dマガジンが雑誌に与えた衝撃!ドコモ担当者の声で読み解く「雑誌の未来」

──下落が続く雑誌業界で、唯一といっていい光明が「雑誌読み放題サービス」の好調さだ。中でも圧倒的な数字を残しているのが、NTTドコモが提供するdマガジン。今や「紙よりも読まれている」「年間で億を超える売上がある」という雑誌も出てきているサービスの全貌と展望とは?

NTTドコモ コンシューマビジネス推進部の伊藤元基氏。

月額400円で、200誌以上の雑誌の最新号が読み放題──。

 知っている人にはおなじみの存在で、知らない人には驚きだろうが、これが雑誌読み放題サービス「dマガジン」の概要だ。提供はNTTドコモ。契約者数は363万人という巨大な規模となっている(2017年3月時点)。

 今や出版社にも大きな売り上げをもたらしているこのサービスは、どのような狙いでスタートし、どんな仕組みで運営されているのか。NTTドコモでdマガジンの運営を担当する伊藤元基氏(コンシューマビジネス推進部 デジタルコンテンツサービス 書籍ビジネス担当課長)へのインタビューをもとに、その全貌を明らかにしながら、出版業界に与えた影響も業界関係者の声も交えて探っていく。

 dマガジンのサービス開始は14年の6月20日。当時はすでに読み放題サービスとして、ソフトバンクの「ビューン」(10年6月〜)、KDDIの「ブックパス」(12年12月〜)などが存在していた。dマガジンはいわば後発だったわけだが、「対象を雑誌のみに特化した点」「サービス開始当初から72誌のラインナップを揃え、雑誌数でライバルを一気に抜き去った点」が新しかった。

「『コンビニや書店で立ち読みするような感覚で、雑誌に触れることのできるサービス』というのが開始当初からのコンセプトです。そのためラインナップについても、メジャーな雑誌をなるべく取り入れたいと考えていました。当時のdマガジンの担当者は、自分たちの足で出版社を回り、電子部門の担当者だけでなく、雑誌の編集長も説得し、ラインナップ充実に努めてきました」(伊藤氏)

 そしてdマガジンには小学館、講談社、KADOKAWAといった大手出版社の雑誌がサービス開始当初から参加。なおKADOKAWAとそのグループ企業のブックウォーカーは、新開発の雑誌専用ビューワーをdマガジンに提供。パートナー企業として現在も運営に参加している。

 無論、出版社からサービスについての理解を得るには相当な苦労をしたそうだ。

「当時は出版社側も、サブスクリプションサービスに対して、明確なポリシーを持っていない時期でした。また出版社側には、『読み放題サービスに参加したら雑誌が売れなくなるのではないか』という懸念も当然ありましたし、我々が目標として示していた『3年で100万ユーザー契約』という数字についても懐疑的な部分があったかと思います」(伊藤氏)

 なおサブスクリプションとは、コンテンツを購入するのではなく、一定期間利用し放題にする課金方式のこと。今やHulu、Netflixといった動画配信サービスや、Amazonプライムリーディングなどの電子書籍の配信サービスがおなじみだが、dマガジンの開始当初はまだなじみの薄いものだった。そしてドコモ側は、以下のような形で出版社を説得して回ったという。

「dマガジンでは、雑誌を立ち読みで済ませるようなライトユーザーを主なターゲットにしていました。そのため、立ち読みがリアルのチャネルから電子に移ったとしても、紙の売り上げへの影響は少ない、というのが我々の見立てでした。また、『しっかり雑誌を読みたい方や、コレクションの観点で買われている方は、立ち読みをした後に紙の雑誌を購入するはずです』ともお伝えしました」(伊藤氏)

 そしてスマホやタブレット、PCで気軽に雑誌が読めるdマガジンは、「雑誌から一時的に離れていらっしゃる方を呼び戻すきっかけになる」(伊藤氏)という見立てもあったそうだ。

ドコモdマガジンが会員数を増やせた理由

dマガジンのトップページ。

 そのようにして出版業界における新しい試みとして始まったdマガジン。3年後に目標を置いていた「100万ユーザー契約」という数字は、サービス開始から半年後の14年12月に早くも達成。16年3月には300万契約を突破した。

「我々の強みは、2400店舗のドコモショップのチャネルと、7500万強のドコモユーザーの会員規模。『気軽に雑誌を読みたい』という志向を持つ方々がサービスに加入しやすい環境を持っていたことが、会員数増加のひとつの要因だったと思います」(伊藤氏)

 会員数が増えれば、当然ながら収益は大きくなる。「dマガジンの登場で、出版社側は『電子がお金になる』という初めてに近い体験をしたんです」と話すのは、長年、出版業界をウォッチしている佐伯雄大氏だ。

「それまで出版社にとっての電子書籍は、『コミック以外はお金にならない』という認識のものでした。雑誌も電子の市場がなく、『電子版を作ったのはいいものの、どこでマネタイズすればいいのか?』という状況だったわけです。そんなときにdマガジンが登場したことで、年間で何千万円という利益をそこで出す雑誌も出てきた。20年ほどマイナス成長が続き、休刊も増えていた雑誌業界において、読み放題サービスはひとつの光明だったと思います」(佐伯氏)

 そして現在はdマガジンに参加する雑誌も200誌ほどまで増加した。なおdマガジンから雑誌側が受け取る収益は、ページが読まれれば読まれるほど増える仕組み。そのため、「編集会議で『dマガジンで多く読んでもらうためにはどうするべきか』と、ページの構成や特集の作り方を話し合う雑誌も出てきている」(同)という。

