ペトラ

【旅の製図法/11】夢と現実が逆転する

2016.3.5

夢を見る。日本で普通に生活している夢だ。朝起きて、twitterやはてなブログやnoteをチェックする。朝食とお弁当のおかずを作って、お弁当はかばんに入れて会社に持っていく。電車に乗って会社に着いて、仕事をして、時間になったらお弁当を食べる。食べ終わったらまた仕事をして、時間になったら適当なところで切り上げて帰る。帰り道でスーパーに寄って、白菜や玉葱や卵を買ったりして。そういう夢。

現実の私は、中東にいる。朝食はオレンジジュースにフライドポテト。食べ慣れない味のマヨネーズにケチャップ。通り過ぎるアラブ人、目元以外を黒い布で覆い隠した女性たち。毎日耳にするアザーン。空気が乾燥している。目の前に広がるのは砂、砂、砂。見渡す限りの荒野だ。巨大な遺跡、紀元前の遺物、謎の古代国家、断崖絶壁。照りつける太陽、強すぎる日射しで頭がクラクラする。背の高いラクダの群れが、優雅な足取りで私を易々と追い抜かしていく。そうかと思えば、一面にロバの啼き声が響きわたる。この現実は、なんて現実感がないんだろう。

夢と現実が逆転してしまった。現実感のある夢と、現実感のない現実。

夢日記を書き続けていると、気が狂うと『春の雪』で松枝清顕がいっていた。どちらが現実で、どちらが夢かわからなくなるらしい。ああ、今ちょうどそんなかんじだ。私は今どこにいる? 何が現実で、何が夢だ? 何がリアルだ? どんどん境目が曖昧になっていく。この世界に、確かなものなんて1つもない。だれかの現実はだれかの夢であり、もちろんそのまた逆も然り。幻は実在する。手のひらに握っていたものが指の隙間からこぼれ落ちて、遠く靄のなかへ消えていく。

そうそう、私が求めていたのはこの感覚だ。狂気の世界へようこそ。ゆっくりと、地獄の門の扉が開く。

妄想はたいがいにして、今いるのはヨルダン、ペトラ遺跡のあるワディ・ムーサである。宿の近くにあるカフェで朝食をとったあと、遺跡見学に挑む。55JD。8000円くらいだ。外国人観光客向けの価格である。なんてことはない、ちゃっかりしている。現実だ。日本語のパンフレットもある。

歩いていると、ラクダに乗りませんかロバに乗りませんか馬に乗りませんかと、現地の人が話しかけてくる。ラクダにはちょっと乗ってみたかったが、ラクダは背が高くコブが上下して揺れまくるので、見ているだけでけっこう怖い。値段も高いらしいので諦める。あと臭そう。

渓谷を抜けると、まずはエル・ハズネとよばれる宝物殿が現れる。ネットで画像を検索すると出てくる、いわゆる「ペトラ遺跡」である。

私の目的はそのエル・ハズネではなく、さらに奥にあるエド・ディルである。団体客やツアー客はここまでは来ない。なぜなら、かなり急な山道を歩いて進むことになるからだ。ロバに乗って短縮するという手もなくはないが、狭い山道を見慣れない動物に乗って進むというのも別の意味でしんどいし怖いだろう。ここは、素直に歩くことにする。が、日頃の運動不足のせいだろう。すぐに息が上がってしまう。

とにかく日射しが強い。日本でデカいサングラスをしているとカッコつけてるみたいでバカっぽいが(私の彼氏は女の子がサングラスをしているのが大嫌いだ)、ここではサングラスが欲しい。まぶしくて目がくらむ。だけどまあ、仕方ないのでそのまま先に進む。

途中、岩陰で休憩を取る。お土産屋のおばあちゃんが、ベコベコでペラペラのプラスチックの汚いコップに、ドロドロに甘い熱い紅茶を淹れてもてなしてくれる。美味い。もう汚くてもなんでもいい。どうせ、今歩いているこの道も、ロバの糞だらけなのだ。できたてホヤホヤは踏まないように気を付けていたが、干からびたやつはたぶん踏んだ。食べたら糞、自然の摂理である。何も不自然なことはない。

東洋人はあまり見かけない。アラブ人と西洋人ばかりだ。西洋人は、真夏のような格好で登山している。タンクトップにショートパンツにビーサンとか。別に他人の服装についてとやかくいうつもりはないけど、ビーサンはさすがに足を痛めるんじゃないかと心配になる(と思ったら、その人は下山するときにスニーカーに履き替えていた。やはりビーサンはきつかったのだろう)。

エル・ハズネから1時間くらい山を登り、エド・ディルにたどり着く。絶景だ。

ペトラ遺跡は、ナバタイ人という人たちが作ったものらしい。日本の弥生時代頃に最盛期を迎えたが、大地震や貿易ルートの変更などで、一度は没落し歴史の舞台から姿を消す。19世紀にスイス人探検家によって「再発見」され、以後は道がきちんと舗装され観光名所となった。私が昨年夏に訪れたカンボジアのアンコール遺跡と、歴史的な経緯が少し似ている。

エド・ディル前の売店で、スニッカーズを食べて水を飲む。道中のドロドロに甘い紅茶もそうだったが、この暑くて乾燥した地域にいると、なぜか強烈な糖分が欲しくなる。昨日アンマンで飲んだコーヒーも、鍋でぐつぐつ煮ながら砂糖をドロドロ入れたものだった。

休憩した後、山を下る。何気なく書いているが、私は足がワナワナ震えるくらい疲弊していた。帰り道は下りなので行きよりだいぶラクではあったが、自分が登ってきた崖のような場所を見返してみてしばし言葉を失う。地球上にこんなところがあるなんて。崖の間を、地元の子供たちはたくましくロバに乗って駆けていく。

どうにか遺跡の入口にたどり着き、遅い昼食をとる。10時に入って、遺跡から出てきたのは14時を過ぎていた。4時間以上歩きっぱなしだったわけだ。

昼食は、ハンバーガーとポテト。普通である。宿の近くの売店で、飲み物やアイスを買って帰る。購入したチョコレートアイスは美味しかったが、これ絶対途中で1回溶けただろというかんじで形が歪んでいる。あと、チョコクランチって書いてあったのにクランチが入ってない。ヨルダン、てきとうだな〜〜。まあ、もうなんでもいいや。

宿に到着し、服を着替えて砂を払ったあと、久々にWi-Fiがつながったのでネットをチェックし、あとはもう寝てしまった。明日でヨルダンも最後である。

次に向かうのは、いよいよイスラエルだ。陸路で国境を越える。

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