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雨に抱く

すごくきれいなひとがいてね。
高校の同級生だったんだけど、そのころはよく知らずにいた。
ずいぶんと歳をとってから
ぼくはどうした風の吹きまわしか、ライブなんぞをやるようになっていた。
彼女はときどきだけど、ふらっと聴きにきてくれた。
骨のガンでさ、片足が太もものつけ根からないんだ。
義足つけて、杖をついて、
「わたし、お酒はあんまり飲めないの。」
なんていいながら、にこりとするんだ。
こんな美人が同じ高校にいたとは。
ちゃんと学校に行けばよかった。

その日のライブにも彼女は来てくれた。
いつものようにお客さんは少なくて、
それでも一番はしっこの、カウンターのそばに座って聴いていた。
住んでいるマンションが遠いからといって、
「途中で帰るかも。」
ってね。
いいよ、好きにすればいい。

ライブが終わって、残ってくれるお客さんもいてさ、
いないと思っていた彼女を見つけた。
「あれ、時間、だいじょうぶなの?」
めずらしく飲んでいる様子。
「きょうは世田谷の実家に泊まろうと思って。」
そうか、それならゆっくりしなよ。
ここから車で20分だしね。

閉店の時間はとうに過ぎて、残っていたひとたちも三々五々。
彼女はまだカウンターにいた。
「送っていこうか?」
そう言うと、小さくうなずいた。
いつまでも「ここ」にいたいと、そう言っているような気がした。
雨が激しく降っていたね。

車の助手席に彼女はいた。
はじめて行く道を、言う通りに曲がってはわけいる。
短いけれど、楽しいドライブだった。
できることならもうすこし。

「そこ、とめて。」
閑静な住宅地の路地で、彼女はそう言った。
指さしたところが彼女の生家だった。
雨はまだ激しく降っていた。
運転席からまわって、傘を片手に彼女を手助けする。
「ぼくの肩に手をまわして。」
片足の不自由な彼女は、ぐるっとぼくの肩を力強く抱きしめた。
身体がぴったりとついて、数メートルを二人三脚のように、
抱き合いながら玄関にたどり着いた。
「おやすみ、ありがとうね。」
「うん、またね。」
その雨の日が、最後だった。

あれから、ライブは続いたけれど、彼女はこなかった。
というか、こられなかった。
「ここ」にいたくてもいられなかったひとたちに聴いてほしいと、
ぼくはライブをやっていたはずだ。
それがなんだよ、たかがコロナごときで、それをやめている自分がなによりも腹立たしい。
彼女に、恥ずかしくないようにしないと。
残された時間を数えながら、そんなことばかりを思っている。

 
 

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