「小説を書くことは、フル・マラソンを走るのに似ている」――巨匠・村上春樹とマラソン、その“むずがゆさ”を読解!

――2007年に発売された村上春樹のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』が、なんだか村上春樹すぎてどうにもこうにもムズがゆい。その名言の数々を、他の芸能人ランナーとの言葉になぞらえて勝手に分析!

『騎士団長殺し』公式HPより。

 村上春樹はガチで走っている。30年以上毎日走り続け、フルマラソンは3時間半を切り、100キロマラソンの完走経験もある。エッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫、単行本は2007年に刊行/以下、『走ること』)も出版している。同書には、村上の人生哲学が随所に散りばめられている。たとえばこんな文章。

「小説家という職業に──少なくとも僕にとってはということだけれど──勝ち負けはない。発売部数や、文学賞や、批評の良し悪しは達成のひとつの目安になるかもしれないが、本質的な問題とは言えない。(中略)そういう意味では小説を書くことは、フル・マラソンを走るのに似ている」

 初版100万部作家の余裕が充分に伝わってくる。少しでも目立つ棚に置いてもらおうと書店まわりをして汗を流す作家もいるが、村上ほどになると「部数は本質的な問題ではない」としてカウアイ島のノースショアで汗を流す。

 走ることそのものの喜びについて、村上は次のように語る。

「ここまで休むことなく走り続けてきてよかったなと思う。なぜなら、僕は自分が今書いている小説が、自分でも好きだからだ。この次、自分の内から出てくる小説がどんなものになるのか、それが楽しみだからだ。(中略)未だにそういう気持ちを抱くことができるというのは、やはりひとつの達成ではないだろうか。いささか大げさかもしれないけれど『奇跡』と言ってもいいような気さえする」(『走ること』)

「奇跡」というJ-POPの禁じ手を臆面もなく盛り込んで許されるのは村上しかいない。超訳するとこういうことだと思う。

「(フルマラソンを走って)新しい自分と出会えた気がして、前より自分のことを、好きになれました」(安田美沙子「NIKE ホームページ)

 安田のベストタイムは3時間44分56秒。安田の感動をデコると村上氏の文章になる。

 しかし、村上はもう68歳。地球一周を完走した間寛平よりも6カ月誕生日が早い。加齢による体力低下は全ランナーが抱える悩みだ。

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