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【小説】出版のおわり


あとがき


さて、本号をもって月刊【芋虫を舐める】は、ついに休刊となる。


創刊から300余年もの間、この月刊誌を購読し、我々の巣【百済内出版】を応援し、編集部を鼓舞してくださった読者諸兄には、しても仕切れない感謝の念がある。この地獄のような出版会を切磋琢磨するなかで蹂躙された諸出版社を横目に、我々は出涸らしの血を流しきり、食い潰された肉を奮い立たせて、ただひたすらに本を刷り続けた。この事を誇りに思う。


ここで改めて、我々は読者諸兄に問いかけたい。なぜ300余年もの間、我々の出版するこの月刊誌は大した廃刊の危機を迎えずにのうのうと出版を続けてこれたのかを。


その理由は、出版を厳しく規制する我が国の現政権にある。現政権の総帥は、有用なモノをたいへん嫌う人物である。その為に、有用なモノを扱おうとする真面目な諸出版社は総帥の手によって次々と握りつぶされていくこととなった。


また、そこそこ真面目な諸出版社はそうした状況を見て、総帥を批判するいわば有用なモノを出版して対抗した。これがひどくいけなかった。もちろん総帥は彼らを弾圧した。彼は批判された事ではなく、有用なモノに対して、怒ったのだ。


こうした所謂【有用なモノ狩り】によって諸出版社が食い尽くされていった結果として、後には我々のような真に下らない出版社とその出版物が残された。我々は、その後も無用と信じて疑わない月刊誌【芋虫を舐める】の出版を延々と続けた。そうしているうちに、遂に我が国最後の出版社となっていったのだった。最後の出版社としての責任を感じたかというと、そうではない。我々が下らない姿勢を崩す事は最後までなかった。


しかしながら最近になって、
起こってはいけない事が起きてしまった。
総帥が新しい趣味に目覚めた。
それは"芋虫を舐める"こと。3年ほど前に"芋虫を愛でる"趣味に目覚めたと小耳に挟んだ時には、まさか舐める領域までには踏み込んでこないだろうと高を括っていたが、とんだ間違いだったようである。


7日前をもって、我々の月刊誌【芋虫を舐める】は、総帥によって無用なモノから有用なモノへと替わってしまった。
我々はただひたすら、廃刊を待つのみである。


とは言ってもだ。ときの総帥ともあろう人間が芋虫を舐めることに興ずるとは、いよいよ世も末ではなかろうか。


蓼食う虫も好き好きとは、昔の人もよく言ったものである。(編集長 百済内 男駄)


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