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ウリハッキョで

 「鬼郷」は、いつまでも不思議な余韻が残るいい映画だった。でてくる役者たちが素晴らしく、上映後のあいさつのなかで、おおくがいわゆるプロの俳優さんではないことを知り、おどろいた。
 なかでも主役を演じたカン・ハナさんは、大阪の朝鮮学校に通うごく普通の高校生とのこと。チョ・ジョンネ監督とともにあらわれたハナさんの初々しい姿に、すっかりとりこになってしまった。
 あれから2年ほどがたったのだろうか。どうしているのだろうかとときどき思っていたが、「ハナさんのひとり芝居の公演がある」との、友人からの突然のアナウンスに胸が躍った。
 
 うまいこと時間もあって、扇大橋まででかけていった。観劇にはちょっとしたこだわりがある。演目もたいせつだが、どこでやるかということに人一倍関心があるのだ。どの劇場なのか、野外なのか、テント芝居なのかとかがとても気になる。
 カン・ハナひとり芝居の会場は、あろうことか、東京朝鮮第四初中級学校の体育館である。このことは、これ以上ない演劇体験をあらかじめ担保されているようなものだ。
 ぼくは、ハッキョ(学校)に行けるというだけで、じゅうぶんに興奮していた。慣れない道のりに迷い、開演間近に到着した。体育館の入口まえでは、友人の金さんが待っていてくれた。

 朝鮮学校の生徒たちとともに観るカン・ハナは、最高にうるわしかった。これだけの観客を相手に一歩も引かず、堂々と、しかも絶妙な強弱とアクセントをつけながら、朝鮮学校の制服「チマチョゴリ」をめぐる物語の語り部となっていた。
 この制服にまつわる逸話や事件、オモニの思い、かつての青春、在日朝鮮人として生きてきた苦しみや悩みを、複数の登場人物を演じ分けることで、多層的におおきく描いてみせた。
 カン・ハナは、「演じる」とはほかならぬ「伝えること」だということを知っている。その天賦の才ときらめきをじゅうぶんに感じることができた舞台だった。ぼくにはもうそれほど時間は残されていないが、いつの日か、この女優さんと仕事ができたらいいなと夢想していた。

 はねたあとは、せっかくのウリハッキョということで、先生に無理をいって校内を見学させてもらった。廊下にはってある小学生たちの絵がどれも素晴らしく、ためいきがでた。助成がないぶん、運営はさぞたいへんかと思う。生徒も年を追うごとに減っているそうだ。
 いろんな学校があればいいのに、もう2019年なんだからと、そう思わずにはいられなかった。

 

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