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夜会2

 巨大な破裂音が鼓膜を潰し、強い衝撃が全身にのしかかった。静けさがあって、頭のなかを生温い液体が伝わっていくのがはっきりとわかる。しかめた目を開けようとするが、かたく縫いつけられたみたいでどうにもならない。痛みはどこにも感じないので、辛うじて大丈夫なのだろう。しかし身体中の力が抜けてしまったのか、うんともすんともいわない。こうして軟体動物のように横たわったまま、開かない瞳を閉じて、ゆっくりと気持ちを落ち着ける。あたりを探ろうと指先に注意を向けるがなんの応答もない。なぜだか肘より先がなくなったという直感がわいた。
 やはり空襲はほんとうにあったようだ。ついてないことに、ぼくのうえにも爆弾は降り注いだのだろう。あわててほかの部位も残っているか確認しようと感触をただす。重く鈍い電気信号がほのかにもどってくる。どうやらあることはあるらしいが、麻痺したまま棒のようになったきりでピクリともしやしない。

 また眠気がおそってきた。ぐるぐると暗闇の視界に目玉を動かしてみる。そうしてみて、瞼のなかにもうひとつの瞼があることがわかった。それを閉じて寝ることにしよう。
 潰れた耳の奥で、遠くてちいさなこだまが響く。わーん、わーん、わーんと幾重にも重なって、頭のなかをピンポールマシンの銀球のように、いそがしく行きかっている。耳をすましていると、響きばかりの芯のない音が、この気だるさにぴたりと合わさって心地いい。
 あいまに、部屋のチャイムが鳴ったような気がした。かすかだけれどどこか聞き覚えのある耳障りな音だ。居留守を決め込むわけではないが、どうにも動かないんじゃ、でるわけにもいかない。
 しかしこうして暗いなかにもなにかが見えたり、聞こえたりするのは、いわゆる心の目とか耳ということなのだろうかと、たわけた考えが浮かんできて、笑いたくなった。こうして意識も鈍くはあるが、しっかりとはしている。

 床が揺れている。揺れはだんだんと大きくなって、あたまのなかの水槽がタップタップと波打っている。大きなタンカーの船底にでもいるような感じだ。船はどこにいくのだろう。聞こえない耳の三半規管がゆれて、開かない目がまわっている。さっきまで流れていた生温かいものが、たまってかたまっていく。
 ぼくはさらに棒になる。深い森のなかにあって、だれからも見つけられない、たとえ気がついたとしてもなんの注意も払われない、そんな枯れ落ちた木の破片のように、身体をこごめ、じっとなにかを待っている。
 森は巨大な船となり、ゆっくりと揺れながらなにかを運んでいく。ぼくが待っているなにかと、船が運んでいるなにかが同じものなのかは知りようがない。この先も、ずっと知ることはできないだろう。
 ぼくは眠る。寝ようと思う。もしふたたび目覚めたなら、それはそれで新しい朝になるにちがいないと信じながら。
 

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