見出し画像

僕がスタジオを作った理由③

高校時代 後半戦

高校2年〜3年ともなると周りが進学や就職活動で忙しそうなわけですが
僕はバンド活動が忙しく、バンド活動の拠点は東京で
週3日の練習スタジオも電車で家から1時間くらい
帰ってくると深夜0時過ぎで学校もよく休んでました。
学校までも自転車で1時間かけて通ってたのでなかなかの体力です
1時間目から記憶が無く、起きたら6時間目だった事もありますね。
昼休み誰か起こしてよ〜 と思いましたが(笑)

担任の先生との面談で休みが多い話にも当然なるわけで、

僕「みんなは就職活動で休んでるでしょ 
   僕はバンドが就職先なんだからライブの時は休ませてくれ!」
とよく分からない理論でわーわー言ってると

先生「わかった。休みはいいからちゃんと報告して休みなさい」

と言ってくれて
結局年間40日くらい休んでたのですが留年しないで卒業させてくれた
担任の先生には感謝しかなかったです。

この辺りの時系列があやふやなのですが、18歳〜19歳辺りで
バンドのサウンド感を広げようという事でシーケンスを取り入れた音楽をやるようになりました。
中学時代から打ち込みはやっていたので、バンド+打ち込みで
僕がアレンジ、プリプロをする流れはここから始まって
この辺りの作業は今やってる事とあんまり変わって無いですね。
当時知り合ったアミノケイの影響もあり、
KORG M1で打ち込みをするようになりました。
M1での打ち込みが早すぎて後ろから見てるとかなり怪しいとよく言われました

この間にB♂NKURAは一旦解散して別バンドをやって、また再結成と
短時間にゴタゴタあったのですが長くなるのでここでは省略します。
(別バンドではなぜかラップ担当として渋谷La.mamaに出たことあります笑)

そんな感じでバンド活動をしていた訳ですが
最初に僕を誘ってくれたボーカルがバンドを辞めたいと言い出す訳です。
まぁこの辺りはバンドあるある ですが
バンド辞めて鳶職人になる!と真顔で言っていたので最初はふざけてるのかな?
とみんな思ったのですが、どうやら本人は本気な様子。
他のメンバーは20歳を超えていたので将来を考えるタイミングでもあったので
辞めることを承諾し、バンド(B♂NKURA)も解散。

解散と同時に次のバンドも同時進行で始めていて
新宿ロフトでの解散ワンマンライブで
新しいバンドの初ライブを同時開催しました(笑)

新バンド「Coney Island Jellyfish」

その新しいバンドがConey Island Jellyfishというバンドでして
ボーカルは以前から別のバンドでよく対バンしていた「近藤ひさし」で
ひさしは後にSONY MUSICのディレクターになり、
一緒にYUIをデビュー前からやったり
その後はステレオポニーだったり、まぁ色々と作りました。

ベースの神田くんはB♂NKURAからのメンバーで
同級生の幼馴染が神田くんでした。
その後はケーアンドエーというライブハウス「渋谷ミルキーウェイ」
やグッズやCD制作、アーティストマネージメント
などをする会社を作って社長、経営者として大活躍
今は会長さんなのかな?
豪快で面白く面倒見の良い人で、僕は15歳から一緒に居たので
まぁリアルに兄貴みたいなもんですね。

最初のライブには僕ともう一人ギタリストが居て、
何の方向性の理由だか忘れましたが(笑) すぐに脱退した
これまた昔からのバンド仲間だったMontyが居ました。
Montyこと森田氏はその後 
音楽事務所の社長だったりライブ・ステージプロデューサーになり
アニサマなどの大きな舞台のステージプロデューサーとして大活躍
今でもよく一緒に仕事もしてます。

バンドは全く売れなかったですが、メンバーはなかなか凄かったです(笑)

神田くんはかなりの戦略家で当時からかなり凄かったのですが
ホコ天で沢山のバンドがいる中でどうやって目立てるかだったり
リーダーとして活動の軸はほとんど考えて居たので
その後の経営者としての活躍は当時を知ってる人なら納得なんですよね。

このバンドでも引き続き原宿ホコ天での活動は続きまして
実はホコ天 ヒエラルキー的なものがありまして
入り口に一番近い所は代々引き継がれている人達しか出来ない事になって居て
その場所を僕らが引き継ぐ事になった訳です。
この場所だけ中央分離帯が無く、多くのお客さんが集まれる場所だったんです。

その場所では大阪から遠征に来た「すっぽんファミリー」も定期的に
やって居た場所で、そう行った関係もそのまま引き継ぐ事になり
東京(ホコ天)大阪(城天)ライブも東京と大阪で一緒にやる事も多く
そのバンド達がつんく♂さんの後輩バンドだったんですね。

ホコ天終わりにつんく♂さんと合流してみんなでラーメン食べに行ったり
家に遊びに行かせてもらったり引越しの手伝いをしたり
バンドの先輩後輩的な関係でライブを観に行かせてもらったり。

そのConey Island Jellyfishというバンドは結成8ヶ月で
メジャーデビューが決まるわけなんですが、これはまた次回に。
「しくじり先生」的な内容になると思います(笑)

それではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?