストたちの取材と経験に基づくもので、いうなれば選挙報道による当確予測の類。ただし、取材先が偏っていれば大ハズレにもなり得る。このため、米大統領選でいえば、大手メディアがことごとく外すことになり、中西部の有権者に近いムーアが的中することができた。

 一方、後者は、可能性はそれほどではないが、仮に実現した場合、政治や経済に大きな影響を与えかねないと警鐘を鳴らすタイプのもので、「とんでも予想」もこれに該当する。トランプ氏勝利という予測も「(その結果)世界的な規模で地政学的な不安が増大。各地で非常事態宣言が出される状況に」なるとしている。

 例えば、「とんでも予想2016」の2位以下を見ると、「2.準備不足でリオ五輪が開催できず。ルセフ大統領が罷免されレアル暴落(現実はルセフ大統領は罷免されたものの、五輪は開催され、暴落も起きていない)」「3.日本(あるいは日米両国)がアジアインフラ投資銀行(AIIB)への加盟を決定。(略)アジア等におけるインフラ投資の動きが活発化(現実はハズレ)」とある。また、「日経平均株価は1991年以来25年ぶりに2万5000円台に(現実はハズレ)」といった具合に、「大穴狙い」の予測を繰り出しているように思える。

 つまり、市場への影響が大きい逆張り予測であり、事実、みずほ総研も朝日新聞社に「常識にとらわれない発想で考えている」とコメントを寄せている。

 16年の株価3万円を予測した、大和住銀投信投資顧問経済調査部「10サプライズ」もみずほ総研と似ている。「10サプライズ」では日経平均をハズしたものの、英国のEU離脱を的中させている。

「こうした予想で世界的に有名なのは、米著名ストラテジストで、ウォール街のご意見番とされるバイロン・ウィーン氏による『びっくり(サプライズ)10大予想』。同氏が米モルガン・スタンレー在籍時の86年より始めたこの予想は、米買収ファンド大手ブラックストーン・グループのシニア・アドバイザーになってからも、毎年1月に発表され、世界中の投資家が注目しています」(大手紙記者)

 16年の予想でいえば、その上位は「1.米国大統領選にヒラリー・クリントンが勝利し、民主党が上院で過半数を獲得(現実はハズレ。ヒラリーは落選し、民主党上院も過半数割れ)」「2.米国の株式市場は下落の年(現実はハズレ。ダウ工業株30種とS&P総合500種が続伸して史上最高値を更新する)」「3.FRBは1回の利上げを実施するに留まる(実際は当たり。12月に1回利上げ)」などと予想している。

 なお、番外になっているが、「12.対ドル円レートは130円にまで下落、株式市場は日経平均2万2000円まで上昇!(実際はハズレ。120円まで下落、日経平均は1万9500円台)」という予想もしていた。

 ウィーン氏による「びっくり(サプライズ)10大予想」に倣った形で、日本では、みずほ総研が「とんでも予想」を、大和住銀投信投資顧問経済調査部が「10サプライズ」を発表することが年末の恒例行事になりつつある。こうしたサプライズ予想は外れたとしても目くじら立てず、日本や世界経済へ目を向けるきっかけになると思えばいいのかもしれない。

経済誌記者が戦々恐々 “悪魔の預言書”とは?

 ここで17年の予想を見ていこう。ウィーン氏による「びっくり10大予想」は1月に発表されるが……。

 みずほ総研の「とんでも予想2017年」では「1.アベノミクスがトランプノミクスを採用し、大型減税を断行。カジノ法案成立を受け、インバウンド観光の目玉策として、超豪華5つ星『トランプ・ホテル』を誘致」「2.トランプノミクスへの過剰な期待から米国で資産バブルが発生。グレート・ローテーション期待でダウ平均株価は2万3000ドル台、米長期金利は3・5%超の水準に上昇。一転してTPPも批准」「3.経済的利益から米国が中国に接近。日米両国がAIIBに加わり、米国で中国製新幹線が導入される」といったものだ(日経平均株価の予想はされていない)。ポジティブな予想もあるが、「ユーロ崩壊」「新興国経済急減速」「北朝鮮からの難民が日中韓に」「食料不足が深刻化、食料価格が急騰」といった“悪魔の予言”も含まれている。

 次に、「2017年の10サプライズ」。上位には「1.トランプ政権は迷走、米政治は機能不全に陥るも米国株は上昇」「2.雇用逼迫と財政出動で世界的に成長とインフレが加速」「3.米抜きでもTPP、安倍首相のリーダーシップが評価され、日経平均は2万3000円に」と予想する。なお、解説文では日経平均株価の予想につき、「前回、前々回のサプライズでは日経平均の目標を高めに置いて届かなかったため、今回は2万3000円と控えめにしました」としているところ、そして、「9.祝! ノーベル賞、 村上春樹氏の受賞で関連株が買われる」にも注目しておきたい。

 では、経済メディアの予測はどうか。「円安受け2万3000円予想も」(週刊ダイヤモンド16年12月31日・17年1月7日新年合併号)「17年末に2万1000~2000円も」(週刊エコノミスト16年12月27日号)と、ほぼ16年予想とそう変わらない予想が続く。

 一方、「日本株は大復活する」というのは日経ビジネス「総力特集 徹底予測2017」だ。「No.1経済誌が2017年を予測」というフレコミだが、「2017年から日経平均株価は上昇に転じる」「2030年にかけて最高値(3万8957円)超えは確実」という前出・若林栄四氏の声を紹介している。

「なお、毎年末に刊行されていた高橋乗宣氏と浜矩子氏の対談本(東洋経済新報社刊)が出版されなかったことは、経済記者の間でも衝撃と受け止められています。近年の同書タイトルを見れば、『2016年日本経済 複合危機襲来の年になる!』、『2015年日本経済 景気大失速の年になる!』、『2014年戦後最大級の経済危機がやって来る!』というようにネガティブ要素満載。さりとて、ここまで刊行できるのも、それだけの読者がいるからなのですが……。予想が出なかったのは08年以来で、同年はリーマンショックによる金融恐慌が日本経済を直撃した年。不吉なことがまた起きるのではないかと戦々恐々としています」(経済誌記者)

 さて、ここまでは経済メディアや研究所の予測を見てきたが、次項からは、それらの記事にコメントを求められる専門家や現場の記者の声に耳を傾けてみたい。彼らの言葉から、日本経済の“真の予測”は見えてくるだろうか?

(取材・文/小石川シンイチ)

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