 そこまで雑誌側がdマガジンを意識して記事を作る背景には、dマガジンが「記事から選ぶ」「ジャンルから選ぶ」という表示方式や、記事タイトルの検索機能を設けていることがある。つまりdマガジンは、「記事そのものがおもしろければ、雑誌名に関係なくそれが読まれ、収益が生まれる」という仕組みも作ったわけだ。

「それまでの読み放題サービスでは、雑誌や本の表紙を並べて表示するものが多かったかと思いますが、我々のサービスは開始当初から『雑誌に関係なく記事を横断的に読んでもらうこと』に力を入れてきました。時事的なネタや、季節的な話題に関する記事は、『おすすめ』の表示欄で特集としてまとめて表示しています。またプッシュ通知を利用し、その日に話題になった号外的なニュースの記事をお伝えすることで、そのような記事は多くのユーザーの方に読んでいただけています」(伊藤氏)

 そのためdマガジンでの閲覧数ランキングでは、『週刊文春』『FRIDAY』『FLASH』などの週刊誌のスクープ記事が上位に入ることが多い。またユーザーの半数以上が男性のため、写真週刊誌の女性グラビア記事もランキング上位の定番だ。一方で意外なのは、デジタルガジェットや家電などの比較記事や、ヒット商品の紹介記事が多く読まれていることだ。

「我々もユーザーインタビューを行ってあらためて感心したことですが、そのような記事を読む方には、『雑誌の記事はネットの情報よりも信頼できる』と考えている方が多かったんです。誰が書いたものであるかがわかり、わかりやすく説明されている雑誌の情報は、ネット上の情報よりもレベルが高く信頼できる……ということは多くの方がおっしゃっていました」(同)

 佐伯氏も次のように続ける。

「今は非難の声も増えていますが、『文春砲』という言葉ができるくらい、週刊誌報道の力はネットユーザーにも認知されていたわけですよね。一方で『売れればいい』という週刊誌の姿勢は紙でも電子でも同じです。雑誌で不倫報道が多いのも、記事単体のページビューが売り上げにつながる読み放題サービスの影響かもしれません(笑)」(佐伯氏)

 そして「書店では買いづらい雑誌、読みづらい記事も読める」というのも読み放題サービスの特徴。田中みな実が表紙で手ブラを披露した『an・an』もdマガジンでは相当読まれたそうだ。

「逆に表紙モデルの露出が高い写真週刊誌は女性は手に取りづらいでしょうが、一部の記事は女性にも多く読まれています。dマガジンは男性が女性誌を読む、女性が男性誌を読むという新たな雑誌の接触機会にもなっていて、男性読者が3割ほどの女性誌もあります」(伊藤氏)

今後加速が予測される雑誌読み放題サービス

 dマガジンが300万人を超えるユーザー数を獲得し、収益も大きくなったことで、出版社側のサブスクリプションに対する態度も変化。現在のdマガジンには、すべての記事を載せている雑誌と、紙との差別化のため一部記事を載せていない雑誌があるが、「配信ページを増やしたほうがdマガジンのページビューや収益は上がりやすくなりますし、実際に全体の配信ページの割合は増えてきています」(同)とのこと。また『Hot-Dog PRESS』『週刊アスキー』など、紙の雑誌の発行は休止したものの、dマガジンなどで電子版の発行を続ける媒体もあり、出版社側も電子でのマネタイズに本腰を入れてきた状況だ。

「赤字を出して発行を続けている雑誌も多い中で、dマガジンは売り上げを補填できる大きな存在になってきていると思います。ただ、書店や取次からすると売上を奪われている感覚もあるでしょうし、実際にパイを奪い合っている部分はあると思います。特におもしろいと思った雑誌は購入して保存する……という人は今でもいるでしょうが、ニュース的な記事は電子で消費する傾向がますます強まっていくと思います」(佐伯氏)

 また会員数の上昇に落ち着きが出てきたdマガジンは、さらなるユーザー獲得や効果的なマネタイズに向けて、次なる方策も打ち出している。ひとつは16年の12月にスタートしたdマガジン for Bizという法人用のサービス。もうひとつは3月からスタートする『dマガジン広告』だ。こちらはdマガジンに参加している雑誌上に、dマガジン独自の広告を掲載できる仕組みで、電子雑誌の広告市場を創出する新たな試みと言える。

「中長期的には、電子雑誌の広告市場を作ることにどの出版社さんも前向きです。実際、現在は大きなページビューがあるわけですし、『マネタイズできる部分はしていこう』という声を多くいただいています」(伊藤氏)

 さらに、16年にサービスを開始した『楽天マガジン』がdマガジンと同規模の雑誌ラインナップを揃えるなど、最近は電子雑誌読み放題の業界も活性化。外資のアマゾンが展開するKindle Unlimitedなども、雑誌への注力を高めれば強力なライバルになるだろう。

「現時点でdマガジンを超える規模のサービスはありませんが、出版社はとにかく数多くの電子書店などにコンテンツを提供して、露出を増やして少しでも収益を上げようとしています。また、雑誌で売上を上げるには良いコンテンツを作ることも大事ですが、実際に雑誌をユーザーに売ってくれる小売の存在も大事です。紙の雑誌には書店、コンビニ、キオスクといったチャネルがあり、そこで多くの人たちのもとに雑誌が届いてきましたが、電子ではまずその役割をdマガジンが果たしてきた。電子雑誌の新しい読み方とマネタイズの方法を生み出す第2、第3のdマガジンのような存在が出てくれば、市場はより活気づくと思います」(佐伯氏)

 サービスの移り変わりの激しいウェブ業界。新しい仕組みで電子雑誌の市場を切り開き、業界のトップランナーとなったdマガジンにも、まだまだ厳しい競争が待っているわけだ。

(取材・文/古澤誠一郎)
(写真/吉岡教雄)

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