讒文芝居

●最近の此の曲弩豪い①


UPLIFT SPICE「オメガリズム」

所謂「エモコア」(エモーショナル・ハード・コア・パンク・ロック)
で在る。
余談だが、昨今流行りの「エモい」とは此のジャンルのこった。
世の中には、宜しい中二病と芳しく無い中二病が在るが、此方は前者。
現在は名を変えて活動中だが、
此の楽曲の人気は衰えぬのも無理は無き。誉れ高き名曲。
「イースタン・ユース」や「駄菓子菓子」等
「古語とオールド・スクール(古風)は好く合う」の見本也。

モダンチョキチョキズ「天体観測」

最近は、ユー・チューブが御座るので「あしたまにあーな」と乎見放題にて
濱田マリさんの全盛の凄味を味わう事が、未だ出来る仕合せ。
「ピピピピカソ」でも「ジャングル日和」でも「自転車に乗って」でも無く
ダイバー・シティ(多様性)を見越したが如き、底抜けに優しい此の歌。
開口一番「肝焼き 息を吸う」とは此れ如何に。此の邂逅でピンと来ちゃう御仁は要チェック!

金属恵比須「武田家滅亡」

眼を離して居る裡に、卒爾に時代小説家と組んで、オフ・ビート喃プログレ
拵えちゃうんだから隅には置けぬ。
前作「ハリガネムシ」の如く破滅を娯し気に謳い乍ら「紅葉狩り」の如し
人生の薄寒さと荘厳と郷愁を誘う。

DAFT PUNK「Lose Yourself to Dance」「Give Life Back to Music」

ニューロマンティック路線をもっと推し進め、ファレル・ウィリアムスと乎呼んで「ゲット・ラッキー」で世の中に勇名を馳せたアルバム。
他にも世界的AORの潮流も受けて態と古めかしくも新しい、「何だっけ?」と想い出し度く為る謎の名曲多数含む。流石はダフト。

当山ひとみ「キスしたい」

AORに先鞭を附けたのは、日本人だ然う喃。
だから乎、昨今は急に竹内まりやの「プラスチック・ラヴ」等の「彼の頃」の楽曲が外国人にも持て囃されて居る。ディスコ・チューンも同じだ。
ドナ・サマー選りも泥臭く、合いの手も救い様の無い位にダサいのだが、
「却ってダサ恰好良い」……摩訶不思議。

H ZETTRIO「Dancing in the mood」

明瞭(はっきり)云って名曲で在る。如何やら椎名林檎さんのライヴ
やらでも御活躍らしき彼等。人生の儚さや祭りの終わり感が甚だ
堪りませぬ。
ま、結構阿漕喃CDの売り方して居るらしいですが、他の楽曲はあんまり
「来無い」ので御相子。

Mother's Lust Quicksilver「Madmoon」

元は「トータス」の如きポスト・ロックを目指して居たらしいが、
只今は多分「岩村学」さんの如き
「ブレイク・ビーツ」(平たく謂うと継ぎ接ぎ)のジャズなのだろうと。
のっけから、狂気の如き耽美が押し寄せ、全体的には
「チルく」仕上がって居る。抑え目のベイスに大人を感じる?なんつって。

Tuxedo「 Do It

ファレルの「ハッピー」に近い、多幸感溢れる楽曲。
聴けば忽ち覿面の御利益。
此方のが解れて居るの乎も。合いの手と煩過ぎぬ伴奏が
兎に角癖に為る。絶妙で在る。

平沢進「魂のふる里」

平沢師匠が、何故に人気乎と謂うと、難解で哲学的喃楽曲に雑じって、
斯くの如き素直にも程が在る「真心」を謳う事で在る。
「おかえりなさい」と云われて、悪い気がする御仁が居るだろう乎。

電気グルーヴ「B.B.E.(Bull Beam Express)」

此の楽曲で、ナンセンスの極北とラップらしき物に嵌っ度。
中学から高校に掛けては、命懸けで此の歌詞を暗誦して居た。
無意味なのだが、無意味では無い。無味乾燥では無い。
来方も行末にも永遠に残る、悪巫山戯の傑作。

Mili「RTRT」「Camelia」

丸で中国語の様な英語が新鮮且つ美しい。鈴の鳴る乎の如き歌声。
打ち込み一辺倒でも無く、毎回手を変え品を変える表現力は申し分無い。
実は、甘くも無く、切ないハード喃歌詞世界が、濃密で在る。

Donald Fagen「 I'm Not The Same Without You」

泣く児も莞爾と笑う、フェイゲン先生。本当は、最早、云う事が無い。
強烈さの欠片も無いのに、筆舌に尽くし難い。
軽いのに研き抜かれ度、美しい音の粒に二枚目半だからこそ
温泉の様な謎の温かみを密かに、少しずつ手渡して呉れる。
毎度毎度「雨上がり」の様な晴れがましさは如何だ。
じわりじわりと心を勇気附ける心附けに、目頭も熱く為ると謂う物。
此れこそが「真心」と謂う物也。実(まこと)音楽とは、人柄で在る。

Röyksopp「What Else Is There?」

北欧エレクトロニカ発の「聴くねじ式」
噫、心地好い悪夢よ。哀しく苦しく、寂しいのに何時迄も観て居られる。
多分、誰の裡にも在る昏い、心象風景を封じた傑作。

vivid undress「パラレルワ」「シーラカンスダンス」


御洒落が突出して居る訳でも無い。でも、気鋭の文学の如き手触りが在る。
歌謡曲全盛の頃の感覚が何処乎知ら散見出来る気もする。
ヴォーカルがカッコ附けの歌い方の寸前で留まって居るのも宜しい。
「パラレルワ」は現在CDが絶版だが、
新発売当時は異例の人気だっ度然う喃。諾も無い。