批判をするときは、自分が少数派で弱者の場合に限る

最近は世間を騒がせる芸能ニュースが多く、見ているだけで疲れてくる。SMAPに対するジャニーズの圧力問題や、DJ社長のパワハラ捏造による炎上プロモーションetc,,,

中でも吉本興業の芸人による「闇営業問題」をきっかけにはじまった「吉本 対 芸人」 に関するニュースについては、いろいろと考えさせられた。

多数派と少数派がすぐに切り替わる時代

今はSNSやインターネットテレビの発達により、「多数派の強者」がすぐに「少数派の弱者」に切り替わる時代だと思う。

この吉本の一連の流れも、強者と弱者がコロコロと切り替わっている。最初は闇営業を行い、金銭は受け取っていないと嘘をついた芸人が責められ、弱者になったかと思うと、たった一度の(芸人による)会見が終わるや否や、今度は吉本側の分が一気に悪くなり、芸人が強者の立場になったように思う。吉本芸人たちは次々とSNS上で、吉本興行に対する批判的な声を上げ始めているようだ。

これは、これまで隠されてきた事実が明るみに出るようになり、一人ひとりが「事実に基づき判断できるようになった」ことが大きいのだと思う。結果、多数派と少数派の切り替えが容易に行われるようになった。もちろん、このことは良いことだとは思うのだけど、それに伴い考慮しなければいけないことも沢山出てきたように思う。

狡猾に多数派に乗っかり続ける生き方をする人がいる

こういった「多数派と少数派の切り替え」が起こると必ず出てくるのが「狡猾に多数派に乗り換え続ける人間」だ。

誰かが失態し、多数派から少数派に切り替わるや否や「それ見たことか」と正論を振りかざしはじめたり、誰かの意見をまるで自分の意見かのように発言することで「自分の頭で考えているフリ」をする。また日頃の自分の「ストレスのはけ口を見つけた」とでも言うように、誰かの批判に乗っかって溜飲を下げようとしているようにも見える。

他人のこととは言え、そういった人たちのやり方はとても姑息で卑怯だと思うし、個人的にかなり憤りを感じてしまう。

憤りの理由

で、何で僕がそういった人たちに対し、こんなにも憤りを感じてしまうのかというと、彼らには「相手の悲しみや痛みに対する想像力が欠如している」と感じるからだ。「正しさ」だったり「多数派か、少数派か」の前に「相手の立場に立って、その人の悲しみや痛みを想像すること」が大切なのではないだろうか。

もちろん、つい最近あった京都アニメーション放火事件のような「弁解の余地のない犯罪」を犯した人もいる。それでも「なぜ、彼がこうした犯行に及んでしまったのか」という背景を想像することは、忘れてはいけないように思う。もちろん、犯行に対しては憤りしかないけれど、彼らの背景を考えることもせずに「手放しで批判」するのは、少し違うのではないだろうか。

「多数派と少数派の切り替え」を敏感に察知し、弱者への思いやりを持つ

上述の通り、今は多数派の強者と少数派の弱者が一気に切り替わる時代。この切り替えを敏感に察知しないと、とても危険だと思う。じゃないと、あるタイミングで少数派に切り替わった人たちに対して、大きな傷を与えてしまう可能性がある。

そうならないためにも「多数派と少数派への切り替え」を敏感に察知し、事実が集まるまで静観する。そして少数派を特定したなら、むやみに相手を傷つけることがないよう、細心の注意を払うべきだと思う。

腹が立ったとしても、批判は自分が少数派で弱者の場合に限る

僕は多数派か少数派かよりも、ニュートラルな立場で居続けたいと思うし、「誰かの悲しみや痛みの総量を少しでも減らすにはどうすればいいか」を最優先に考えられるようになりたい。

それをやるのは本当に大変なことだと思うけれど、それができるのは本当に強い人間だと思うし、そうなりたいと強く思う。

それでも僕も人間だし、腹が立つのは当たり前のこと。どうしても相手を批判したくなったら、相手が多数派で強者の場合だけにとどめたいと考えている。

批判をするときは、自分が少数派で弱者の場合に限る。これは自分の中で設けているルールだ。

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ダッチ

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