【日記/58】太陽とポケモンGO

先日読んだこの記事が面白かったので、ちょっとだけ追記。

ところで、ポケモンGOの世界観って日本の神道思想なんだろうか? 日本の宗教や日本人の宗教観ってものすごく複雑だと私は思っていて、他の何でもない「日本教」としかいいようのないものでありそうな気がする。神道、仏教、アニミズムがMIXされた「無宗教」という宗教。カルト宗教もびっくりのテキトーさである。そんなわけで件の記事のイスラム法学者は「日本の神道」なるものをちょっと誤解しているんじゃないかなどとも思うのだけど、とりあえず、世界を「多神教圏」と「一神教圏」に分けた場合、日本が前者に属していることは間違いない。

多神教圏は、日本を始めとするアジア全域、さらに南のほうまでいってポリネシアやミクロネシアのあたりまでもがたぶんそうで、下手をすると一生に一度も多神教圏から出ずに生涯を終える人がいても不思議ではない。そして、多神教圏から足を踏み出さないうちは、そこが多神教圏であるとは気付かないものである。だから、一神教の人たちが考えていることが非現実的、非合理的に思えてしまったり、もっというと周回遅れの原始的な思想にすら思えてしまうことがあるのだ。

だけど、多神教圏から一歩抜けて一神教圏に旅をしてみると、「ああ! ここでは多神教なんてありえない! 神様がそんなにいっぱいいるわけない!」ということが肌から鱗が落ちるようにボロボロ理解でき、結果、人間という動物がいかに自然環境によって左右されるチンケな生き物であるかを実感できる。肌から鱗なんて言葉はないが、これは私にとって、まるで皮膚ごと生まれ変われしまったかのような、非常に新しい視点だったのだ。

この話、私は近しい友人には何度もしているので、私の直接の知り合いは「もういいかげん耳タコだよ……」とげんなりしているかもしれないのだけど、何度でもいう!! 中東に行くと、一神教がわかるのである。

中東というのは、砂漠である。正確には砂漠じゃないところもいっぱいある(砂漠じゃないところのほうが多い)のだけど、ざっくりいうと、中東全域が「砂漠気候帯」のようなものなのである。

砂漠気候帯とはどのようなものであるかというと、一言で片付けると、太陽のキャラが立ちすぎているのだ。太陽がすべてをつかさどっている。日なたと日かげの温度差が激しすぎるから、自分の体温を適切に保ちたいならば常に太陽のご機嫌を伺っていなければならない。太陽は、昼はこの世のすべてを焼き尽くし、夜は世界に静寂と死をあたえる。植物は育たない。目に入る世界は砂ばかりで、そこをラクダが悠々と歩いていく。夜、空に浮かぶ月は世界をそっと見つめるだけで、何もいわない。太陽、太陽、太陽。とにかく、中東の砂漠気候帯というのは、すべてが太陽様というジャイアン次第で決まるのだ。他のやつなんて雑魚、ただのモブキャラである。

一方、日本を始めとするアジアの気候はどうか。アジアは、みなさんご存知のとおり、この砂漠気候帯とは真逆の世界だ。太陽は確かにこちらでも存在感の強いキャラではあるけれど、雨が降れば大洪水が起き、台風で家屋が破壊される。そうかと思えば、夏は蝉が鳴き、秋は紅葉に彩られ、冬は銀世界、春は桜が舞い散る。緑が豊かで、カラフルな植物や果物がたくさん生い茂っている。こんな世界に住んでいたら、そりゃあ「神様って、なんか、いっぱいいるんじゃないかなー?」などという精霊信仰に当然なるだろう。多神教圏は、ようは、キャラが立ったやつが多いのである。

ちなみに欧米はというと、現在は一神教圏ではあるのだけど、それは歴史上一神教の時代が長かったからそうなだけで、あそこももともとは多神教圏なんじゃないかと思う。ケルト神話とかあるし、あとギリシャ神話なんて思いっきり多神教の物語である。だからやはり、マジモンの太陽様を、荒れ狂うジャイアンを見てみたいならば、一神教が生まれた場所へ、すなわち中東まで行かないとダメだ。あの照りつける太陽様のギラギラを肌にかんじていると、「トイレの神様なんているわけねーだろ! バカか!」という気分になってくるし、なるほど確かに世界はたった一人の神の意志によって左右されていると考えてもおかしくない、というかそう考えるのが自然だよねというふうに思えてくるのだ。

私はコーランもタルムードもわからないし、細かい教義はまだまだ知らないことがたくさんある。だけど、モロッコ、ヨルダン、そしてイスラエルといった地域を旅して、初めてその真髄なるものがストン、と腑に落ちた気がしたのだ。「なるほど、これが一神教か。了解」と。

ここまで読んでくれた人には当然わかってもらえていると思うが、私は一神教と多神教、どちらが優れているとか劣っているとか、どちらが素晴らしいとか理に敵っているとか、そんなことはまったく考えていない。ただその土地の気候によって、「ハマる思想」と「ハマらない思想」があるというだけだ。

旅行に行く前だって、一神教を信じている地域や人々にはそれなりの理由があるんだろうとは私も思っていた。だけど、まさかここまで「ハマる思想」があったとは! 皮膚がボロボロ剥がれるくらいの衝撃だった。「それなりの理由」なんてもんじゃない、「そうでなければおかしい理由」だ。あのジャイアン太陽のギラギラにはこれ以上ないくらいの説得力があった。

今は治安の関係で、あまり他人にやすやすと勧められないのだけど、興味がある人はぜひ一生に一度、中東を旅してみてほしい。私もいつかもう一度イスラエルに行くつもりだし(死海行きたい)、モロッコの砂漠をラクダに乗って歩くまでは絶対に死ねない。あとシリアに行ってみたい。トルコにもイランにも行ってみたい。オマーンもイエメンもサウジアラビアにも行ってみたい。そのためにもまずは世界平和だ。ハッピーでピースな世界にしなくてはいけない。私の旅行のために。

中東の砂漠でポケモンGOをやっても、もしかしたらあまり面白くないかもしれない。だってまず「近くの草むらにポケモンが隠れている」という感覚がおかしいし、太陽様に無断で何やってんだこのヤローと思ってしまいそうだ。事実、エルサレムのイスラム法学者はハラーム(禁止事項)にあたるといっているのだし。

そう考えると、ポケモンGOってやはり極めて日本的な、というかアジア的なゲームなのかもしれない。





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2015年11月から2017年7月までの日記です。100記事いっぱいになったので以後更新されません。
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