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【日記/31】浜崎あゆみの顔がずっと覚えられなかった

高校時代の友人に、あゆこと浜崎あゆみのことが大好きな子がいた。

私がド田舎の進学校で高校時代を過ごしたのはゼロ年代の前半で、そういえばその頃は、浜崎あゆみ、椎名林檎、宇多田ヒカルの三大巨頭を中心に、女性のシンガーソングライターが花盛りだった記憶がある。私の、あゆが大好きな友人は、カラオケに行くといつもあゆの『SEASONS』を歌っていた。

あゆといえば当時、歌だけではなくそのメイクやファッションも、女子中学生や女子高生の憧れであった。あゆはそこかしこで可愛い可愛いと喧伝され、あの丸くて大きな瞳をどのようにしたら実現できるのかと、女の子たちは躍起になっていた気がする。私の友人も例外ではなく、学校帰りにドラッグストアに一緒に行くと、いつもアイライナーやマスカラを一生懸命に見ていたような記憶がある。あと、今となっては黒歴史かもしれないのでここに書くのは申し訳ないような気もするのだが、彼女は「しっぽ」をつけて原宿に行っていた。噂に名高いあゆの「しっぽ」である。(※1)

だけど私は、あゆの顔が可愛い可愛いともてはやされることに、いつも違和感があった。あゆの顔を可愛いと思わなかった、というわけではない。それだったら、わざわざ10年以上の時を経てこんな文章を書いたりしない。

私は、あゆの顔を長いこと覚えられなかったのである。

長いこと、というのは具体的にどれくらいの年月かというと、はっきりとしたことはもちろん覚えていないのだけど、あゆの歌が流行りだした中学生時代から、高校を卒業するくらいまで、だったような気がする。大学に入学して以降は、あゆの人気も少し落ち着き、同時に私もあゆの顔を認識できるようになった。

私は確かに記憶力に自信のあるタイプではないが、それでも人の顔と名前を覚えるのはわりと得意で、「この人だれだっけ……?」となることはあまりない。その私が、直接の知人ではないとはいえ、テレビや雑誌で頻繁に目にしていたはずのトップアイドルの顔を覚えられなかったのである。私は当時から、このことが不思議でならなかった。

「あゆが可愛い」と女の子たちがはしゃぐとき、私の心はいつも空虚に包まれた。みんなが可愛いといっているあゆの顔を、私はその場で思い浮かべることができないからだ。テレビや雑誌で何度あゆの顔を目にしても、それはいつも私の脳内をすり抜けてしまう。あゆの目がいかに大きいか。あゆの鼻筋がいかに真っ直ぐで美しいか。あゆの肌がいかに白いか。私はそのどれも覚えることができなくて、カラオケで友人があゆを歌い始めると、いつも居心地が悪かった。もう少しストレートに書くと、だれかが「あゆが可愛い」というとき、それはなんだかのっぺらぼうの顔を褒めているように聞こえ、気味が悪かったのである。

私はなぜ長いこと、あゆの顔が認識できなかったのか。これは当時の分析だが、一言でいえば、あゆの顔は「完璧すぎた」のではないかと思う。

あゆの顔には、およそ欠点のようなものが見つからない。好きな人がいたら申し訳ないが、同時代にトップを走っていた宇多田ヒカルや椎名林檎と比べるとその差は歴然で、彼女たちの顔にはちょっとした「クセ」がある。あゆ以外の女性シンガーは、透き通るような白い肌も持っていなければ、大きくて丸い瞳も持っていないし、ちょっぴり童顔チックな丸い顎も持っていない。しかしそれ故に、私は彼女たちの顔を認識でき、ただ一人、すべてを持っているはずのあゆの顔だけは、ずっとずっと覚えることができなかったのである。

そういえば同じような例がもう一つあって、私がけっこう長いこと顔が覚えられなかったもう一人の女性が、エビちゃんこと蛯原友里である。もっとも、エビちゃんの顔が認識できなかった期間はあゆほどではなく、年月でいえば半年くらいだと思う。CanCamの発行部数が80万部に達したという全盛期、私はまさに女子大生であった(赤文字系の雑誌買ってなかったけど)。

エビちゃんの顔も、私にいわせてもらえば「完璧すぎる」。今写真を見たら、「あゆとエビちゃんの顔って似てるな」と思ってしまったのだが、これは私の目が節穴だからだろうか。

いずれにせよ、かつて女の子たちの間でトップともいえる地位を築いていたあゆとエビちゃんの顔が覚えられなかったというのは、「チェコ好き七不思議」のなかの1つだといえるだろう。私はおそらく何かを認識するとき、そこにある瑕疵のようなものに注目していて、瑕疵がないものは他のものと識別できないのかもしれない。

ちなみに私は先日、あゆのInstagramをフォローしたのだけど、あゆのすっぴんは超可愛いのでみんな見たほうがいいと思う。10年以上の時を経て、かつてまったく共感できなかった「あゆが可愛い」という言説を私はようやく理解できるようになったわけだが、それはいい加減見慣れてあゆの顔を認識できるようになったせいなのか、それとも時代の変遷を経て歌姫の頂点という地位を失った彼女に瑕疵が生まれたせいなのか、それはわからない。

(※1)友人の名誉のためにいっておくが、その子は小柄でとても可愛いかったのでクラスの男子によくモて、「しっぽ」もとても似合っていた。

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