【日記/33】「エモい」といわれるテキストが苦手だ

先日、以下のお知らせにあるツイキャスを聞いていたら、「エモい」という言葉が話題に上がっていた。私は無学なので知らなかったのだが、「エモい」という言葉はもともとは音楽シーンで使われていた言葉だったらしい。インターネットの果てで生まれた、スラングのようなものかと思っていた。

http://atticbooksellers.com/bbb/703

今回書くものは、ツイキャス内でされていた会話とは直接は関係ないのだけど、そういえば私は「エモい」といわれてシェアされてくる文章がちょっと苦手だなー、と思った。もう少し具体的にいうと、エモいとされてしまったリンク先の文章自体に罪はないのかもしれないけど、「これはエモい……」みたいなコメント付きでTLに流れてきた記事に対しては、意地でもクリックしないもんね、と躍起になってしまう。

どうしてそんな天邪鬼な反応をしてしまうのかというと、自分でもちょっと考えてみたのだけど、たぶん「全米が泣いた」に近いものがあるんだろうなー、と思った。「全米が泣いた」という宣伝文句がつく映画とは、当たり前だけど泣くために観に行く泣くための感動巨編である。これが実はホラー映画とかで、恐怖でちびって泣くとかの意味だったらクレームが来るだろう。

「エモい」とされる文章は、またはその言葉は、「全米が泣いた」と同じように、観客にある種の姿勢を強要する(ような気がする)。これは泣く映画です、笑う映画じゃありません。これは泣く映画です、怖がる映画じゃありません。みんながしくしく泣いているところに、1人でゲラゲラ笑っていたら奇人変人扱いだ。

「エモい」という単語を見かけると、私は体育館で「前ならえ」をやらされている気分になる。ここで、ノスタルジックな気分に浸りましょう。ここで、学生時代の元カレ/元カノを思い出してみましょう。そしてここで、一気に泣きましょう。そんなふうにいちいち反応を強要されると、「うっせえな、このテキストにどう反応するかは私が自分で決めるんだから、ほっといてくれよ!」と、つい手を振り払いたくなってしまう。

まあ、これは単に私のアレな性格から生じるアレに過ぎないのだけど、たぶん私はAを出力してまんまAが出るものにはあまり手が伸びないのだろう。泣けるといわれる映画を観に行ってそのまんま泣いて帰ってきたのでは、ちょっとワクワクしない。Aを出力したのにタコが出るとか、タコを入れてみたらムヒが出たとか、そういう意外性があったほうが面白い(と、思う)。泣いている人もいれば笑っている人もいて、怒っている人もいて、ボーッとしている人もいて、みんながバラバラな反応や解釈をしているほうが面白い(と、思う)。

だけどなんか、「全米が泣いた」を観に行ってまんまと泣いて帰ってくる人の気持ちも、まったく理解できないわけではないのだ。みんなで泣いて、みんなで笑って、みんなでエモくなりたい気分も、ちょっとはわかる(つもりだ)。

Aを出力したと思ったら絨毯が飛び出てきたら面白いと思うんだけど、他の人はAとか、Bとか、Cのほうが好きなのかな? Aとか、Bとか、Cとか……


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