メトロポリタン2

【日記/90】アクセントがいつも不安

昔むかしあるところに、集英社の「りぼん」という漫画雑誌があり、吉住渉先生がそこで『ミントな僕ら』という作品を連載していた。吉住渉先生とは、あの「だ・け・ど 気になる」でおなじみ『ママレード・ボーイ』の生みの親である。

『ミントな僕ら』の主人公は、「のえる」と「まりあ」という男女の双子だ。

のえるはシスコンでお姉ちゃんのまりあが大好きなのだが、まりあは初恋の相手を追って全寮制の学校へと知らぬ間に転校してしまう。のえるもまりあを追って、自分も転校しようとするのだけど、なんと女子寮にしか空きがないらしい。仕方ないので、のえるは男子であることを隠し、女装してこの学校に潜入する。はたして、のえるはまりあを連れ戻せるのか? 男であることを隠し通せるのか? 『ミントな僕ら』は、そんなワクワクドキドキの学園ラブコメディである。

が、今話題にしたいのはこの『ミントな僕ら』のストーリーのほうではない。「のえる」という、主人公の(女装)男子の名前である。

小学生だった当時の私は、「のえる」という名前を、ずっとけろけろけろっぴの「かえる」と同じ発音だと思っていた。ところが、あるときクラスで『ミントな僕ら』の話になったとき、この「かえる」アクセントの「のえる」という名前をみんなの前で口にしたら、「変な言い方〜〜!」と女子たちに大笑いされてしまったのである。なんでも彼女たちによると、「のえる」は「かえる」アクセントではなく、ブッシュ・ド・ノエルの「のえる」と同じアクセントであるということであった。

しかし、何やかやいっても、所詮は田舎の学校のクラスの女子数人である。ブッシュ・ド・ノエルの「のえる」とけろけろけろっぴの「のえる」、どちらが正しいかはこの場では判断できないのではないかという主張をし、私は彼女たちを納得させた。ついでに、「ま、どちらが正しいかはわからないけど、異なるアクセントの名前を出すと混乱してしまうし、ここはワタクシが一歩譲ってブッシュ・ド・ノエルのアクセントを採用してみなさんに合わせましょう」みたいなことまでいって、何たる大人対応かと自分に惚れ惚れしてもいた。

そのまま、けろけろけろっぴの「のえる」とブッシュ・ド・ノエルが曖昧なまま行けばよかった。が、なんと吉住渉先生はコミックス最終巻くらいで手のひらを返し、「『のえる』の発音はブッシュ・ド・ノエルの『のえる』です」と読者おたよりコーナーで明言してしまったのである。あのとき私の主張に納得したかに見えた女子たちも、以降「やっぱりブッシュ・ド・ノエルだった」と私を白い目で見るようになった。

神奈川生まれ神奈川育ちでネイティブ標準語スピーカーの私は、決して「なまっている」わけではない。だから、かぼちゃとか、いちごとか、一般名詞を変わったアクセントで発音してしまうことはない。しかしこの、「のえる」みたいな人名とか、サービス名とか、特殊名詞に関しては、なぜかいつもことごとくアクセントを間違えてしまう。絶対に多数派にまわれない。Mediumをどう読むかなんてのは(私はメディウムだと思っていた)ググればわかるが、アクセントはググってもわからない。というか、読み方が難しいサービスを流行らせるのは基本的にやめてほしい。私はひらがなかカタカナしか読めないのだから。

「のえるの失敗」はアラサーになった今もトラウマの原体験としてあり、初めて人名やサービス名を口にするとき、私はいつもちょっと「ごにょごにょ」っとした言い方をして誤魔化している。しかし、ごにょごにょ言ってもそのごにょごにょが思いっきり間違えているのがわかるのでいつもとても恥ずかしい。

アクセントを間違えない人は、どうして間違わずにいられるのだろう? どうして私はいつも、多数派にまわれないのだろう?

『ミントな僕ら』という文字列を見ると私は、自分は一生マイノリティなのだという厳しい現実を突きつけられた気がし、いつも非常に気分が重くなる。


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