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初夏の匂い

 亜熱帯のような梅雨があけたら、猛暑がやってきた。午前九時すぎだというのに、少し外出しただけで汗が背中をながれる。住宅地にあるわりにはそこそこ大きく、縦に長い公園があって、そこを歩いてみた。なだらかな傾斜がついていて、下のほうから見上げる恰好になる。
 公園のあちこちから、鋭く大きな音がする。肩から電動の草刈り機をさげたひとたちが、炎天下に草を刈っていた。長袖の作業着に、先の長い柄を振りつづけるのは、この暑さのなか、たいへんだろうなと思った。つぎつぎと刈られるのは、のびすぎた雑草たちだ。
 円盤状のカッターが激しく回転し、モーターがブーンとうなる。風の向きがかわって、草が切られたときの、あの独特な匂いがやってくる。青臭く、どこか湿ったようなそれは、刈られたときに飛び出す、雑草たちの血液の匂いだ。
 とっさに顔をそむける。ぼくはこの匂いがあまり好きではないのだ。息をとめて、ゆるやかに曲がった散歩道を足ばやに進んでいく。
 小さな階段をあがったところはひらけていた。そこはすでに草刈りの作業を終えた場所で、盛られた青草の山がみっつほどあった。刈り取られてまだ時間がたっていないのか、横になった雑草はまだ青々としていて、ついさっきまで生きていたのにと言わんばかりだった。
 風はない。大きく吸い込んだ空気には、雑草たちの血の匂いがいっぱいまざっていた。ぼくはそれを二度三度と大きく深く吸い込み、目を閉じ、しきりになにかを思おうとしていた。草の匂い。初夏の景色。


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