人間性を取り戻す物語

前のnoteにもちょこっと書いたけれど、昨年末にとあるオフィスで面接を受けて2月からインターンとして働いている。

採用が決まってから実際に働き始めるのに約1ヶ月半ぐらいの間があったのは、卒論の締め切りに追われていたことや卒業がかかった大学生活最後のテストなど、全てが終わるまで待ってもらっていたからである。しかも、大学4年生で内定なしというニートに王手をかけていたヤツをよくもまあ受け入れてくれたもんだ。良心的すぎやしないだろうか。


大学では勝手に無口キャラとして認定されるほど、久しく人間と話していない。元からかなり低いコミュニケーションレベルが原点を突っ切ってマイナス値まで落ちていた。感情の起伏が乏しいところが昔からあったけれど、最近は悲しいとか嬉しいとか喜怒哀楽もなくなっておりまさに「虚無」になりかけていたと思う。

これはインターンを通じて人間性を取り戻す物語である(予定)。



インターン初日にいわれたこと

声が小さい
インターン初日、改めて自己紹介することになった。なにを話したのかもう忘れたけれど、その日オフィスにいた社員の半数から「声が小さい」といわれたので相当小さいんだなあと思った。重度のコミュ障に加え、自分の将来に対する唯ぼんやりとした不安は小さな声にあらわれていたのである。すうっと消えたくなった。


「声が大きい人」というのは皮肉になるときもある。トンチンカンなことを話していても声が大きいだけで妙な説得力が生まれることもあるからだ。しかし、社会で働くうえでハキハキ大きな声で話すことは、第一印象や経歴とならんでかなり重要であるように思う。いいことをいっていたとしても声が小さいと相手に伝わらない可能性があるのだ。そういうのはすごくもったいない。少ない情報かつ短時間で人間の良し悪しを決めるのはクソといいきりたいところだが、自分が楽だからという理由で小さな声で話しコミュニケーション力を省エネモードにしていると損をしていることも多そうだ。


自分の場合、声を張っているとすぐ喉が枯れてしまうことや滑舌がものすごく悪いため思考に舌が全く追いついていないことなど肉体的制約がある。滑舌に至ってはあ行以外全部怪しい。クラリネット壊れちゃったよりひどい。さらに、興奮していると早口になるので本当になにをいっているか分からなくなる。早く人間になりたい。



メモを取れ
大学ではレジュメやパワポにない教授の話をメモしておくとテスト前に役立つことが結構あった。ただ、勉強以外でメモを取るくせというのはほぼない。メモを取らなくても覚えられることばかりだったからだ。


日常生活で問題がなくても仕事ではどうか。結論からいうとメモをとらないと無理だ。なぜなら、全く新しい知識というのは自分のものにするまでにそれなりの時間を要するからである。1と2に大差はなくても0から1はかなり距離があることに気づいた。

例えば、Windowsユーザーが初めてMacを使ったら基本操作とショートカットキーを覚えるだけでも結構時間がかかる。あたらしくわざを覚えなくてはいけない場面で、1、2のポカン! でさっき記憶したことを忘れて新しいわざを覚えるみたいなときが多発するのである。


インターン初日、教えてもらったことをもう一度聞いてしまったので心の中で「ああ、やってしまった」と思っていたら帰り際に「メモを取らなさすぎ」と指摘された。本当にその通りでぐうの音も出ない。


メモを取ることだけに注力してはならないが、適宜書く分には頭の中を整理できるしいつでも確認できる。メモることの最大のメリットを初日に実感できたのはいいことではないだろうか。


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