クリスの物語Ⅲ #49 意外な人物
「びっくりした?」
顔にいたずらっぽい笑みを浮かべて、田川先生がぼくを見た。
ぼくは、うなずくことしかできなかった。
「なんで田川先生がここにいるんですか?」
あからさまに不満をぶつけるように、沙奈ちゃんが問い詰めた。
微笑みを浮かべたまま、田川先生は沙奈ちゃんに視線を向けた。
「だって、わたしの生徒は、担任であるわたしが守らないといけないでしょう?」
田川先生が答えると、沙奈ちゃんは先生をにらみつけた。
「茶化さないでください」
「茶化してなんかいないわ。本当に守ってあげようと思って来たし、現にこうして助けてあげたでしょう?」
周りで倒れる黒マントの男たちを見渡して、先生はいった。
そこへ、向かいの通りからパオリーナとエランドラがやってくるのが見えた。
よかった。二人とも無事だったんだ。
『みんな無事だったのね』
パオリーナがぼくたちを見回して、ホッとするようにいった。
『この方たちは?』
田川先生と、もうひとりの騎士を横目で見ながらパオリーナが聞いた。
『えっと、この女性の方はぼくの学校の先生です。学校って、その、地表世界の学校なんですけど』
ぼくも状況がよくわからず、しどろもどろになった。
『あ、エランドラ。この人が田川先生っていう人だよ。前にぼくが話した』
悪魔召喚の事件のことで、エランドラに話していたことを思い出してぼくはいった。
エランドラは、わかっているというようにうなずいた。
『アイリーンです。それとこちらがスタン。わたしの守護ドラゴンよ』
田川先生は、自分の名前を名乗った後、隣に立つひょろっとした長髪の男性を紹介した。黒髪で、グレーの瞳をしている。
守護ドラゴン・・・?
「先生にも守護ドラゴンがいるんですか?」
ぼくは思わず聞いた。
「ええ」と、先生はうなずいた。
どういうことだろう?ということは、先生は闇の勢力の人間ではないのだろうか?
闇の勢力の人間は、ドラゴンと契約できないとトルメイがいっていた。
『ここにいるっていうことは、あなたも選ばれし者なのですか?』
パオリーナが質問した。
田川先生は黙ってうなずいた。
「え、どういうこと?」
納得がいかないという表情で、沙奈ちゃんが聞き返した。
「話せば長くなるわ」
真面目な顔で沙奈ちゃんにいってから、先生はみんなの顔を見回した。
『とにかく、まずはここを出ましょう。その内また追手がやってくるでしょうから』
『そうですね』と、パオリーナもうなずいた。
『あなた方は、ここまでどうやって来たのですか?』
『転移装置を使って来たわ』
質問したパオリーナに、先生は当然というように答えた。
『意図してきたのですか?』
『ええ、そうよ』
『でも・・・』
いいかけたパオリーナに、先生はうなずいた。
『ええ、今転移装置がランダムになっているわね。でもその都度オーメンをチェックすれば、行きたいところへ行けるわ』
パオリーナは、驚くように先生を見た。
『一つひとつオーメンを覚えているのですか?』
『まさか』
先生は苦笑しながら、かぶりを振った。
『さすがにそれは無理よ』
先生はそういって、顔の前に右手を掲げた。
そこには、キラキラ輝くひし形の大きなダイヤモンドの指輪がはめられている。
『クルスターラムルスよ。それよりは性能がいいようね』
パオリーナがはめているオーラムルスを指差して、先生がいった。
『そうしたらひとまず地上へ出ましょう。みなさん、こちらへ来てください』
ひとつの転移装置の前に立って、先生がいった。
『まず、先にみなさんに向かっていただきます。向かう先は、地上のシャーラアシムです』
地名を聞いて、ピンときたようにパオリーナがうなずいた。
『わたしが合図をしますから、そうしたら転移装置に乗り込んでください。後からわたしたち二人も同じところへ向かいます』
先生は確認するように、みんなの顔を見回した。
すると『でも』と、沙奈ちゃんがいった。
『わたしたちだけ先に行って、そこが安全な場所だっていう保証はないでしょう?仮にそのシャーラアシムっていう地区が安全だとしても、そこに本当に行けるのかどうかもわからないし』
沙奈ちゃんの顔を見て、先生はふっと笑った。
『つまり、わたしが松木さんたちを罠にはめるかもしれない、ということね?』
先生に見つめられて、沙奈ちゃんはおずおずとうなずいた。
『それは信じてとしかいいようがないわね。この転移装置だと7人全員は一度に乗れないしね』
腰に手を当てて、先生はため息をついた。
『それなら、スタンさんとわたしが交代すればいいんじゃない?』と、桜井さんが事もなげに提案した。
『それでわたしと田川先生が後から行くよ。それなら問題ないんじゃない?』
なるほど。スタンを人質に取るということか。
たしかに、それなら少しは安心かもしれない。
『それなら、わたしも後から行くわ』とエランドラがいった。
エランドラが桜井さんと来てくれるなら、尚のこと安心だ。
沙奈ちゃんは、わかったというようにうなずいた。
「ごめんね優里」
沙奈ちゃんが謝ると、桜井さんは「ううん。全然」といって微笑んだ。
「では、いいかしら?」
田川先生が沙奈ちゃんの顔をのぞき込んだ。
沙奈ちゃんは、うつむいたままうなずいた。
『それじゃあ先に行く4名の方、転移装置の周りに並んでください』
いわれたとおり、ぼくはベベを抱っこして沙奈ちゃん、パオリーナ、それにスタンと一緒に転移装置の周りを取り囲むように立った。
よく見ると、転移装置のオーメンが徐々に徐々に変わっているのが見て取れた。
変わりゆくオーメンを眺めながらしばらく待っていると、『そろそろです』と田川先生がいった。
思わずぼくは唾を飲み込んだ。
『はい。では乗ってください』
そのかけ声とともに、ぼくたちは一斉に転移装置に乗り込んだ。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!