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「ケリー・ライカートの映画たち」

 うっすらと名前だけしか知らず、いままでその映画を観たことがなかったケリー・ライカートのレトロスペクティブにでかけた。
 基本的に映画館へは平日にしかいかないことにしている。コロナとは関係なく、あまり混んだところは好きでないからだ。ところがこの先の予定を見ると、なかなか平日に時間がとれない。となると土曜日の初日かと二の足を踏んだが、山内ケンジさんからの強いすすめがどうしても気になって、ウエブ予約のページに進んだ。
「残席僅か」とある。それもそうだ。前日の夜だから、席があるだけでもめっけもんだ。そのまま座席指定なのだが、当然ながら一番前の列しか空いていない。その最前列のなるべく真ん中をとって、「RIVER OF GRASS」を決済。そのまま次の回の「OLD JOY」の席も確保した。こちらは二列目。

 上映の30分まえにイメージフォーラムに着く。すぐ正面に検温装置があって、顔を近づけるとビービーと鳴り出した。まさかここまできて熱のために観られないのはなんとも切ないとうろたえていると。カウンターの女性が検温器を片手に、
「調子わるいんですよ。手首で。はい、36度3分です。」
とにこやかだ。
 その後もしばらく狭いロビーにいたが、ビービービービーよく鳴っていて、みなのたじろぐ姿をおもしろがって観察していた。
 開場になって、一番にはいる。なんといっても座ったことのない最前列である。どれだけ首に負担がかかるかを検証しておきたかった。二本続けて観るのだから、それに耐えるだけの、なるべく楽な姿勢を見つけておきたい。アゴをあげたり、浅く腰かけて背中を斜めにしたり、顔を正面に目玉だけでスクリーンを見上げたりと、いろいろ試してみるが、結局は取り越し苦労だったようで、別段見にくいということはなかった。普通でいいのだ。もちろん後ろの席のよりはアゴはあがっていたと思うけれど。

「RIVER OF GRASS」がはじまるやいなや、もう瞬殺で持っていかれてしまった。ヌーベルヴァーグやニューシネマの香りに包まれるというよりも、ジョン・カサヴェデスの映画が発する、あのなんともいえないかぐわしさに溢れていて、極上の時間。ひさしぶりの「浴びる映画」である。ただただ浴びていればいい。それだけで気持ちいい映画だからこそ、最近とんと忘れていたジョン・カサヴェデスの名前が浮かんできたのだろう。
 最前列だけれども、ぼくの後ろにいる満員の観客も「浴びている」様子がよくわかる。みな「浴びたくて」、待ちきれずに初回を予約していたのだろう。映画館が別の空間になっているのを感じる。
「OLD JOY」はこれまたじわじわくる映画だった。よくわからないのだけれど、気持ちよくながめていると、あれ?これってそういうことなの?え、でもちょっと待ってよ、となって、最後にものすごい愛の汁がじわーっと溢れ出てくる感じなのだが、そう言っても、なんのことやらだろう。

 残りの二本を観にいけるのは月末になってしまう。それまで耐えられるか。青山では毎日、ケリー・ライカートの映画を「浴びる」ことができるというのに‥。くやしいやらもどかしいやらで、むずむずがとまらない。


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