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第10話「そして、モーツァルト」

五木さんにメールしたのは、五木さんがコントラバスを弾いたアマオケの、定期演奏会から帰宅してすぐのことだ。演奏会に誘ってくださった御礼と、第2番がとてもいい曲に思えたこと、そして選曲が見事だったことなど、僕が感じたことを率直に伝えた。僕はベートーヴェンが好きだったので、第2番に驚いたのだが、よく考えてみれば、ベートーヴェンはモーツァルトがいたから、ベートーヴェンになることができた、とも言えるのではないだろうか。それを感じることができた、選曲だったのだ。五木さんから、メールの返事はすぐに来る。
五木さんとはもともと仕事で知り合った。だからというわけではないが、クイックなレスポンスは、五木さんらしいと思った。ベートーヴェンを弾くのは大変だ、という話で盛り上がった。弾く人の心地よさは、どうでもよかったからだ。
一方でモーツァルトは、楽譜を見ればどう弾けば心地いいかわかるでしょ、という感じ。そもそも音が湧き出る彼の頭の中を、楽譜に残すことが煩わしい、そのままに早逝する。残された楽譜は指示記号が少なく、解釈を演奏者に委ねる形となった。楽譜として残っていない作品も多い。フランス革命の時代という社会的背景もある。モーツァルト探求は果てしなく、今を生きる人の興味を掻き立てるらしい。

モーツァルトは音が少ない、と言われている。だからこそ、どういう音を弾けばいいか、弾く人にとっての難しさがあるというわけだ。僕はチェロを弾き始めて何年も経つが、どういう音を鳴らすか、作曲家の意図は、まで考えたことがなく、ただ楽譜通りに弾けるようになることだけを目指していた。ピアノも子どもの頃そうやって弾けるようになったから。音に対するこだわりや合奏に対するこだわりが、今までの僕には欠けていたし、だから上達が遅かったのかもしれない。このアマオケの演奏会で、僕はいろんな発見をした。
次回定期演奏会は半年後の6月、12月下旬から練習が始まるとのこと。僕はその練習会にだけでも、参加させてもらえないか、五木さんに頼み込んだ。五木さんからは、団長に相談してみる、という返事だった。練習会だけ、という例は過去にない。とりあえず、楽器を持って体験に来てください、ということになった。
とにかく楽器を買う必要がある。チェロを習っている先生には、ずっと前から相談はしていたので、いよいよ決心をしたと伝え、一緒に買いに行く約束をした。今年の自分へのクリスマス・プレゼントはこうして決まった。

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