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若返り

 引越し準備の日々。段ボールの数が増えていく。あと数日だが、最低の生活必需品を残して、ほぼパッキングは終わろうとしている。
 住所が変わるので、あちこちに知らせないといけない。以前なら転居を知らせる葉書をたくさん書いたものだが、いまやパソコンだ。画面をひらきリストを作ろうとして、はたと気がついた。住所変更どころか、住所そのものを必要としているひとは、実はとても少ないということに。
 年賀状のやりとりはもう何年も前にやめてしまっている。それ以外で封書や葉書を送ってくれるひとは滅多にいない。ほとんどはメールやLINE、メッセンジャーでことが足りてしまう。どこに住んでいるかという情報は、いつの間にか副次的なものになっていた。
 それでも支払調書を郵便でくれる制作会社や保険会社、ほかにもいくつか住所を登録しているところがあるので、メールでのお願いやホームページのログイン編集などの手立てを駆使してやってみる。
 その後、あらためて友人たちの顔を思い出して、一度でも年賀状などをくれたひとに転居のメッセージだしたが、そんなにたくさんではなかった。

 引越し先の狭さを理由に、テレビをやめることにした。ずっと前からテレビをやめたかったが、なかなかチャンスがなく、今日まできてしまった。こういう思い切った転換ができるのも引越しのいいところだ。
 そうと決まればはやいもので、パナソニックの32インチを緩衝材でそそくさと包んで、自転車の荷台に括りつける。さすがに漕いでいくことはできないので、押さえながらゆっくり歩いて吉祥寺のヤマダ電機へ向かった。そこでいくらかを支払って引き取ってもらう。かわりにもらうのがリサイクル券といううすっぺらな紙だ。
 それを懐にかかえて家にもどり、NHKふれあいセンターに電話する。つながるまでしばらく時間がかかったが、無事オペレーターと話すことができた。
「解約をしたいのですが。」
まず用件を言う。
「引越しをするので、そのタイミングでテレビをやめました。いましがた引き取ってもらって、リサイクル券がここにあります。」
するとすこしばかり詰問調に、カーナビやワンセグなど、ほかに番組を受像するものはないかとたずねられた。
 車もなければ、ほかにも一切ないことを告げると、思いのほかスイスイと手続きをしてくれた。先方から郵送でくる書面に解約の理由などを書いて、リサイクル券のコピーと一緒に送り返してくれればいいということだった。

 部屋からテレビがなくなってすっきりした。結婚するまではテレビを持っていなかった。車もなかった。その当時、狭い部屋にあったのは楽器と本と布団くらいだった。
 週末には、狭い部屋に引っ越す。ギターの数は増えたが、山のようにあった本はいまはない。積まれたダンポールを見回しては、この程度のものかと思う。いらないものを整理してみると、ほとんどいらないものだらけだとわかった。ずいぶんシンプルになって、なんだかふりだしにもどったような気持ちになる。
 若返ったのかな。これを若返りというかは判然としないが、いずれ新生活のはじまりは、すっきりとした風が吹くことだろう。


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