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文化の日は暖かかった

 十月は精神的にきつい日が多かった。こんなふうに追い込まれることは滅多にないので、たまにこうなると、かなり打たれ弱い自分にはどうにもかなわない。
 いろいろあって、今月初旬の予定がぽっかりあいてしまった。ともすると鬱々とした感情が襲ってくる。こういうときは映画館に逃げ込むかとも思うが、どうも劇場に足が向かない。家からも出たくない。やっと宣言解除になったと思ったら、引きこもりになってしまった。
 ただ黙々と朝から夕までギターの練習をする。やりすぎると指や腰が痛くなる。それに猫背ばかりでは、暗い気持ちにもなりがちだ。ここ吉祥寺南町に越してきてからは、散歩をしたり、プールに通ったりと、ものすごく健康的な生活を送っていることがいくらかの助けになる。

 劇場にはいかないが、公園には行く。文化の日は、井の頭公園のずっと先には野川公園がある。野川公園は、十九年生きた愛犬と出会った場所だ。たまたま撮影で訪れたのだが、三匹の子犬がどうやらその日の朝に捨てられたらしく、ぼくたちの後をずっとついてくるのだ。夕方まえに撮影が終わったときは、子犬たちの飼ってもらえぬかのアピールに観念して、それぞれ連れて帰ることにした。ちょうど品川の小山にマンションを購入したばかりの頃で、犬の記憶がそのまま小山の日々と重なっていった。そしてその犬も死んで、ぼくらはこうして吉祥寺南町にやってきた。

 地図を見ると、野川公園まで歩いて行けなくもない。靴を選んで、井の頭公園へは、その尻尾のほう、ちょうど神田川のはじまりあたりからはいっていく。全面解除の休日とあってか、いつもよりさらに多くのひとたちと行き交う。
 井の頭の池をつたって、運動場のトラックを抜け、ジブリ美術館のわきから、通りにでる。そのままずっと調布のほうにくだって、人見街道にあたったところを、右へと折れる。はじめての散歩道なので、へんなところにでもいってはならんと、一番わかりやすい道を選んだ。
 三鷹市役所の前を通り、ずんずんと進んだあたりから、景色がなんとなく田舎風情になってきた。ビニールハウスの屋根が見えたり、畑もちらほらある。民家の玄関脇には、採れたばかりの野菜や産みたて卵を売っていた。自家用車にエプロンのまま乗るおばさんの姿は吉祥寺では見かけない。あたりにある大きな家の表札はみんな吉野さんだ。この地域の地主は吉野一族だとわかる。

 万歩計をみると、家をでて、一万八千歩ほどで野川公園に着いた。芝生は多いけれど、あまり作られた感じがしない公園だ。ひとの手と自然がちょうどよくまじわっているようで、すっと心が休まる風景がひろがる。
 ひろい敷地をぐるっと歩いてまわる。首輪のない子犬が、もしついてきたらどうしよう。あたりをうかがったりしながら、死んだ犬のことを思い出さずにはいられなかった。
 野川が流れる北のエリアに渡り、川沿いを歩く。そういえば野川は、育った街の二子玉川にまでとどいていた。駅のホームのしたあたりで合流して多摩川になる。分かれた野川の支流がすぐ家の近くにも流れていて、こうして見ると馴染み深い川である。野川が流れるすぐ向こう側は、バードサンクチュアリだ。鬱蒼とした木々が立ち並び、鳥たちの声が心地よく響いている。

文化の日は暖かかった。野川公園のこどもたちは半袖と半ズボンのままで、川にはいって水遊びをしている。ところどころでサンクチュアリの山から湧いた水が野川に流れ込んでいく。それはやがて二子玉川まで静かに走っていき、こどもだったぼくの足くびを柔らかくつかむことだろう。


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