警察に守ってもらえないから神頼み? 自分だけの“お守り”代わり!イレズミに見るヤクザたちの信仰

――自らの体をキャンバスにして豪快に描かれる“イレズミ”を見て、“ヤクザ”を連想する人は少なくないだろう。その絵柄の多くは、不動明王や天女をはじめ、神仏や神話上の生き物たち。そこには彼らなりの“信仰”が込められているのではないか……そんな仮説をもとに、イレズミの歴史をひも解いていこう。

イレズミの絵柄選びの参考に?イレズミ研究者が選ぶ“信仰的”絵柄4選

――実際に彫る絵柄の信仰上の意味をひも解くと何が見えるのか? 大貫氏に、その意味と併せて解説いただいた。

■不動明王の 化身は、ほりものの大定番
【龍】

(様式)
天駆ける龍は、腰から上の「天」に描かれる。しかし、不動明王と一緒に描かれる際は、腰から下の「地」に描く。5本爪は皇帝の龍であるため、4本爪か3本爪で描かれる。

(解説)
「龍が好まれるのは、町火消しが水神を信仰していたことと深く関係する」(大貫氏)という。中国から伝来した龍は、日本の「蛇神」信仰と融合し、「水神」として民間信仰の対象となっていた。また、勝負事の神である不動明王の化身であるため、宵越しの金は持たない江戸っ子気質にも合致したのだろう。「ほりもののことを『倶利伽羅紋紋』とも言いますが、倶利伽羅とは不動明王が持つ剣のこと。つまり、龍と不動明王、倶利伽羅剣は同じ意味を指します。さらに、『龍門を経て龍になる』といわれる鯉も、龍に近い存在として扱われてきた。龍は広い意味を持つからこそ、多くの人の信仰の対象になっているのです」(同)。

■無敵の最強コンビは、百獣の王×百花の王
【唐獅子牡丹】

(様式)
唐獅子は牡丹に囲まれて安住できるため、両者は一体で描かれ、牡丹の下に唐獅子があるのが正しい様式。唐獅子は悪気を喰らうために咆哮し、霊力を秘める獅子毛が描かれる。

(解説)
唐獅子とは、世界各地で権力や幸運の象徴として信仰されているライオンのこと。「唐獅子は百獣の王、牡丹は百花の王といわれる存在です。しかし、能の『石橋』や歌舞伎の『獅子物』という演目にもなっている通り、百獣の王である唐獅子には、唯一、害虫という天敵がいました。その害虫の弱点というのが、牡丹の花からしたたり落ちる夜露だったんです。唐獅子は牡丹を味方につけることで、最強になれる」(大貫氏)。悪気を喰らう唐獅子は、まさに守護者というべき霊獣で、お正月の獅子舞が人の頭に噛みつく仕草は、悪気喰らいを表している。このため、「おめでたい存在」(同)としても信仰されているという。

■“元祖アウトロー”反逆の英雄たちを味方に
【水滸伝の豪傑たち】

(様式)
そのほとんどは、浮世絵師・歌川国芳の画集『通俗水滸伝豪傑百八人之壱個』を下絵とする。「天・地」のタブーはなく、登場人物が背中一面に、物語の情景とともに描かれる。

(解説)
『水滸伝』とは、中国・北宋時代末期に梁山泊に集まった英雄たちが、世の不正と戦う反逆の物語。江戸時代に浮世絵師・歌川国芳が出した錦絵がヒットし、当時からほりものの絵柄として人気があった。そこに登場する豪傑たちが好まれるのは、「反逆や反骨の物語に自らを沿わせたいという願望が背景にある」(大貫氏)という。白い肌に大蛇を彫った張順、9匹の龍を彫ったため九紋龍といわれる美丈夫の史進などは、ほりものを背負った人物を彫り込む「二重彫り」として人気が高い。虎を素手で退治した武松や怪力の魯智深なども好まれるとか。豪傑たちに自らを重ねるヤクザは少なくない?

■遠山の金さんのせい!?絶滅危惧種の桜吹雪
【桜】

(様式)
俗に「桜吹雪」といわれる桜を主題とした「桜散らし」や、龍などの主題に沿わせて構図のバランスを整える「場所塞ぎ」がある。これは牡丹や菊、蓮などの花にも共通する。

(解説)
遠山の金さんが「この桜吹雪、散らせるもんなら散らしてみろぃ!」の台詞とともに見せることで有名な桜散らし。「メジャーすぎるし、『金さんだ』と馬鹿にされる」(某暴力団組長)という理由で、実際に桜散らしを彫る人は少ないというが……。春に咲き誇る桜は平安時代以降生命の美しさと儚さの象徴として、多くの歌に詠まれてきました。また、すべてを捧げる、恋に命を散らすという女性の生き方を直接的に表現できるだけでなく、男性の潔く散りゆく姿とも重なります」(大貫氏)。日本人的な感性を表現する花だからこそ、その決意を示す際にはぴったりの絵柄なのだ。

(絵/藤本康生)

 ヤクザ特有のしきたりや作法、行事といえば、断指や親子盃をはじめ、いくつかイメージできるのではないだろうか。中でも、誰もが目にすることのできる特徴といえば、「イレズミ」【編註:本稿では、刑罰としての「入墨」や、谷崎潤一郎の小説の題名から広まった「刺青」ではなく、皮膚に墨を入れる行為の総称として「イレズミ」と表記する】だ。

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